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田口さんの失恋話 (1)

 文化祭と無関係にのんびりすごした週末が明けて、また一週間が始まった。

 いつもみたいに机に筆記具や参考書を出していたら、なんか視線を感じたから、そっちを見てみたら、離れた席に座っていた英人と目が合った。


 ひさしぶりに英人の顔を正面から見た。

 目が合って英人はびっくりしたと思ったら、目を細めて弱った顔になって、ふいってあっち向いちゃった。


 その時になって初めて、僕はぼーっと英人の顔をただ見ていたことに気がついた。

 本当にひさしぶりに英人の顔を見たなあ。


 英人は今日はどうして僕の方を見ていたんだろう。僕が今までにも気がつかなかっただけで、講義中にこっちを見ていたこともあったのかな。それとも、本当は近くにあった僕じゃないなにかを見ていたのに、僕が振り返っちゃったから目をそらさないといけなくなった?


 それにしても、今日は早かったんだね。ここ最近はギリギリにならないといなかったのに。

 まだ時間があるから、今なら近づいて話しかけることもできそうだけど。でも、すぐに目をそらされちゃったし。直接話しかけても無視されたらどうしよう。

 英人に近づくのも怖くなることがあるなんて、考えたこともなかったのに。






 昼休みになって、コンビニで買ったパンを食べようとビニール袋を開いたら、思っていたのと違うパンが入っていた。

 レシートを確認したけど、レシートと袋の中身は合ってる。もしかしたら、隣に並んでいたのを手に取っちゃったのかも。どうしてその場で気づかなかったろう。


 まちがえて買っちゃったのは、生クリームがたっぷりつまった甘いパン。今は甘い物って気分じゃないのになあ。

 英人には目を逸らされるし、パンはまちがえるし、今日はもうボロボロかも。


「どうしたの井原さん。なにかいまいちだった?」

 僕がよっぽどがっかりした顔で食べていたのか、丸テーブルの右隣に座る三上さんが訊いてきた。

「まちがえて買っちゃって」

「あちゃー。一個しか食べないのにまちがえたのはきついね」

「口直しになんか食べる?」

 左隣の田口さんが僕の手元を覗きこんで、向かいの永井さんは手作り弁当の中身を見せてくれた。


 前は食べきれないからって断ったけど、今回はコロッケを一口サイズに切って分けてもらった。

 不本意な甘いのを食べていたから、ちょっとしょっぱいのが口直しにちょうどいい。

「すごくおいしい」

「コロッケは冷凍食品だからね?」

 永井さんは大げさだって苦笑いしているけど、本当にありがたかったよ。


 パンの残りをかじりながら、みんなが囲むテーブルを見つめる。

 この席を取る時にも僕はやらかしたんだよね。


 ちょうどいい場所が空いているよってここを取った僕に、永井さんが「市来崎くんは今日も来ないの?」って心配そうに訊いてきたから、四人用の席をちょうどいいと思った自分が、最初から英人が来ないつもりになっていることに気がついたんだ。


 用事で忙しいみたい……なんて、とっさに嘘ついちゃったけど、意味ないよね。きっとみんなわかってる。他の理由で英人は来ないんだって。

 先週まではちゃんと隣を空けて待っていたのに。まだ英人のことをあきらめたつもりはないんだけどなあ。


「ねえねえ。ちょっと私の愚痴聞いてもらってもいいかな?」

 食べ終わってもぼーっとテーブルを見つめていたら、隣の田口さんが明るい声で切り出した。

 あれ? 今、愚痴って言わなかった? でも声が?

