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田口さんと不機嫌な英人

 講義が終わって、教授が教室を出ていった。

 今日最後で、今週最後の講義はこれで終わり。やっと休みが来るよ。


 疲れてるけど、今日は英人と寄り道するんだ。目当ては今週に発売されたばかりのゲームソフト。買うのは英人だけどね。僕もゲームは好きだけどちょっと遊ぶとすぐに満足しちゃうから、英人が買ったのを少しだけ触らせてもらうんだ。


 待ち合わせ場所の学食に行くと、こんな時間なのにまだけっこう人がいた。

 英人の背中はすぐに見つかった。向かいに座る田口さんも。

 どうして田口さんと一緒にいるんだろ。連絡してきた時にはそんなことひと言も言ってなかったのに。……ううん、同じ講義を取ってるんだから一緒に勉強していてもおかしくないけどね。


 一緒にレポートでもやってるのかと思ったけど、近づいてみたら様子がちょっとおかしかった。

 田口さんは楽しそうな顔でなにか話しているのに、英人はなんだかイライラしてる。右手のペンを逆さに持ってノートをトントンつついてるのは、怒っている時の英人のクセなんだ。間違ってノートに落書きしないようにとかかな。とにかく、あれやってると、顔が見えなくても英人の気分がわかるんだ。


 近づく僕に気がついた田口さんが手を振ってきた。

「市来崎くん、井原さんが来たよ」

 英人は振り返りもしないで乱暴に荷物をリュックに放りこむと、勢いよく立ち上がった。

「大地、行こう」

 そのまま僕の腕を引っ張っていこうとする。

 やっぱり怒ってるみたいだけど、田口さんにあいさつもなし? 一緒に勉強していたのに。


「田口さん、またね」

「またね。井原さん、市来崎くん」

「早く」

 僕が田口さんにあいさつしようとするのもかまわず、英人がぐいぐい引っ張る。

 どう見ても英人の態度がおかしいのに、田口さんはにこにことバイバイしていた。田口さんも田口さんで態度がおかしいかも。


 大学を出て、やっと腕を離してくれてからも英人は不機嫌だった。

「どうしたの?」

「……」

「田口さんにまた理一郎おじさんのことでも訊かれたの?」

「……そんなとこ」

 ようやく答えてくれたけど、またすぐに黙っちゃった。


 最近、薬の話はぜんぜんしてないけど、僕が男に戻るまでは英人はおじさんを怒ったままでいるはずなわけで。そんな気分なのにおじさんのこと訊かれても嫌だよね。田口さんも英人がおじさんのこと話したくないのは前に聞いてなかったっけ。

 田口さんっていい人なんだけど、やっぱりちょっと困った人だなあ。


 英人はずっとむっつりしていたけど、途中で降りた大きな駅近くの店で目当てのソフトを買ってからは、機嫌が直っていた。

 歩くスピードも上がってる。早く帰ってゲームしたいんだろうね。

 歩幅が違うから、今の英人のスピードについていくのがちょっと大変だけど、せっかく機嫌が直ったんだし、このままついていこう。


「明日、遊びに行っていい?」

「別に今日来ても……そうだね、明日に」

 考えて、言い直した英人に僕はうなずいた。

「昼すぎに行くから」

 前は夕飯食べてから遊びに行ったこともあったし、今でもお父さん達はいいって言ってくれると思うけど、今だと英人が帰りに送ってくれるって話になっちゃうよね。ゲームを遊びに行くだけでそんな大げさな話になっても困るし。


 買ったのは、街中で暴れる大型モンスターを倒しまくるアクションゲーム。モンスターのデザインがかっこいいシリーズ物で、英人は買うたびにやり込んでる。今回のも、きっと今日からやり込むんだろうなあ。できたらオープニングから見せてもらいたかったけど、こればっかりはしかたないね。


 戻った駅の構内を歩いている途中で、僕は行きにも見かけた店が気になって立ち止まった。

 食器や季節の雑貨がいろいろ並んでる店。キラキラふわふわしているのを見ているだけでわくわくする。子供の頃におもちゃコーナーで目移りしていた感覚に似ているかも。


「大地」

 呼ばれて振り返ったら、英人が何メートルも先から僕を見ていた。

 ほんのちょっとしか見てなかったつもりだったのに。英人が早歩きになっているのもわかっていたのに、うっかりしてた。


「欲しい物でもあった?」

 慌てて追いつくと、英人がさっきの店を振り返りながら僕に訊いてきた。

「そういうわけじゃないけど。最近、ああいうの見るのが楽しくて」

「ふうん」

 英人はあんまり興味なさそう。

 僕も前はああいう雑貨には興味なかったんだけどね。今は今使う物をそろえておかなきゃって思うからかな、最近は男だった時とは違う物が気になるんだ。


 その後は、二人でまっすぐに家に帰った。

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