黒の章07_城下町で見覚えのあるエルフを見付けた
翌日。
俺は湊と、付き添いで来た騎士、ルーティアさんと共に、城下町に来ていた。
初の城下町見学である。
城内の花御子勢の殆どが腕輪の効果のせいか、神官の言葉に耳を傾け始めている現状、今がチャンスなのだ。
付き添いと言う名の監視が一人になった今こそ、城下町を自由に見て歩けるチャンス。
そう思い、湊と共に出て来た訳だ。
あいつも王城脱出を計画していたらしいからな、二人で逃げる事になるだろう。
本当なら青山さんも……いや、駄目だ。
彼女は既に、腕輪をしていた。
やはり、逃げるとしたら、俺一人か、湊を加えて二人。
人数を増やせば増やすだけ、逃走の成功率は下がる。
花術覚えたての俺には、少々荷が重い。
能力の練習も、まともに出来ていないしな。
本日の付き添いに付いてだが、何故ルーティアさんなのか、と言うと、曰く城下町で用事があるらしく、丁度良いからと、俺達の付き添いを買って出てくれたのだ。
何とも動き辛い、かと思いきや意外とルーティアさんだと動き易い。
見て回りたい、と言えば町中を大雑把にだが案内してくれた。
武器屋だったり、道具屋だったり、宿屋だったり、食事処だったり。
俺の今日の目的は、町から外への出入り口の把握なのだが、流石にそれを聞くのは躊躇われた為、ルーティアさんには聞いていない。
彼女なら平気そうな気がするが、警戒はして置くべきだろう。
フェイト王女のお願いに、何の返答もしていない状況で、町の外の話をするのは良くない。
腕輪の効力が効いてない、と自ら申告しているようなものだ。
さて、只今の時刻はお昼過ぎ。
お昼ご飯は、食事処にて終わっている。
今の現状について、簡潔に感想を述べるとしたら――――。
「……どういう事だよ」
俺は眉間を押さえて、力なく呟いた。
どうしてこうなったのか……?
いや、察しは付くし、好都合でもある。
が、出来る事ならもう少し、町中を把握してからが良かった。
只今の俺の状況を説明するとしたら、現在進行形でぼっちである。
その理由は簡単。
お昼時のせいか、大通りがやたら混んでいたのだが、丁度その中を通ろうとした際、湊が早足で突き進み、見失いそうになったルーティアさんも早足で追い掛け、俺一人置いて行かれた訳だ。
まあ、俺が辺りを見渡しながら歩いていたせいもあるが。
そうして、俺は晴れてフリーになった訳だ。
なら、やる事は一つ。
町から外へ出る、出入口の確認だ。
俺は思い立ったら吉日、と思い歩き出す。
湊は恐らく、故意的に俺を置いて行ったのだろうが。
歩く速度的に、あいつも今頃、ルーティアさんと逸れている可能性がある。
そうなると……湊の奴、今日ここから抜け出すつもりか?
いや、流石にそれはない。
今抜け出しても、直ぐに追い掛けられて捕まるだろう。
今日はあくまで、逃走経路の下見のようなもの。
王城脱出には、最適なタイミングで臨むべきだ。
そう、例えば――――魔族の襲撃を受けた時、とか。
例えば、なんて言ったが俺が狙っているのは、正にそれだ。
序盤のゲームイベントにして、初戦闘、初中ボス戦。
確か、王城に単身で魔族の貴族が、襲撃を掛け、それに剣聖の協力を得て、主人公が魂花より、初めて武器を発現し、そいつを倒す。
それが、散花に置いて一番最初の戦闘、所謂チュートリアル戦だ。
その襲撃に紛れて逃げる事が、一番成功率の高い方法だと思われる。
ただ、襲撃のタイミングが分からないのがな。
ゲーム内で、日付の明記はなかったし、いつ頃、何の次、と言う目安もなかった。
故に、タイミングを正確に計るのは難しいだろう。
「……あ」
今後について思考しながら、出入口を探し歩いていたおり、ふと思い出した事柄に、足を止める。
そう言えば……路地裏の雑貨屋さんに、インベントリとなる、空間拡張術の掛かったリュックが売ってなかっただろうか?
魔族襲撃イベントのついでのように、思い起こされた記憶。
俺はそれに導かれるように、路地裏へと足を踏み入れていた。
「ん?」
「お?」
路地裏に入ると直ぐに、真っ白な睫毛に彩られた、澄んだ海を思わせる、碧い瞳と目が合った。
路地裏にしゃがみ込んだ小さな身体は、白いマントを羽織り、指先を地面に座る三毛猫へと向けたまま、こちらを向くと、小首を傾げる。
肌は白く透き通っていて、肩程の長さの髪はきらきらと輝く銀糸。
顔は少々幼けない印象を受けるが、人形のように整っている。
そして、何より目を引くのは、人間にはない特徴、長く尖った耳。
俺は目を瞬かせながら、目の前の人物を見つめる。
路地裏には――美少女エルフが居た。
て、どんなライトノベルだ。
……いや、ここはRPGの世界だったな。
「お前、迷子か?」
少女を見た瞬間に、頭に思い浮かんだ言葉が、思わず口を付いて零れる。
一人旅をするには少女の姿はあまりに可憐だし、服装も荷物も旅をするには少な過ぎるだろう。
何せ、見た所少女の手持ちは、大きな水晶と、それを囲う二重にクロスする金の輪っかが付いた杖だけで、他に荷物は見当たらない。
かと言って、エルフがこの人族の国の国民だと言うには、少々……。
散花のエルフ族は、人族をあまりよく思っていなかった筈だ。
それに、俺は彼女に見覚えがある。
ここじゃない、何処か遠くで。
彼女はゲームのシナリオ、後半に出て来るキャラクターじゃなかったか?
