梅雨空の向こう
あのとき、君の瞳はどこを見つめていたのだろう。
小さな身体で、一生懸命に空を掴むように翼をはためかせ、私の元から飛び出した。
別れの言葉は、交わすこともできなかった。それは唐突で、後ろ姿を見送ることしか、私にはできなかった。
あのとき、君の耳には何が聴こえていたのだろう。
名を呼ぶ声も、制止の言葉も、決して届いてはいなかったのだろうか。それとも、聞く耳を持たずにただひたすらに、自由を求めていたのだろうか。
最後に見た姿は、腰の引けた私の姿を嘲笑うかのように、力強く身を翻し窓辺から飛ぶ君の姿だった。
あのとき、君の心には何があったのだろう。
私の膝で、甘えた声を上げる君が、寸前までは確かにいたのに。一緒に食べた、フライドポテトはまだ冷めてもいなかったのに。
窓から遠く、公園の大きな木が見える。飛び交う雀や鴉が、鳴いている。
あのとき私は、手を伸ばすことが出来なかった。窓辺に立つ君と、ほんの一瞬交わした視線に、射竦められてしまっていたのだろうか。
もう、過去のことだ。過ぎ去ってしまった、昔のことだ。
あのとき、私と君を別ったのは、自由というものだろうか。
決別から十年経った今も、私は生きている。君の事を、深い思いを忘れることが、出来たから。
それでも、窓外の光景が荒れるたび、ふっと頭に浮かんでくる。
君は、元気でいてくれているだろうか。愛らしく、囀る声に変わりはないだろうか。それとも、儚く露と消えてしまっているのだろうか。
私の傍らにいてくれた、愛らしい小さな命のことを。不意に、思い出してしまうのだ。