 顔を見たら、なんだか楽しそうに僕の顔を見ている。言葉と声と顔が合ってないから、やっぱり聞き間違いかな。


「なになに、聞くよ? それですっきりするなら話して」

「このあいだ、好きな人に振られちゃったんだ」

 すぐに反応した永井さんがうながすと、田口さんはやっぱり楽しそうに、さらっととんでもないことを言い出した。


 顔と言っていることが合っていないのは気になるけど、田口さんに好きな人がいたことに、振られたという話よりもびっくりした。

 英人に理一郎おじさんのことを聞き出そうとしたり、恋人作るためにサークルに入ろうかなみたいに言っていたから、てっきり、特定の人はいないのかとばかり思っていたのに。


「田口さんって好きな人がいたんだ?」

「実はいたんですよ、これが」

 訊いた僕ににこにこ笑いかけてきて、やっぱり愚痴とか、好きな人に振られたとかいう話をしようとしている顔には見えない。


「文化祭一緒に回らないか誘ってみたんだけど、断られちゃったんだ」

「相手は高校の友達?」

「え? ……ああ、違う違う。大学に入ってから知り合った人なんだけどね、友達誘う前に、行けたら彼と一緒に行きたいなーって誘ってみて玉砕したわけ」


「この大学の人?」

「そ、同学年」

 またびっくりした。仲良くなってからけっこう一緒にいたと思うけど、そんな人が近くいたようには見えなかったよ。


「愚痴りたいってことは、ひどい振られ方でもした?」

「いいよ、言いたいこと全部ぶちまけちゃって。全部受け止めて上げるよ」

 心配そうな三上さんと、いつもの面倒見のよさを見せる永井さんに、田口さんは嬉しそうに笑った。


「そう言ってもらえると助かるな。まあ、愚痴っていうよりも、言いたいこと聞いて欲しいだけなんだけど。……でね、断られた理由は、その人に妹みたいに大事にしている相手がいたからなんだけど」

「彼女持ちだったわけだ?」

「付き合ってるわけじゃないんだけどね。ただね、彼の大事な子が今大変な状況だから、それが解決するまでは彼が他の誰かと付き合ったりしないだろうなってのも、わかってはいたんだけどね」


「……ちょっと待って田口さん、まさかその二人って……」

 それまで真剣に話を聞いていた永井さんが、なにか言いかけて口を閉じた。

 三上さんもなにか考えているみたいに首を傾げている。


 二人の様子も気になるけど、僕はコウタくんのことを思い出していて、田口さんの言う二人のことが心配になっていた。

「相手の女の子って、病気かなにか?」

「うーん……みたいなもんかな? とにかく、目が離せない状態が続いていてね」

 ミツキちゃんは赤ちゃんだったけど、大学生の彼にとって妹みたいな子なら、それなりの歳だよね。そんな歳で目が離せない状態なら、けっこう深刻なんじゃないかな。きっと大変だよね、その子も、彼も。


「田口さんの好きな人は、本当の兄妹でもないのにその女の子を大事にしているの?」

「そう」

「優しいんだね、その人」

「――だよね? そう思うよね⁉︎ だからいいなって思ったんだけど、案の定だったわけ!」

 田口さんが相手のよさを熱をこめて語ってくれる。その人が誰かわからない僕には、ただうなずくしかできないけど、

 今は恋愛を考えられない僕には、それぐらい好きになった人がいる田口さんがちょっとうらやましい。


「ちょっとでも可能性がないかなって何度か遊びに誘ってみたりしたんだけど、毎回断られた上に、とうとう、迷惑だからそうやって誘うのはもうやめてまで言われちゃってさ」

「冷たいこと言われたんだね」

「予想はできてたからそうでもないよ」

 けっこうきつい話をしているのに、田口さんは楽しそうに話してる。実はそこまで好きじゃなかったのかな? それとも、本当はつらいけど笑ってごまかしてるのかな。


「元々、別の下心もあって近づこうとしたのもあって、最初から印象よくなかったのかもしれないしね」

「……ねえ、田口さん」

 さっきなにか言いかけてからずっと黙っていた永井さんが、横から割って入ってきた。


「田口さんの言ってる二人ってさあ、やっぱり……」

 永井さんがちらっと僕を見て、すぐに田口さんに向き直って、やっぱりの先を言わなかった。

 でも田口さんには、永井さんがなにを言いたいかわかっているみたいだった。

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