黒の章04_この世界の魔法は忌み嫌われている
本日、二度目の更新です。
あの後、フェイト王女の計らいにより、城を僅かに見て回り、案内された主塔にて、見渡した城下は、外国の街並みに似ているが、何処か違う、美しい風景だった。
ゲームでは見慣れていた筈の街並みも、やはり画面越しと現実では訳が違う。
大人達はどうしても、ここが外国だと言う線を捨て切れていなかったが、直感的には既にここが別世界なんだと理解していると思う。
生徒達も同様に。
皆、呆けたり、困惑したり、怯えたり、様々だった。
まあ、それが普通の反応だろう。
俺には困惑している暇も、怯えている暇もないが。
案内を終えたフェイト王女は、「お疲れでしょうから、少しお休み下さいませ」と侍女を呼び俺達を一部屋三人から四人程度に分けて、部屋に通すと、御付きの者達と去って行った。
部屋割に付いては、大人達と生徒会の人達が話し合い、仲の良い者や、クラスメイト、知人同士で分かれた。
勿論、大人達が生徒達の隣人になるように、配置している。
俺の居る部屋の面子は、ゲーム通りで、俺、赤神焔、黄戸雷斗、絢瀬湊の四人になった。
全然知らない奴と同室になるのも嫌だが、ゲームシナリオ通りに、シナリオの中心的な主人公と一緒になるのも、あまり落ち着かない。
だからと言って、文句など言えないが。
「黒磐くん、絢瀬くん、雷斗。これからどうなるかは分からないけど、同室者同士よろしく」
同室者、赤茶の髪に焦げ茶の瞳を持ち、少々童顔だが整った顔をしている主人公──赤神が、人の良さそうな笑みを浮かべて言う。
「ああ、よろしく」
「ん? そうだね、よろしく?」
取り敢えず俺が返事を返すと、釣られる様にクリーム色の癖毛に、同色の瞳を持つ男子生徒──湊が緩く返す。
そして、ブレザーの代わりに着ているらしい、彼のトレードマークとも言える、妙にリアルな髑髏の描かれた真っ黒なパーカーのフードを目深に被り、「くぁ」と欠伸した。
「ま、引き続き仲良くしようぜ? 焔!」
最後に、前髪を赤ピンで留めた金髪に、茶色の瞳を持つ、主人公の友人であり、主要キャラとも言うべき男子生徒──黄戸がにかりと笑った。
あー、主人公及び主要キャラと一緒な、この部屋割はちょっと嫌だな。
別に嫌い、て訳じゃないが、何とも落ち着かない。
ゲーム通りな部屋割なのも、安心していいのか、悪いのか……。
各々、フェイト王女に促されたように、休憩するように、広い部屋の中に置かれた、備え付けのベッドに腰を下ろす。
流石は王城と言うべきか、座ったベッドの感触はとても柔らかかった。
「あーんやくん」
不意に湊が茶化すような声色で、名前を呼びながら、俺の隣に座った。
俺は僅かに眉を顰め、じとりとした視線を向けて返事をする。
「……くん付けはやめろ。気持ち悪いぞ、湊」
「悪い悪い、暗夜」
湊はにやりと口元に弧を描き、謝る素振りを見せる。
悪いと思っていないだろ、お前は。
湊のいつも通りの態度に、俺は小さく息を吐く。
こいつ、湊はゲームの主要キャラなのだが、俺が『枯れぬ花を、誰ぞ愛でるか?』の記憶を取り戻す前──中学入学し立ての頃からの腐れ縁で、今も現在進行形で友人だったりする。
喧嘩が強く、自由奔放で野良猫気質。
よく俺はこいつと友人になれたよな、と時々思う。
「で、何だ?」
「いや? 暗夜的にはどうかと思ってね」
「何の話をしてるんだ、お前。主語を入れろ、主語を」
「はははっ、あれだよ。……暗夜はこの現状をどう思う?」
「現状? 現状ねぇ……良くはないだろうな」
湊と俺は声を潜めて会話する。
二人で話す赤神達に、聞こえないように。
「何故?」
「あの二人、王女と神官の胡散臭さはやばい。戦わなくて良いなんて言っていたがどうだかな」
「へぇ、良く見てるね」
「お前な……お前もそう思って俺に聞いてきたんじゃないのか」
「さぁてね? ま、気を付けるに越した事はないよ」
「だろうな」
何とも飄々と話す湊に、俺は俺の考えていた事を僅かに告げる。
それに、湊が同意したかと思うと、「神官も王女も、この城も要注意かな?」と思案気に言い、近くの空いているベッドに寝転んだ。
そして、「暗夜、目を付けられないようにね」とだけ言い残して、瞼を閉じた。
言われなくとも、そのつもりだ。
現状、城内に存在する人間の全てが、異世界人の敵である可能性があるのだ。
下手に目を付けられ、闇討ちされようものなら目も当てられない。
