その昼
生まれ変わるとしたら、何になりたい。
そう、訊いた。
空はどこまでも蒼く降り注ぐ陽射しは温かい。
「実果は何がいい?」
その空を象ったような声だ。
「水槽の魚」
「なぜ」
「馨と二人きりの世界ってすてきだと思わない?狭い水槽でずっと二人で今みたいに過ごすの。そうやって生きたいの」
「――それもいいね」
その言葉と、今二人で手を繋いでいる状態だけで、私はとても幸福だ。静かな中庭で太陽の光を浴びるこの時だけが私の一生なら、どれほど幸福だろうか。
夜は働き昼は眠る母と正体のよく解らない粗野な男と、どうしても馴染めない同級生たちなど、本当は要らない。私には馨一人でいいのだ。それだけで満たされるのに、何故こうも上手くゆかないのだろうか。昨日は傷めつけられ、今日は突き落される。明日はもっと暗く怖ろしい。それほどまでに苦しんで、人はなぜ生きるのを止めないのか。計り知れない未来に恐怖を感じぬ人などいないだろうに、多くは恐怖に立ち向かう。それなのに、私は今にも逃げ出したい。己の弱さが不甲斐ない。
「生まれ変わったら――この記憶はあるのかな」
「――は」
不意の問いに情けのない声が答えた。
「どういうこと?」
「人格ってどうやって形成されると思う?」
「それは――成長していく中で」
「周りに影響を受けて、だよね」
私は馨の顔を見て、視線で同意を示した。
艶やかさを孕んだ高潔の宿る顔で、作り物めいた唇が動く。
「なら来世を生きている私は、本当に今の私と言えるのかな。同じようにものを考えて同じように世界を感じていられないなら、それは私じゃなくて他の誰かだよ。私はその人の前世ではなくて」
昔死んでしまった誰かの情報でしかないよ。
彼女はそう結んだ。
私は寂しくなる。
「そんなこと」
言わないで、とは言えなかった。
「でもそれはすてきな来世だ」
馨は笑いもせずにぽつりと言った。




