1章-1 出会い
「す……好きですっ!付き合ってください!」
大学の敷地内のメインストリート、左右の桜並木が新入生たちに祝福の吹雪で歓迎する。真新しいスーツに着られた青年が正確90度にお辞儀している。その先には、腰まで伸ばした髪を翻した女性が、驚いた顔で青年を見つめている。
「あ、あのなんですか?」
女性が青年にそう問い返す。
「好きです!大好きです!一目ぼれです!第一印象で決めました!付き合ってください!」
青年は下を向いたまま返事する。手を正面に差し出し、女性からの返答を待つ。伸びた手は少し震えている。彼女は困惑した表情で青年のうなじを見つめるばかり。傍からみれば彼女が返答に困っているのは明白だ。しかし、周囲の同級生たちは見世物でも見るように遠巻きに見守っているだけだ。――しばしの沈黙の後、彼女が決心したように、一文字に結んでいた口を開いた。
「ご、ごめんなさい!」
その返答を捨て台詞に走り去っていく女性と下を向いたまま見送る青年。そして、嘲笑したり白けて大学へ向かっていく同級生たち。
「なぁにやっている。お前は」
野次馬が散った後も頭を下げている青年に声をかけたのは、スーツを着込んだ青年。
「いきなり立ち止まったかと思ったら、突然走り出しだして初対面の女性に告白とか……ドン引きだわ」
「和也」
「隆は昔から向こう見ずな性格なのは知っているが。今回はいくら何でも酷い」
和也、と呼ばれた彼はメガネの位置を戻しつつそういった。隆と呼ばれた青年――さっき告白をした青年――は和也に向き直る。
「いや……なんというか一目ぼれで」
隆はごまかし笑いを浮かべる。
「だからって普通あんなことしないだろ。普通は、授業中と声かけてみたり仲良くなってからだろう」
「普通って言われてもそういうのはよくわかんなくて。ほら、恋は盲目っていうじゃん」
和也は呆れたようにため息をついた。隆に反省の色が見えなかったからだろう。和也は隆とは幼馴染だ。この顔は見慣れている。悪戯がバレたときや忘れ物をしたとき、自分に非があるときは大体この笑顔で状況を乗り切ろうとする。彼の悪い癖だ。そう思いつつも今まで付き合ってきているのは、もう慣れてしまったからだろうか。
和也は腕時計を確認する。
「そろそろ行かないと遅刻するぞ」
「あぁそうだった!始業式で遅刻とか笑えないよ!」
2人は走って会場の講堂へと向かっていった。