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今はまだ決められないこと (1)

「大地。明日からバイトね。頑張ってね」

 日曜日の夜。一緒に夕食を囲んでいたお母さんの言葉に頷きながら、僕は急に緊張してきた。


 明日から約一ヶ月、夏休みの間だけ僕はバイトをすることになった。


 きっかけは英人の話。英人が理一郎おじさんの研究室にインターンで行くって聞いた後、僕もバイトしようって思い立ったんだ。

 前期試験もレポート提出もつい先日、全部終わった。試験の結果はまだ出てないけど、手応えはあったからたぶん大丈夫。


「そういえばバイトするって言ってたっけな。どこで働くことになったんだ?」

「学童保育所だよ」

「ということは相手は小学生か。子供相手なら楽なもんだな」


 楽勝楽勝と笑うお父さんに、お母さんが顔をしかめた。

「なに言ってるの。他所様の子供をお預かりするのよ。大変よ」

「他所様のって言っても小学生だろ? 遊び相手になるにしろ、勉強を見るにしろ、大したことじゃないだろ。大地だって手間かからなかったし」

「大地はおとなしい子だったじゃない。そういうあなたは小さい頃どんな子だったのよ」

「俺? そうだな俺は……あー……」

 お父さんは言葉につまって目を泳がせてる。

 手間がかかっていたかどうかは知らないけど、きっと元気な子供だったんだろうな。


「一人二人じゃなくて、いろんな子の相手をするのよ。小さい子は限界を自覚できないし、無茶はさせられないしで、神経も体力も使うわよ」

 まだ一度もバイト先に行ってもいないのに、お母さんの話でどんどん緊張が高まってきた。

 明日から行くバイト先は、お母さんが紹介してもらってきた所だった。バイトを探し始めた時、仕事内容とまったく関係ないことで僕がつまずいたから。


 履歴書の性別欄はどっちで書けばいいのか。まずそれが僕が悩んだことだった。


 調べてみたら性別欄のない履歴書もあるし、住民票も性別欄がない形式で発行してもらえることもわかった。

 悩んだことは他にもあった。性別の申告の問題をクリアできても、制服が用意されていたり、更衣室を使う必要があるバイトはやめておいた方がいいかなって。一緒に働くことになるのは僕がどんな事情を抱えているか知らない人達だから、堂々としていればいいってわかってるけど、きっといちいち気にして僕におかしな態度が出ちゃうから。


 求人サイトを眺めながらあれこれ悩んでいることをお母さんに相談したら、数日後、パート先で紹介された話を持ってきてくれた。

 場所は少し離れた小学校の近く。服装は私服で子供と安全に遊ぶために動きやすいものをとだけ。

 すぐに学童に電話をすると、夏休みは普段より多くの子供を預かっているから、元気があって子供の相手が楽しくできてやる気のある若い子は大募集中と、あっさり採用が決まった。

 一応フルネームは名乗ったけど、電話に出た責任者の人には特になにも言われなかった。聞き流されてたのかな?

 とにかく、服とか気にしないでバイトできることになってよかった。明日からがんばろう。


「ごちそうさまでした」

「明日に備えてゆっくり休んでね」

「うん」

「待て待て大地」

 夕食を終えて僕が部屋に戻ろうとしたら、お父さんが財布から諭吉を数枚取り出した。

 お小遣い? これからバイトする僕に?


「これで必要なものを買いなさい」

「必要なものって?」

「まあ……服だな。おまえ、男物をそのまま着ているだろう? ちゃんと今の体に合う物を身に着けなさい。バイトに行くならなおさらだ」


 僕はお父さんと諭吉を見比べた。

 今までなにも言わなかったから、お父さんは気にしていないのかと思っていた。

 下着だけは女物を揃えたけど、お父さんには見えないから、もしかしたら全部そのまま着ていると思ってるかも。


「でも、すぐに必要なくなるかもしれないから」

「必要なくなったらその時はそれでいいんだよ。古着屋でもネットでも出せばいい。でもな、今は今。これで遠慮せず買ってきなさい」

「……でも」

「将来返してくれればいいんだよ」

 お父さんは僕の手を取って諭吉を載せた。


「最近は母さんとなにか話していることが多いだろう? 女の子になっていろいろあるんだろうが、たまには俺にも父親らしいことをさせてくれ」

「……じゃあ、とりあえずズボンだけ」

「ズボンだけと言わず、いろいろ揃えなさい。な?」


 僕は諭吉を受け取ると、時計を見た。

 今からでもショッピングモールならまだ時間あるかな。

「今のサイズはわかってるの?」

 お母さんが食器を台所へ運びながら訊いてくる。

「前に友達に見てもらったから大丈夫。……でも、お母さんが付き合ってくれると買いやすいかも」

「だったら少し待ってて。片づけたら一緒に行きましょう」


「——父さんも車を出すぞぉ!?」

 ここ最近よく相談している時みたいにお母さんと話していたら、切なそうな声が混ざってきた。

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