現状を確認しよう
凱旋の数日前、俺が目を覚ました翌朝。
イセンタには俺を看病してもらっていた間の疲れを取るため、休んでもらいたかったのと、現状を整理したかったので、部屋を出てもらった。
なので俺は特別歓待室とやらに一人きりになった。
彼女は旅の間も勇者様勇者様、と俺のことを神の化身かと勘違いしているかのような扱いをしていた。その為、何がどうなっているのかを(ほんの一部を除いてだが)包み隠さず教えてくれた。
が、それと俺が聞いた話を頭の中で理解できるかはまた別の話だ。今の俺には少しばかりの時間が必要なのだ。
「(ええっと、まず……この腕自体は切り落とされた俺のもので間違い無いと。でも、呪いを浄化しきれなかった為、聖水に浸して浄化していたと)」
右腕をちらりと見る。うん、間違いなく俺の腕だよな?
--イセンタの聖なる力は本物だ。だが、やはり相手は魔王。死に際の怨嗟を込めた呪いは一度かけたくらいじゃあ、完全に解くことはできなかったのだ。
その為、腕を聖水で満たした壺に突っ込んで、俺が運び込まれた王都中央教会のお偉いさんたちが一日中浄化の聖句を詠み続けたという。
結果、呪いは無事完全に浄化することができた。俺には専門外の知識だから、そこら辺の真偽は確かめられないけどな。
「(で、この左眼はガンツがぶっかけた世界樹の朝露のお陰で元通りになったと)」
世界樹の朝露は、千年間かかって盆に溜まった、世界樹の葉から滴り落ちる朝露を掬い集め、エルフの技師が作ったガラスの瓶に保存したものだ。
文字通り、世界に一つだけあるとても貴重な代物で、いざという時に使いなさいと釘を刺され、俺たちのパーティの荷物持ち係を買って出ていてくれたガンツが保管していたのだ。
あらゆる怪我や病気、そして魔族の呪いまでもを完璧に治す効能があり、左眼は特に手術することもなく完治した。
一応、ここも確認してもらったが、呪いの痕跡は跡形もなく消え去っていたという。
そもそも、この目を攻撃したのは、魔王の呪いが具現化した、あの右腕の切り口から現れた蛇だった。
ガンツが首を切り落とす直前、イタチの最後っ屁が如く飛ばした毒牙が俺の目に刺さったのだ。
ので、魔王の呪いを剣戟によって直接受けた右腕とは違い、呪いの強さが故に残滓が具現化した蛇による攻撃だった為、呪いの質も魔王が持つ剣にかけられていたものからは落ちていたことも幸いしたのだとか。
「(で、浄化した後の右腕はというと、聖水から出した後、折角なので魔王討伐褒美として魔道具化してしまおうと俺の許可なく改造したと……)」
……いや、そういうのは普通、本人に尋ねるよね?
というかそもそも、肉体の改造って禁忌だったはずじゃあ……それで死刑になった異端魔導師が何人もいるはずだが?
イセンタに尋ねたが、なぜかはぐらかされてしまった。
何度尋ねても誤魔化す態度を取り続けるので、少し強めに聞いたところ、涙目になってしまったので、その時は諦めたのだ。
少女を虐める趣味は俺にはない。や、俺も少年だけどさ。
「----以上で、我からの話は終わりだ。再度、四人とも、よくぞ魔王を倒してくれた! 国を統べるものとして、心から礼を言わせてもらう!」
--カンッ!
っと、現実を受け入れるために現状を整理していたら、王様の話がいつの間にか終わったようだ。クソつまんねえ話をタラタラと喋るから、つい考え込んでしまった。
あぁ、下を向いていたせいで首が痛い。あと、片膝立ちしているから足が痺れてきたぜ!
王様が杖を突くと、専属の侍女がサッと近づく。助けを借りて玉座から立ち上がり、謁見の間から立ち去る。あのじじいも大分歳だからな、いつくたばってもおかしくないが、こういう強権的な人物こそ中々死なないんだよな。
税はきつめだが、そのぶん国や人々に還元する政策も多く実行しているため、民衆の人気もそこそこあるし。
おい、侍女の胸揉んでんじゃねぇぞ!
まったく……
「では次に、宰相閣下からのお言葉!」
え?
「であるからにして、勇者様方のご活躍は筆舌に尽し難く……」
これで何人めだっけ? ああ、足の感覚がなくなってきた。
お偉いさんの話って、なんでこんなに長いのだろうな?
魔王討伐の旅に出発するときも長かったが、今回はそれ以上だ。思い出って、嫌なものほど残りやすいよね。腕を切り落とされたりとか、目を潰されたりとかねっ!
「ヒジリ、ヒジリ、行くわよ」
「……はあ……」
「ちょっと、ヒジリっ!」
「は、はいっ!?」
突然声をかけられたため、返事が裏返ってしまった。
どうやら全員の話が終わったようだ。
辺りを見渡すと、来賓は全員退室しており、この部屋に残るは護衛の兵士と俺たち四人だけとなっていた。
「だ、大丈夫ですか、勇者様っ?」
イセンタが心配そうな表情で俺の顔を覗き込む。可愛いなあ。
「しっかりしろよな! ほら、立てるか?」
ガンツが手を差し伸べてくれる。
「あ、ああ、ありがとう」
が、俺も勇者だ。ここはビシッと退室しないとな。
「っとと!」
……すみません、無理でした。
ふらついて尻餅をついてしまった。護衛の兵士が心なし笑っている気がする。
「勇者様!? やはり、まだお身体の方が……」
イセンタは一層心配そうにする。
「聖女様、そんな男放っておいて大丈夫ですよ! どうせ足が痺れただけでしょう。さ、姫様がお呼びだわ。行くわよ」
幼馴染にはバレていたようだ。だって話長いんだもん。
このとき、イセンタに同調しておけばよかったな、と、後々心底後悔することになるなどと、俺はまだ知る由もなかった。