「迷子?」
「違うのか?」
少女は立ち上がると、きょとんとした表情で、こちらをじっと見上げる。
そんな少女に、俺は再び問う。
少女は首を捻り、少しだけ考える素振りを見せると、口を開く。
「目的地が何処か、帰路が何処か、現在居る場所が何処か、それすらも分からない事を迷子と言うのなら、そうなのです」
大丈夫か、この娘……?
「それは、まごう事なき迷子だな」
「ならばララは迷子なのです」
「……あー、そうか」
「はい」
苦笑を零す俺とは対照的に、少女は表情を変える事なく、涼しい顔のまま言葉を紡ぐ。
「……」
「………」
迷子か否かの問答を終え、暫しの沈黙が俺達の間に降り落ちる。
彼女は俺の言葉を待つように、こちらをじっと見つめたままだ。
「……で、どうするんだ?」
「ララはお兄さんに道をお尋ねしたいのです」
「俺は、道に詳しくないぞ?」
「そうなのです? でも、今ここにはお兄さんしか居ませんし……」
このまま見つめ合っていても埒が明かない、と俺は沈黙を破る。
すると、少女は俺に道を尋ねようとするが、残念ながら俺はこの城下町を見たのは今日が初めてで、小さく首を横に振った。
少女は俺の返答を聞くと、何処か困ったような雰囲気で、顔を伏せて考え込む。
この娘、名前は何だったか?
こんだけ美少女なら、主要キャラの可能性が高そうだが……。
思い出せそうにない。
実は敵キャラ、て訳ではないよな。
「お兄さん、お兄さん。ララの目的地は何処にありますか?」
考え込んでいた少女がふと何かを思いついたように、ぽむっと手を叩くと、俺を見上げて言った。
やはり無表情は崩さずに、それはもう真面目そうな瞳で。
何で、そうなった……?
「いやいやいや、俺はそもそも君の目的を知らな」
「来るのです」
目を丸くしながらも。彼女の言葉を否定しようと俺は言葉を口にする。
が、それは唐突に俺の腕を、強引に引いた少女により遮られた。
俺の手を引く少女からは、何処か刺々しい雰囲気が感じ取れる。
特に抵抗をする事もなく、俺の手を引いて歩き出す彼女を見遣った。
俺達が歩き出した拍子に、足元の猫が逃げる様に駆け出す。
けれど、少女は構わずに、歩を進めた。
「……早く、離れるのです。微精霊が、騒いでいるのです」
「は? 何」
ぽつり、少女が呟いた。
俺はそれに、どう反応するべきか分からず、ただその呟きの意味を聞き返そうとして――――また、遮られた。
今度は、少女ではない。
然程遠くはない何処かから響いてきた、建造物が崩れるような、破壊音だ。
「な?!!」
「土魔法。威力からして爵位持ち……」
俺は思わず目を剥く。
少女は音の方角に目を遣り、冷静に分析する。
俺達の視線の先には、盛り上がった土の壁のようなものが映っていた。
あれが、土魔法?
おいおい、これ、序盤のイベントだろ?
魔族襲来、てこんな町中で行われるものだったか?
いや、違う。
あのイベントは、王城を襲う筈だろう?
「あ、おい……っっ!!!」
「厄介事はごめんなのです」
少女が言うが早いか、俺の手を引いたまま走り出す。
俺は流石に、少女に連れられるまま何処かに行く訳にも出来ず、引かれる手に力を込めて、立ち止まる。
少女は手を掴んだまま、振り返って俺を見た。
このまま少女と逃げれば、逃げられるような気がする。
けれど、俺はこのまま逃げる訳にはいかない。
いくら好機だろうが、自分の為だろうが、一緒に行動してた友人放って逃げるのは駄目だろ。
今回、ゲームの差異がどう影響を及ぼしているのかも分からないし。
逃げるなら、湊を見付けてからだ。
「俺は、行けないぞ?」
「そう、なのです?」
俺が少女を止めた理由を告げると、少女は小首を傾げる。
そして、一瞬躊躇ったように、握った手を見下ろして、ゆっくりと離す。
少女の手から離れた俺の腕は、重力に従い下りる。
「では、ここでお別れなのです。ララは面倒事に関わってはダメなのですから。お兄さんも早く逃げるのですよー?」
変わらない無表情かと思いきや、少女は僅かに眉根をハの字にすると、それだけ言い残して走り去る。
俺は「ああ、そうするよ」と返して、そんな彼女の背を見送り、彼女の向かった方向とは反対方向に駆け出した。
湊は、今どこに居るんだろうか?
ルーティアさんは、一緒に居るのか?
少々、更新が遅れました。
あらすじの迷子エルフ登場+魔族襲撃。
いよいよ、戦闘回、入ります。