きっと、殺された俺の死体は魔族に殺されたと偽装され、先生方や保護者が黙って居られない状況を、魔族と戦うしかない状況を作る為に利用されるだろう。
城内に味方が居るか、否か。
今言える事は、王女と神官、教会関連の人間に信用出来る奴は居ない、て事だけか。
******
時は過ぎ、開きっ放しのカーテンから見える窓の外は、すっかり日が沈み、夜の帳が下りていた。
何時間、この部屋で思考、基ぼーっとしていたのかは分からない。
不意に、部屋にノック音が響く。
赤神が代表のように、「どうぞ」と声を掛けると、一人の侍女さんが扉を開き、一礼してから「フェイト王女殿下より、晩餐にご案内するように仰せつかりました」と俺達に伝えた。
まだベッドで寝ている湊以外、俺含む三人は思わず顔を見合わせる。
戸惑うような、迷うような仕草をした俺達に、侍女さんは付け加える様に話す。
「異世界よりいらっしゃいました皆様、花御子様方全員をお招きしております。フェイト王女殿下による計らいで、フェイト王女殿下と神官のゾイ様、二人の騎士様と給仕係以外は居りません。別室の皆様も、既に移動を始めております」
侍女さんの言葉により、俺達は重い腰を上げる。
因みに、まだまだ寝足りないと言う湊は、叩き起こし、引き摺って、侍女さんの後ろを付いて歩き、晩餐会場の大広間に向かった。
道中は皆無言。
否、「暗夜、首。首締まってるんだけど?」と文句を言う、湊の声だけが響いていた。
割り当てられた部屋より、暫し歩き、辿り着いた大広間。
流石、王城。
とでも、言って置くべきか?
豪奢なシャンデリアと、シルクのテーブル掛けの掛けられた長テーブル。
その上に並べられた銀食器。
如何にも高そうな装い、如何にも王族の晩餐と言えるような光景が、視線の先に広がっていた。
湊が「ひゅ~」と楽し気に、口笛を鳴らす。
ほんと、通常運転だな、おい。
皆、着いた順に案内されるまま、粛々と席に着いて行く。
俺達は真ん中の方で、青山さん達四人(全員クラスメイトで、面子は青山さん、白崎さん、鳴沢さん、クラス委員長の零崎さん)の直ぐ側の席だった。
恐らく召喚された人間が全員、集まり終わり、晩餐会が開始される。
「花御子の皆様、今宵は皆様方を歓迎する為に用意させて頂きました。歓迎、と言われても迷惑なだけでしょうが、どうかご存分に飲んで、食べて、お楽しみ下さいませ」
フェイト王女の言葉により、各々勝手に「いただきます」と述べて、食事を始める。
最初こそ、毒を疑っていた者も、食事に触れても変色していない銀食器に、ほっと胸を撫でおろし、給仕係が運んでくる料理を口に運んだ。
「何かありましたら、お気軽に聞いてくださいね?」と、フェイト王女が付け足すように言うが、誰も何も口にはしない。
恐らくだが、何を聞くべきか、聞いても良いものか、計りかねているのだろう。
いきなり、異世界に召喚されて、王国を救って欲しいと頼まれた後、「質問はありますか?」と聞かれて、根掘り葉掘り聞ける人物がどれくらい居るだろう?
召喚された直後だろうと、少し時間を置いた後だろうと、難しい。
質問をするのにも、時間が必要だろう。
何処が、どの話題が地雷原かも普通は分からないしな。
そうして、僅かに仲の良い者同士が小声で会話する程度の、静かな晩餐が過ぎていく。
「なあ、王女様。ここ、異世界なんすよね?」
「はい、貴方方からしてみたら、ここは異世界でしょう」
「ならさ、魔法とか使えないんすか?」
フェイト王女の直ぐ側の席に腰掛けていた、ぼさぼさの黒髪に、目つきの悪い黒目をした男子生徒──クラスメイトの高坂拓馬が、不意に問い掛ける。
それと同時に、この部屋に居る俺達異世界人以外の纏う空気が一瞬で重くなった。
あー、高坂が地雷を踏み抜いた。
「魔法だって」
「ああ、そうだな」
ちらりとこちらに視線を寄越した湊に、俺は小さく頷く。
近くで、青山さんが「何話してるの?」と首を傾げていたが、苦笑して「何でもない」と返すと、「そう? なら、いいわ」と、お上品にナイフとフォークでお肉を口に運んだ。
「魔法……魔法なんて、おぞましい力は皆様にはございません。いえ、魔法など我々人族に使える者など居りません」
眉根を寄せ、フェイト王女は神妙な面持ちで告げる。
すると、周囲、神官も騎士も、給仕係も、フェイト王女の言葉を肯定するように冷たい空気を発していた。
地雷だ、地雷。
この世界での魔法は、魔族限定の固有能力を差している。
よって、魔族と敵対する人族にとって魔法とは、脅威であり、忌むべきもの。
ゲーム通りなのはいいが、魔法=絶対悪の法則は頂けない。
