白の章06_インベントリと明るい悪役
神官ゾイによる面談を断ってから数日。
再び面談を、なんて事を言われる事もなく、私は毎日を無事に過ごしていた。
あれから、周囲の雰囲気が少々変わったが、私にはどうする事も、どうする意思もない為、放置中である。
誰が王国に好意的になろうとも、私に直接的に関係はない。
その空気のお蔭で、見張りの目が緩くなっているのは、私としては有り難いけど。
この数日、私がした事と言えば、城下町に下りた事くらいか。
王城の脱出経路の下見は終わっても、城下町からの脱出経路はまだ確かめていなかったから。
見張りの目が緩くなった事から、城下町に下りる際の付き添いは、前までは侍女か下男と騎士の二人だった所、青年騎士一人になった。
その為、人込みで彼を巻くのは容易かった。
異性である彼は、私と必要以上に近付く事を躊躇ったから。
少々悪い気もしたが、そんな事考えていたら私がこの国に殺されてしまう。
私は具合の悪いフリで立ち止まると、わざと人込みに流されて、故意的に彼から離れ、さっさと裏路地へ入り込み、彼の目の届かない場所へと逃れた。
まず最初に私が優先したのは、本来主人公――赤神くんが手にする筈の物、インベントリの回収だ。
散花は序盤のイベントが終わり、魔王討伐の為に旅立つ際に、やっとインベントリが解放される。
インベントリは、旅立ちの際、身支度の為に城下町に下り、付き添いに来たルーティア・フォスフォールに案内されるままに、裏路地にひっそりと隠れた雑貨屋さんを訪れた際、リュックを発見し、そこでようやっと解放されるのだ。
解放されたインベントリに、勧められるまま旅に必要なアイテムを買っては詰める(その際にアイテムの説明が入る)、を繰り返した後、フェイト王女に見送られて、主人公達は旅立つ事となる。
さて、ここで問題である。
ゲームでは、インベントリとして機能したリュックは、果たしてこの世界でもインベントリのような使い方が出来るのか、はたまたただのリュックとなるのか。
答えは――――前者だった。
リュックについて、補足的説明が入っていたと記憶していたが、それは正しかった。
城下町に下りる際、全員に与えられるらしいお金で、私がリュックを購入した所、それには空間拡張の術が掛けられていたらしい。
ゲームの説明通りであるならば、リュックは空間拡張の術を持つ精霊に力を借りて、製作された霊具だ。
リュックの値段が普通の鞄と大差ない事から、雑貨屋の店主さんはインベントリのリュックに付いて、知らなかったものと思われる。
知っていたらきっと、私じゃ買えない値段だっただろう。
私はリュックを購入し、裏路地から城下町の門へ向かう経路を調べ、無事に広場へと引き返した。
裏路地に入ると、ゴロツキに絡まれるのがテンプレだが、誰も前髪お化けに絡みたい奴は居なかったようで、寧ろ遠巻きにされた。
きっと、猫背で歩いていたのも効いたのだろう。
広場に引き返し、近くにあったベンチで座っていると、焦って捜してくれていたであろう騎士さんが、汗だくで駆け寄って来てくれた。
「何処に居たんですか?!」と怒られ、心配されたが、「ごめんなさい。人に流されてしまって迷子になっていました」と謝った所、、「今度は気を付けてください!」と許して貰えた。
少々、良心の呵責を感じたが、自分の死亡フラグを天秤に掛けてしまえば、当然それは私の命に傾く。
当たり前の事だ。
誰だって死にたい訳ないんだから。
******
ここは王城、訓練所。
本日は、ルーティアさんとフェイト王女、ラルガさん監視の元、異世界人、花御子が貸し切り中である。
フェイト王女が「花術を試しに練習してみませんか?」と声掛けした所、異世界人は皆集まったのだ。
驚きである。
これぞ、フェイト王女の美貌、人望故に成せる業か。
