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恋じゃない

 もやもやする。

 どうして英人はあんなに僕を男でいさせたいんだろう。わからない。

 僕の状況は英人もよく知っているのに。おじさんとも連絡を取っている英人が一番よくわかっているはずなのに。なのに、僕が女の子でいることを嫌がっている。


 薬ができるまでは、おじさんのことは僕には関係ない。僕はもう、戻るまでどんな風に過ごすか、どこまでは男のままでいて、どんなところは女の子だと意識しなきゃいけないのか、よく考えないといけないと思っているのに。


 僕が三上さんを好きだっていうのもそう。そんなことひと言も言ってないのに決めつけて。

 英人が今の僕のことをわかってくれないなら、ちょっと話しにくくなるなあ。なにかあった時に困るよ。


「井原さん」

 構内を抜ける大通りを歩いていた僕は、後ろから声をかけられた。

 振り返ると、三上さんと田口さんが近くまで来ていた。


「井原さんはこれから帰るの?」

「ううん。学食でレポートやっていこうと思って」

「私達と同じだね」

「せっかくだから一緒にやろうよ」

 二人に誘われて、僕はうなずいた。


 永井さんはいないと思ったら、やっぱり先に帰ったって。夜は彼氏さんの所に行っている分、朝早くから試験勉強をやってたのかな。あれもこれも手を抜かないでできるなんて、永井さんてすごいなあ。


 三人で一緒に学食に向かいながら、僕は二人の会話に入れないでいた。

 隣の三上さんが気になって仕方ない。英人があんな変なこと言うから。


「井原さん、どうしたの?」

 ずっと黙っていたからか、三上さんが気にかけてくれた。

 やっぱり優しい。こういうところは好きだとは思うけど。でも。


「三上さんは彼氏いるの?」

 よく考える前に僕の口から質問が出ていた。


「いないよ。どうして?」

 変なことを聞いちゃったと焦るよりも早く、三上さんはあっさり教えてくれた。さすがに少し不思議そうだけど。


「永井さんはいるけど、三上さんはどうなのかなと思って。優しいからもてそうだけど、いないんだ。意外」

「ありがとう。でもぜんぜんもてたことないよ」

「中学とか高校時代に、バレンタイン前に男子が周りをうろうろしたりしなかった?」

「ないない」

 三上さんは笑いながら手をヒラヒラ振るけど、気づかなかっただけの可能性もあると思うなあ。僕が小学生の時にそれやって、気づいてもらえなかったし。


「彼氏とか今は興味ないかな。せっかくこの大学に入ったんだし、勉強頑張りたいもん。恋人は社会人になってからでいいよ。仕事が軌道に乗ってからでいい」

「将来のこと考えてるんだね」

「そんなことないよ。あくまで願望だから。思ったように仕事に就けないかもしれないし、一生結婚できないかもしれないし。……でも、とりあえず今は勉強のためにいらないってだけ」


