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楽しかった一日の終わりに (1)

 映画のエンディングが終わって館内が明るくなると、立ち上がった人達がぞろぞろと出入り口に向かって歩き出した。

「……うわっ、とと……」

「大丈夫? 足元気をつけて」

 人に続こうとした僕が階段を降りる途中でつまずいたら、一緒に来ていた三上さんが心配してくれた。……子供みたいで恥ずかしい。


 今日の四限目が教授の都合で急になくなって、五限にもなにも入ってないし、帰ろうか遊びに行こうか迷っていたら、同じく講義が三限までしか入っていなかった三上さんに映画に誘ってもらった。

 講義の振り替えがいつになるかまだわからないのがもやもやするけど、三上さんと一緒に遊びに来られて今日はラッキーだったなあ。


「このあとどこかで食べていく?」

 駅への道を並んで歩きながら、三上さんがさらに誘ってくれた。

「夕食に?」

「軽くでもいいけど」

 せっかく誘ってもらったけど、映画館でジュースを飲んでいるからどうしよう。ろくに食べられる気がしないよ。


「無理そう?」

 僕があまり食べられないことを知っているから、三上さんは僕の都合を訊いてくれる。

 でも、無理だって答えたらここで別れなきゃいけなくなる。せっかく学校外へ一緒に遊びに来れたんだから、もう少し三上さんと一緒に遊びたい。早くなにか考えないと。


 そうだ、もしかしたら三上さんにお願いできないかな。

「冬物のコートが欲しいんだけど、食事前に付き合ってもらってもいい?」

「買い物? いいよ、見に行こう」

 お願いしたら、三上さんは軽くオッケーしてくれた。よかった、思い切って言ってみて。

 本当は、コートは去年まで着ていたのをそのまま使うつもりだったけど、やっぱりいかにも学生ですみたいな雰囲気になっちゃうし、おしゃれな三上さんと一緒にいるんだから、僕もそれなりの格好をしていたい。


 あいかわらず女性物の服にはこれといってこだわりがないし、この辺りだとどこにどんな店があるかもわからないから、三上さんが案内してくれるままについていった。

「このお店はどう?」

 三上さんが選んだ店に迷わず入る。

 お父さん達と夏服を買いに行った時にも思ったけど、女性物の店って照明が強いし、並んでいる服はカラフルで目がちかちかするなあ。


「これなんかかわいいんじゃないかな。顔色も明るく見えるし」

 三上さんはいくつも並んだコートの中から茶色を勧めてくれる。

 それ以外の服も見ながら、あれもかわいい、こっちもかわいいって、あんまりかわいいかわいいばっかり言っているから、さすがに僕も気になってきた。


「三上さんって、かわいいってよく言うよね」

「そう? ……そうかもね。気になる?」

 三上さんは気にしていない顔で訊き返してくる。


「少し。あんまり好きな言葉じゃないから」

「好きじゃないんだ?」

「ほらその……僕ってチビだったから。小さい頃はそれでよくからかわれて」


 小学校の頃に、クラスの男子や理一郎おじさんに言われてたっけ。

 おじさんは悪気があって言ってるわけじゃないのはわかっていたから、言葉そのものはともかく、しかたないかなって感じもあったかな。……くれるお菓子に気を取られていたのもあったけど。


「……そっか。同じ言葉でも、私が口にしているのとはぜんぜん意味が違うとは思うけどね」

「それはもちろんわかってるんだけど」

「よかった。ねえ、これなんかもかわいい……ああ、また」

 壁際に並んでいる中からまた一枚取り出しながら、三上さんは思わずって感じで口元を隠した。


「私が言うのもなんだけど、女子が口にするかわいいに深い意味はないから。見た目がかわいかったらかわいい、好きな色ならかわいい、母性本能をくすぐられたらかわいい、イケメンが笑ってもかわいい。……なにかを感じたら全部『かわいい』んだよ。口癖みたいなものだから気にしないで」

 三上さんは僕の体にコートを当てながら話し続ける。

 うーん。気にしないでって言われても、三上さんに言われたことを聞き流したりできないし。 


 いまいち納得できなくて、僕が変な顔でもしていたのかな。顔を上げた三上さんが、僕を見て困ったように笑った。

「もしね、女子にもかわいいって言われていたなら、それは喜んでよかったと思うよ。いくら女子がかわいいを大盤振る舞いしても、どうでもいいことにまでは言い出さないから」

「嫌われてはいない?」

「好意があるって言い切ってもいいかもね」

 ちょっと嬉しくなるような話だけど、そもそも、女子から言われた記憶がないなあ。


 それに、女子に言われるならどうせなら……。

「男子だった井原さんとしては、かわいいよりもかっこいいって言われたいのかもしれないけど」

「……よくわかったね」

 ちょうど考えたところだったから、言い当てられてびっくりした。


「やっぱり井原さんもそうなんだね」

「……うん、まあ」

 言われたかったからって、じゃあ僕にかっこいいって言ってもらえる点がなにかあったかどうかは、また別の問題だったけど。


「そういうのが気になるところが、やっぱりかわいいよね」

 三上さんが楽しそうに、またかわいいって言った。

 さっきの三上さんの話だと、好意があって言ってるんだよね。嬉しいけど……ううん、嬉しいからいいや。かわいくてもなんでも、三上さんがそう言ってくれるなら。


 そのあともあれこれ見ながら、僕は三上さんが絞ってくれた候補の中から、最初に勧めてくれた茶色いコートを選んで買った。

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