はたまた、好待遇の賜物か、覚えたての力が使いたいと言う好奇心からか、既に洗脳の呪術にでも掛けられているのか。
真偽を確かめる術は、今の私にはない。
本当の所、私は欠席したかったが、また一人部屋に籠もるのはよろしくない、と言う判断からここに居る。
「シラサキ殿、魂花は発現出来そうか?」
「ルーティアさん……どうでしょう。よくわかりません」
「そうか、焦らずとも良いのだぞ? これは訓練と言う訳でもないし……」
「もしもの時の為に、一人でも多くの花御子に花術を使いこなして貰いたいのでは?」
「本音を言えば、そうだな」
鮮やかな真っ赤な長い髪と、同色の瞳を持つ女騎士――ルーティアさんが、苦笑気味に頷く。
彼女は、いつまでも魂花を発現出来ない数人を心配して、声を掛けて歩いているらしい。
「……私は平気ですので、他の人の所に行って上げてください」
「そうか?」
「はい、私はどうも想像力が乏しいみたいですので、気長に頑張ってみます」
「分かった。無理はするな?」
ルーティアさんはそう言うと、私が頷くのを見届けてから、まだ魂花を発現出来ていない人の元へ向かう。
私は彼女の背中を見送り、こっそりと息を吐く。
魂花が発現出来ない事をいくら心配されようが、発現する気のない私が発現出来るようになる訳はない。
王城で良い人の部類に入るルーティアさんには悪いけれど、私はやはり魂花を使うつもりはない。
ゲームでの私――白崎雪乃の魂花は白百合で、能力は『白き聖なる御手』。
大まかな能力は治癒、結界、付与、浄化、解毒、解呪である。
魂花より発現させる武器はなく、また攻撃手段を持たない完全なる後衛職。
但し、ゲームでは途中で購入したメイスを装備可能になるが、攻撃力は雀の涙程度だ。
回復に置いて、右に出る者は居ないが、物理には向かない。
代わりに、HPは高く設定してあるが、散花にはオフラインゲームには珍しく、オンラインゲームのようにヘイトが存在する為、ある程度のヘイト管理をしないと、盾役状態になってしまう。
回復役からぶっ潰せー、状態だ。
因みに、私はそのせいで、ボス戦に置いて、主人公がアイテムで白崎雪乃を回復しまくる状態に陥った事がある。
あれは辛い戦いだった……。
それにしても、この能力名は如何にかならないものか?
能力名は最初から決まっていて、使用時に勝手に頭に浮かび、それをそのまま採用、とか。
まるで、中二病を発症したような――いや、やめよう。
この場に居る約五十人が中二病なんて、保護者や先生方が発症するだなんて、悪夢以外の何ものでもない。
私は自らの想像により、寒気を感じて肩を震わせる。
そして、今の思考を掻き消す様に、周囲を見渡した。
最初に目に付いたのは、同級生でオタクの二人。
訓練場の隅っこで、発現出来たらしい自らの武器を見せ合いっこしている。
次に、訓練場を見渡す様に、体育座りして見学する、同級生のおかっぱ女子生徒と、発現出来たらしい魂花に、喜びの声を上げる同級生の女子生徒二人。
同級生、高坂くんを筆頭に、いじめっ子の二人は、発現出来た武器に気分を良くしたのか、素振りをしている。
青山さん、鳴沢さん、零崎さんも魂花を無事に発現しており、黄戸くん、赤神くんは武器を発現させようと頑張っているみたいで、黒磐くんと絢瀬くんは既に武器を発現し終えていた。
訓練場のど真ん中では、後輩の双子が中二病を患い、ギャル風の先輩方は発現した魂花を物珍しげに見つめている。
ガラの悪い男の先輩方は武器の発現まで終えており、風紀委員長と風紀副委員長の先輩二人は何やら話し込んでいるようだ。
見た所、殆どの人が魂花の発現、武器の発現に成功しているようだけど。
少し気になる事がある。
黒磐暗夜が魂花の発現だけでなく、武器の発現まで出来たのはどうして?