 すごくいい顔で笑ってる。いつもみたいなほんわかしたのじゃない、気合いが入った笑顔。

 三上さんは優しいだけじゃなくて、しっかりしているんだね。

 なんでかな、ほっとした。


「マジメだねー。普通に勉強しながら恋人探せばいいのに」

 三上さんの話を聞いた田口さんは感心しているようで、ちょっと呆れている。

「永井さんみたいに器用にできる自信もないしね」

「そんなの、彼氏ができてから考えればいいのに」

「でも、決めてるから」


「田口さんは彼氏は?」

 ついでって言うと失礼だけど、訊いておこう。そうすれば、どうして三上さんにだけこんな質問したのかおかしく思われることもないし。って予防線を張るのは考えすぎかな。


「いないよー。私は欲しいんだけどね」

 田口さんはがっくりと肩を落としながら教えてくれた。


「そうなんだ。……あれ? でも、田口さんは英人のおじさんのこと……」

「市来崎博士のこと? ヤダなあ、さすがに博士とどうこうなりたいなんて思ってないよ。彼氏は同世代がいいって」

 そうだったんだ。いろいろ知りたがってたし、英人か僕を通して近づきたいのかなって思ってたけど、芸能人に憧れるようなものだったのかな。


「勉強が忙しいと思ってサークル入らなかったけど、入るだけ入ってみてもよかったかな」

 田口さんは難しい顔で腕を組んでいる。いい人が見つかるといいね。


「……三上さん」

 小声で呼びかけてみた。

「なに?」

 振り返ったのは、僕の好きな笑顔。


 ……うん。やっぱり、三上さんのことは好きだけど、そういう意味じゃない。そうじゃないよ、英人。僕は別に三上さんの彼氏になれなくてもかまわない。そのために早く戻りたいとは思わない。英人の勘違いだよ。


「僕が男に戻っても、友達でいてくれる?」

「もちろんだよ。せっかく仲良くなったのに、男の子に戻ったらじゃあねなんてしないよ」

「……ありがとう」

「早く戻れるといいね」

「うん」


 僕は友達として三上さんの夢を応援してあげたい。

 長く付き合える友達であり続けたいな。






 学食で勉強中、スマホに通知が表示された。英人からメッセージだ。

 「今日は何時に帰るの?」だって。


 今日はもう、英人とは顔を合わせたくないな。

 三上さん達と学食でレポートをやってるから、何時になるかわからないと返事を送る。また変な風に思わないといいんだけど。


 次のメッセージはすぐに来た。

 「じゃあ僕も」ってここに来ないといいなと思いながら読んでみたら……なにこれ。

 英人はどういうつもりなのかな。


「どうしたの、井原さん。難しい顔して」

 スマホを手に考え込んだ僕に気づいた三上さんに、微妙な気分を抱えたまま黙って画面を見せた。

 英人からのメッセージは、「あまり遅くなる前に帰るんだよ」だって。


 一緒に帰ろうって言われなかったのはよかったけど……そういえば、前にもこんなこと言われたけど、こういうことってやっぱり女の子に向かって言うことだよね? 

 英人は僕を男だと思ってるの? それとも女の子扱いしたいの? わからないよ。


「市来崎くんは心配性なんだね」

 僕がなにも言わずに見せたから、三上さんは言葉通りにそのまま受け取っている。

「これって女の子相手に言うことだよね?」

「井原さん女の子だしね」

 三上さんはさらっと言った。


 やっぱり女の子向けの言葉だよね。

 ただ、英人は僕を男だと思っているはずで。……これはたぶん他の人には言わないでいた方がいいことだけど。

 僕を男だと思っているなら、これはただ僕を心配してくれているだけってことになるけど……、前からいろいろ心配させてはいたけど、ここまで心配されてたっけ?


「僕より遅い時間に帰る人もいっぱいいるのに」

「……いいじゃないの。心配してもらえるの素直に羨ましいよ」

 英人の言葉をどう受け取ったらいいのか悩んでいたら、田口さんが参考書から顔を上げないまま溜め息を吐いた。


「ウチの弟達なんか、暴力姉貴を襲う奴なんかいないとか言いたい放題だし」

「それは……えっと、弟さん達は照れているんじゃないかな。本当はお姉さんを心配しているけど、素直に言えないだけで」

「絶対にないから」


 あまりにもあんまりな言い方をされているみたいだから、フォローしようとしたけど、きっぱりと否定されちゃった。僕は弟さん達とは会ったことがあるわけじゃないし、きっと田口さんの言うとおりなんだろうね。兄弟がいるのも大変だね。英人は厳しい時もあるけど、ひどいことは言ったりしないかな。


 送られてきたメッセージをもう一度見てみる。

 英人が本当に僕を心配してくれていることはわかってる。……そうだよね。あんまり心配させちゃダメだよね。


「井原さんがうらやましいな。私も心配性で優しい彼氏が欲しい」

「あはは……」

 その言い方だと、英人が僕の彼氏みたいに聞こえるね。田口さんは真面目に悩んでるんだろうけど、ちょっと笑っちゃった。

自分で書いておいてなんですが、永井さんがどういう生活を送っているのかよくわかりません。

あくまで伝聞からの大地の想像で、実際とは齟齬があるということでひとつ。

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