「質問、よろしいでしょうか?」
不意に、重く冷たい空気を破るように、凛とした声が問い掛けた。
真っ直ぐっと挙手された腕が、誰が質問者かを皆に伝える。
切り揃えられた横髪と前髪、さらさらの長い黒髪に、強い意志の宿る金晴眼、美しく整った顔。
彼女こそ、我等が生徒会長──鈴聖院藍花だ。
柔らかな語調でありながら、何処か有無を言わせない威圧を含んでいるように感じる。
流石、校内で桜花の女帝と呼ばれているだけある。
散花でも、主要キャラだしな。
「この世界に魔法は存在しており、それは魔族固有の力であり、我々には使えない。という事でよろしいですか?」
フェイト王女が「どうぞ」と答えると、鈴聖院先輩は「ありがとうございます」と軽く会釈してから、質問を告げる。
「はい。その通りです」
「そうですか。確か、貴女方は我々を魔族と戦わせる為に召喚したのでしたね? 貴女の言っていた我々に適正があった能力とは何なのですか? それは魔法と何が違うのですか?」
「花御子の皆様方が保有する力は花術と呼ばれ、世界に祝福された者にのみ与えられる能力なのです。能力の詳細は個々で違い、使い方もまた個々で違います」
鈴聖院先輩により続けられた質問に、フェイト王女はそう語ると、「花術については後日改めて、実演を兼ねて説明いたしますね」と区切る。
鈴聖院先輩も、「ありがとうございます」と大人しく、質問を終わらせた。
場の空気はまだ重たい。
この空気を破るのは至難の業だろう。
流石に、これ以上質問出来る人物は居なかった。
それから、俺達は食後のデザートまで頂き(と、言っても食事に余り手を付けなかった人も居るし、デザートしか食べない人、デザートだけ食べない人なども居たが)、何とも言えない晩餐会はお開きの時間へと近付く。
「それでは、お食事も済んだ事ですし、皆様に自己紹介をして頂いてもよろしいでしょうか?」
先程からの空気を払拭するかのように、「ふふふ」とフェイト王女が努めて明るく笑う。
フェイト王女の言葉に、「ああ、そうい言えば名乗ってもいなかった」と誰からともなく零す。
名前を名乗る事への抵抗感はあったが、既に名乗って貰っている手前、そうもいかず、不思議な自己紹介タイムが始まる。
フェイト王女の側に座った人から、時計回りに順番に名乗っていく。
本当に名前を名乗るだけの自己紹介。
名前を聞きながら人数を数えた所、俺を含めた異世界人は総勢五十一名だった。
何だ、この大所帯は。
……ああ、でも、この中の数人は序盤で死ぬ。
選択肢次第では、ストーリーを進める事に、場合によっては主要キャラも死ぬキャラと死なないキャラに分岐する。
人数が増えた場合の影響は分からない。
死ぬと分かっている人間を見捨てるのは、酷く寝覚めが悪いが、俺の死亡フラグをへし折る目処も立ってないのに、他の人間の死亡フラグに構っている余裕があるのか、そもそも、俺に他人様を助けられるだけの力があるのか、はなはだ疑問だ。
俺はどう動くべきか。
本音を言うなら、さっさとこの城から離脱したい。
自己紹介も終えて、いよいよ晩餐会がお開きになろうとする頃、ふと、神官のゾイが何事かフェイト王女に耳打ちする。
俺は目敏くそれを見付けると、誰にも気付かれないように小さく溜め息を吐く。
ゲーム通りならば、確か「フェイト王女殿下、もうあれをお配りしては?」と言っている筈だ。
「皆様にあれをお配りして」
ああ、合ってたな。
フェイト王女がぱんぱんっ、と手を叩くと、外に待機していた侍女さんに指示を出す。
すると、侍女さん達数人が代わる代わる俺達にある物を配り歩いた。
「……受け取りたくない場合どうすればいい?」
「捨てれば?」
お前、そう簡単な話じゃないんだよ。
捨てたら、間違いなく目を付けられるだろう。
ぽつり、小さく小さく呟いた声に反応した湊が、可笑しそうに笑っていた。
「何、二人でこそこそ話しているんだい?」
ここにも、俺の、否俺達の呟きを拾う奴が……。
「あー、何でもない」
「そう?」
訝し気に見てくる赤神に、適当に笑って誤魔化すと、それ以上は追及してこなかった。
「皆様、只今お配り致しましたのは、守りの呪いの掛けられた腕輪です。数回程度ではありますが、持ち手の守護を行う希少な道具ですので、どうぞ肌身離さずお持ちくださいませ」
配られた道具について説明し、朗らかにフェイト王女は微笑んだ。
しっかり人数分用意されたそれは、足りなくなる事なく全員に渡る。
そうして配られたのは────隷属の腕輪だった。