いじめられる事もなく、赤神くんに助けられもせず、青山さんに告白もしていなければ、いつの間にやら絢瀬くんと友人になって居た。
彼は、まるで私と同じ完全なイレギュラーじゃないか。
これも、ここがゲームの中ではなく、現実だからこそ起こる差異、誤差なのだろうか?
私は視線を伏せ、魂花を発現する練習をしているかの如く、手の平を開いたり、閉じたりしながら、思案する。
どんなに考えた所で、本人に直接問い質す以外に真実を知る術はない。
なら、悩んでいても無駄なのか。
もし仮に、彼が私と同じなら、これからシナリオに何かしらのズレが生じる筈で、きっと彼は闇堕ちしないだろう。
いずれ、分かる事だ。
彼が、黒磐暗夜が私と同じなら、可笑しな白崎雪乃に気が付いている筈だから。
「白崎さーん」
突然、名前を呼ばれて、私は顔を上げる。
すると、良い笑顔でこちらに手を振りながら、駆けて来る、クリーム色の癖毛に、同色の瞳を持つ男子生徒、絢瀬くんの姿が視界に映った。
クラスメイトではあるが、彼とは話した事はおろか。挨拶すらした事もない。
そんな彼が、私に何の用?
「……何?」
「いやさ、暗」
「ある事ない事言い触らすのはやめろよなぁ、湊?」
「? 用がないなら、あっち行くけど」
何事かと私が問うと、絢瀬くんが何かを告げようと口を開いた。
けれど、それは黒磐くんに阻止され、私にはくぐもった声しか届かない。
黒磐くんにより、口を塞がれた絢瀬くんが、「もがもが」と文句を言うように呻く。
噂をすれば何とやら。
だけど、この人達は何の用で私に話し掛けてきたの?
「何? 私の顔に何か付いてるの?」
「あー、いや、悪っいってぇ?!」
「?!」
黒磐くんがをこちらをじーっと見て来るので、何かあったのか、と問い掛ける。
すると、黒磐くんが先程の絢瀬くんのように、何事か口にしようとした瞬間、「隙あり」と絢瀬くんに足を踏み付けられた。
突然の事に、黒磐くんが苦痛の悲鳴を上げる。
それに、私は一瞬、肩を跳ねさせた。
え、何? 何?
この二人は何がしたいの?
何をしに来たの?
「白崎さんが一人で困ってそうだから、暗夜が力になってくれるってー」
「……はあ、そう」
拘束を解かれた絢瀬くんは、足の痛みに悶絶している黒磐くんをスルーして話を進めた。
力? 突然、力になると言われても困る。
そもそも、私は困っている事なんてない。
魂花が発現出来ない事に対してだって、困ってはいない。
端から見たら、困っているように見えたの?
私が突然の申し出に、訝し気に絢瀬くんを見遣ると、黒磐くんが話を遮るように「おい待て、誰がそんな事言った?」と絢瀬くんの肩に手を置く。
「んー、暗夜でしょ?」
「言ってないぞ」
「言った言った」
「お前……!」
私そっちのけで、口論が始まる。
絢瀬くんは……いい、ゲームと大して変わりはないだろうから。
やはり、黒磐くん、彼はあまりにも違い過ぎないか?
彼は根暗でいじめられっ子だった、筈。
随分と現実世界の黒磐暗夜は、明かるいものだ。
「ねぇ」
私が考え事をしている間も、変わらず目の前で行われる言い合い。
私は一度思考を止めると、そろそろ止めさせる為に、顔を顰めて、不機嫌そうな声音で声を掛ける。
「他所でやって」
続けて、そう冷えた声で告げると、二人は大人しく「悪い」と謝って、引き下がった。
元の場所に戻る二人を見据えて、私はただただ頭を捻る。
――――貴方は本当に、黒磐暗夜?
この日、最終的には皆、無事に魂花の発現を終えていた。
武器及び能力の発現までを終えた者も、少なくない。
但し私と、一人の後輩を除いてだが。
雪乃は無事にインベントリ回収です。
次話より、物語が一気に動きます。