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目撃された新学期のバカップル (3)

「ところで市来崎くん。井原さんが男子に戻るのはいつになりそうなの?」

 永井さんが弁当箱を片づけながら英人に訊いた。


「夏休み中には戻ってるのかなって勝手に想像していたんだけどさ、服を替えるぐらい、薬の完成はまだ先?」

「……そうだね」

 訊かれた英人がひと言で黙っちゃったから、永井さんは不思議そうな顔してる。

 僕から言った方がいいかな?


「理一郎おじさんが忙しくて、まだかかるんだって」

「大地」

 英人が僕の方を見たのはわかったけど、永井さん達には僕が女性になってからお世話になってるし、訊かれているんだからちゃんと答えないと。わからないとずっと気になるもんね。


「やっぱり博士は忙しいんだね。インタビューも多いし、それ以外に普通に仕事の研究してるんでしょ?」

 いつのまにかこっちを向いていた田口さんが、おじさんに関わる話に入ってきた。

 インタビューとかもチェックしているんだ。田口さんは本当に理一郎おじさんが好きだね。


「うん。だからまだあと何年かは、僕はこのままになるよ」

「……えっ……」

 できるだけ詳しくしたいけどぜんぜん具体的じゃない僕の説明に、永井さん達が黙っちゃった。

 なにも言わない英人と、僕の顔を見比べている。


「……そうなんだ。確かに、いつになるかわからないって前に言っていたけど……」

 英人がなにも言わないでいるから、僕が言ったとおりなんだってわかったみたい。

 三人が……英人も入れて四人が、無言になってる。

 答えたのまずかったかな。やっぱり英人みたいにぼかしておいた方がよかったのかも。でも、もう言っちゃったし。


「そういうわけで、僕はまだ女性としての生活が続くから、またなにか困ったことがあったら相談に乗ってもらえるかな?」

「いいよ、なんでも訊いて! なんでも答えてあげるから!」

 できるだけなんでもないふりして言ってみたら、永井さんが元気よく答えてくれた。やっぱりいい人だなあ、永井さん。

 その隣で三上さんと田口さんもうなずいている。


 永井さんが僕に声をかけようって思ってくれなかったら、三上さんと田口さんもそれに付き合ってくれなかったら、きっと僕は今頃もっとずっと困っていた。今日まで大きくつまずくことなくやってこれたのは、永井さん達のおかげだよ。

 彼女達がいてくれてよかった。






「大地、本当に病院に行かなくて平気?」

 大学からの帰り道。

 医務室で簡単な手当を受けた時に、あとで病院でちゃんと検査を受けるように言われたことを英人は気にしている。


「大丈夫だよ。もう痛くないから」

 並んでゆっくり歩いてくれる英人に僕は言う。

 包帯はもう巻いてない。足首を固定するために巻いたままだと、サンダルがすべって脱げそうになって、かえって危なかったから。足首がやわらかくなっている感じはあるけど、骨に異常はなさそう。


 でも、英人は納得していない。

「大地が絶対大丈夫って言うならいいけどさ、転ぶような靴を履くのやめたら?」

「これ履くと、身長が伸びた気分になって楽しいんだよ」

 数センチの違いなのに、地面がいつもよりずっと遠くに見える。靴だけでこんなに簡単に錯覚できるんだ。


「それにほら、英人の身長にもだいぶ近づけるし」

 いつもなら上を向かないと見えない英人の顔が、ちょっと横を向くだけで目に入る。まだ差はあるけど、ぜんぜん違う。

 気分がよくて顔を近づけてみたら、英人が体を引いた。

 調子に乗って英人を追いかけようとしたら、朝にひねった足首が軽く曲がった。


「危ない!」

 また転びそうになった僕の肩を英人が支えてくれた。

「だから言ってるのに」

 僕が両足でちゃんと立ったのを確認して手を離しながら、その声が責めている。

 ……心配してくれているのはわかるけど。


「もう言わないって言ってたのに」

「なにを?」

「女物の服をおかしいって」

 ちょっと恨めしそうに言ってみたら、英人が目を丸くした。

「違うよ、今はその靴が危ないって話で、服はもう別に……おかしくないって」


 焦っている英人を、僕は上目遣いに見る。

「本当に?」

「本当に」

「だったら、やっぱりやめない」

「大地……っ」

「休みの日だけにしておく」


 本当に心配してくれているだけみたいだから、僕も歩み寄っておく。朝の電車内で踏ん張るのが大変だったこともあるし、英人の言うことも半分はそのとおりだと思う。

 僕の妥協案を聞いて、英人はほっとしていた。

 英人がこういう反応してくれるから、僕も安心してつい気が抜けちゃうんだよね。気をつけないと。


 その後、並んで歩きながら、英人が僕の足元をチラチラ見ていた。目線の高さが近くなっているから、見られているのがよくわかっていた。

 だから、心配しすぎだってば。

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