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目撃された新学期のバカップル (2)

「――それじゃあ、朝っぱらから構内でおんぶしてイチャイチャしていたバカップルって、井原さんと市来崎くんのことだったんだ」

 ガイダンスが終わった後、合流した永井さんと三上さんも一緒の昼食中に、永井さんに納得したように言われて、僕はパンを喉に詰まらせそうになった。


「……バカップルって……」

「目撃した人が言ってただけだから。私は彼女側が足挫いたじゃないかなって予想してたんだけど、当たってたね」

 永井さんは笑い飛ばそうとしてくれているけど、僕は恥ずかしくて、包帯が巻かれた足首をもぞもぞ動かした。

 結局、大学に着いてからも医務室まで背負われていったから、構内でもあちこちで見られていたんだ。医務室に行くほどひどくないって言っても聞いてもらえなかったんだよね。


 恥ずかしい目撃場面を作った当人は、僕の隣で涼しい顔で定食を食べている。どうしてそんな関係ありませんって顔しながらご飯食べられるの……。

「だから下ろしてって言ったのに」

「背負った方が早かったから」

 英人がしれっと答える。

 それはそうなんだけど、それで納得できたら恥ずかしくならないんだってば。


「大丈夫だよ、井原さん。私も小さい頃にサンダル蹴り飛ばして行方不明にして、兄貴におんぶで連れて帰ってもらったことあるしね」

「永井さん、僕もう大学生……」

 フォローしてくれているのはわかるけど、フォローになってないよ。


 いろいろ恥ずかしすぎて顔を押さえていたら、ふと、田口さんが僕をニヤニヤしながら見てることに気がついた。

 あんな顔、前にも見たような。……なんだろ、嫌な予感がする。


「いいじゃないの。井原さんにとっても市来崎くんはお兄さんみたいなもんなんじゃないの?」

「僕が大地のお兄さん?」

「待って田口さん、なに言い出して……」

「井原さんはね、市来崎くんに迷惑かけてるって前に気にしてたからね」

「田口さんっ」

 僕は慌てた。


 英人は僕がそう思っているのはたぶんわかってるけど、自覚しているのと人に言われるのは違うし、自分でそう思っているのを他人の口からわざわざ伝えられるのは情けなさすぎてつらい。

「ごめん、英人。本当の兄弟でもないのにいつもいつも」

「気にしてないよ。実際、誕生日も一年近く離れてるし」

 英人はやっぱり流してくれるけど、だからって、これでいいってことにはならないよ。


「同じ学年で一年違いもなにもないよ。……田口さん。今朝、医務室まで付き合ってもらったのは感謝してるけど、そういうことわざわざ言わなくてもいいのに」

「二人が仲いいのがうらやましいだけだよ。ほんと、井原さんてそういうとこがかわいいね」

 にらみつけてみても、田口さんはにこにこ笑っている。

 僕のどういうところがかわいいのか意味がわからない。僕と英人が仲がいいのがうらやましいっていうのは前にも言っていたけど、だからって言っていいことと悪いことがあると思う。

 ……あ、もしかして。


「田口さんがコンタクトにしたのって、また弟さん達にメガネを壊されたから?」

 前にそんなこと話していたし、だったら大変だなあって思ったけど、田口さんはすごくびっくりした顔になった。

「――ええ!? ち、違うけど、どうして?」

「違うの? 弟さん達のことでなにかあって、兄弟仲がうらやましいなんて話したんじゃないの?」

 それでちょっと、僕にいじわるしたくなったのかなって思ったんだけど。


 田口さんはびっくりしたままでしばらく僕を見ていたけど、急に肩を落とした。

「……違うよ。うらやましいのは本当だけど、コンタクトはただ、してみようかなってだけで入れたの」

「そうなんだ?」

 弟さん達とケンカしたわけじゃないんだ、よかった。


 でもそうすると、なんで田口さんはあんなこと言い出したんだろう。本当にうらやましいだけ? それによく考えたら、メガネが壊されたわけじゃないのと、ケンカしていないかどうかは別問題だね。

 もう一回訊こうと思ったけど、田口さんがなんだか疲れたみたいに横向いちゃってる。


「ねえ、井原さん。レディースを着るようになったんだね」

 今は田口さんに話しかけるのやめておいた方がいいのかなって考えていたら、三上さんが僕に声をかけてきた。

 三上さんはあいかわらずほんわかわいいなあ。髪の毛を結んでるのもまたかわいい。

 夏は首の後ろが暑いよね。自分で伸ばしてみて、髪の毛ってこんなに熱がこもるんだって初めて知ったよ。


「うん。お父さんがちゃんとした格好しなさいって」

「いいんじゃないかな。髪も伸ばしてかわいくなったね」

 かわいい……かあ。


 ほめてくれたのはわかるけど、どう返事しようか迷っていたら、三上さんが不思議そうな顔になった。

「どうしたの?」

「……ううん、なんでもない。やっぱり体に合ってるから、こういう格好の方が楽だね」

「よく似合ってるよ」

 三上さんがほめてくれるのは嬉しいけど、やっぱり複雑な気分だなあ。


 髪を伸ばすのも、これからはこういう服を着ることを決めたのも結局自分だし、そうしたらどうやっても女性らしい見た目になるから、こんなことを言われるのもおかしなことじゃないってわかってる。でも、「かわいい」は男の時は一番嫌いな言葉だったし。三上さんは見た目のことで、田口さんは僕の性格のことを言っていたんだろうけど、どっちもやっぱり受け付けないや。

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