黒の章06_変わった空気と差異の大きなヒロイン
神官ゾイによる面談から数日。
少々、空気が変わった気がする。
気のせい、と言われればそれまでだが、何となく、そう感じる。
「暗夜~、集中しなよ?」
「あー、そうだな」
湊に声を掛けられ、俺は気の抜けるような返事をする。
ここは、王城、訓練所。
只今、ルーティアさんとフェイト王女、聖騎士団団長にして剣聖――ラルガ・メイデル監視の元、異世界人、花御子が貸し切り中である。
フェイト王女が「花術を試しに練習してみませんか?」と声掛けした所、吃驚な事に皆集まったのだ。
八時ではないが全員集合である。
腕輪の効力かはたまた、フェイト王女の美貌、人望故か、好待遇の賜物か、ただ単に覚えたての力が使いたいだけか。
大人達は拉致されたとは言え、無償の贅沢が心苦しそうだったからな。
「魂花、黒百合」
右手を前に出し、花をイメージして声を出す。
すると、声に応じるように、手の平の上に現れる黒い花弁を持った一輪の百合。
さて、問題はここからだ。
武器に変化させるか、固有の能力を使うか。
ぶっつけ本番防止の為にも、今の内に両方試すべきか。
「へぇ、王女サマの言う通りな訳か」
「おまっ……出来る様になるの早いな、おい」
「ん? 暗夜なら、直ぐ出来る様になるでしょ?」
「随分、簡単に……」
魂花発現後、あっさりと武器――二対の短剣を出して見せた湊に、俺は苦笑する。
本来の黒磐暗夜の出す武器は太刀。
俺の所属は剣道部。
真剣なんて扱った事はないが、相性はいい。
目を閉じて、思い浮かべる。
想像するのは簡単な筈だ。
俺は、既に俺の能力も、俺の武器も知っている。
「……案外出来るもんだな」
「ね?」
一瞬、手の上にずしりとした重さを感じて目を開くと、そこには鞘に納まった一振りの太刀があった。
重さは出現した瞬間だけで、今は大した重さは感じない。
実際に出来た事への僅かな感動は、湊のドヤ顔により薄れたが。
「凄いね、二人共。僕等も負けていられない」
近くで練習していた赤神が、俺達に感心したように告げると、隣で黄戸が「凄ぇな、俺も焔より先に武器を発現しないとな」と笑って、赤神の肩に手を回していた。
「黒磐くん、もう出来る様になったのね?」
「青山さん」
「あたし、魂花出すまでは出来るんだけど……コツとかあるの?」
赤神に引き続き、青山さんが寄って来ると、小首を傾げて問うてくる。
「コツ。コツか……使いたい武器をイメージする、とかか?」
「そっか、やっぱりイメージが大切よね。ありがとう」
少々悩んだ後、残念ながら、良いアドバイスを思い付かなかった俺は、ありがちなアドバイスを告げる。
青山さんは頷くと、にこりと笑って他の女子の元へと戻って行った。
周囲から痛い視線を感じる。
流石、青山さんと言った所か……。
夜道に気を付ける事にしよう。
「もっと良いアドバイスなかったのかなぁ、暗夜くーん?」
「猫撫で声も、くん付けもやめろ。鳥肌が……」
「そこまで? はいはい」
急にニヤニヤと冷やかす様に見てくる湊に、俺は肩を震わせ、腕を擦る。
湊はそんな俺を見て、またからりと笑う。
「武器が出せたら、次は能力の発動だって」
「そうだなぁ」
湊が手の中の得物を、くるくると回転させて遊ばせながら言う。
俺は頷いて、自らの得物である太刀を見遣る。
俺の能力は分かっている。
先に言って置くと、能力名は最初から決まっていて、勝手に頭に浮かんできたものをそのまま採用しているだけで、中二病が爆発した訳じゃない。決して。
能力名、『虚無の支配者』。
自らの影を軸に、闇を操る力だ。
盾にも矛にも出来るし、接近戦も遠距離戦も出来る汎用性の高い能力。
散花プレイ中に何度、黒磐暗夜に主人公を殺された事か……。
回復役と並行して、回復アイテムも使用しないと、技を二度発動されるだけで死ぬ、て言う難易度高いボス戦を強いられたのは、思い出したくない記憶だ。
ビジュアル的に、魔族や闇堕ち系の能力を、ここで披露するのはどうかと思う。
本当、影から闇が伸びるとか、何処の魔王だ。
やはり、こっちの練習は人目に付かない所でやるべきだろうな。
王城から逃げる以前に、牢屋に放り込まれそうだ。
良くて幽閉、悪くて死刑か?
洒落になんないぞ。
「湊は能力発動出来そうか?」
「んー? 多分ね。けど、今は使わない」
「多分て……使わないのかよ」
「手の内はなるべく明かしたくないでしょ?」
「ああ、確かに」
そうなるか。
大っぴらに、能力をひけらかすのはよろしくない。
それに、あまり使い過ぎると、俺達は……。
「それより、あっちあっち」
「あっち?」
湊がそろりと指をさす。
俺はその先を追うように、視線を向けた。
視線の先には、花術を使う同級生や先輩、先生、保護者等の姿が見える。
訓練場の隅っこで、自らの武器を見せ合いっこしている同級生、オタクの二人。
訓練場を見渡す様に、体育座りして見学する、同級生おかっぱ女子。
魂花を発現出来ないのか、自らの両手を睨み付ける同級生ギャル。
早々に武器を発現させて有頂天なのか、素振りする同級生、いじめっ子の高坂達。
訓練場のど真ん中で絶賛、中二病を爆発させている後輩、双子女子。
オタク達とは逆の隅で、ぼーっと突っ立っている後輩男子。
それに絡みに行く、明るそうな後輩男子。
魂花を発現させ、物珍しそうに見つめる三年先輩ギャルズ。
全員武器化まで終わらせたガラの悪い、男の先輩方。
何やら話し込む、風紀委員の先輩二人。
恐らくゲーム通りに難なく武器を発現させたであろう生徒会の五人。
流石警察と言うべきか、自動拳銃(恐らくベレッタM92、だった筈)を武器として出した丸井さん。
魂花を見つめながら考え事をする、我等が担任、瀬野先生。
魂花や現れた武器を何とも言えない面持ちで見つめる保護者達。
などなど、殆どの人が魂花の発現に成功していた。
青山さんと鳴沢さんも、無事に魂花の発現に成功して、武器が出せないか、頑張っているようだ。
ただ少々気になる事があるとしたら、青山さん達から離れて、魂花を出したり消したりして、一人佇む零崎さんと、一人何もない手の平を開いたり閉じたりする白崎さん――この二人の事だろうか。
零崎さんは、まだ分かる。
教室でもあんな感じだったからな。
あまり気にしなくても、心配ないとは思う。
だが、白崎さんは別だ。
彼女は、ゲームでは主人公と同様に、真っ先に魂花を発現させ、希少だと言われている治癒の能力を使い、教会から聖女の肩書きを貰う筈だ。
だが、彼女は一向に魂花を発現出来ていない。
これも、現実故の差異か?
にしても、彼女が能力を発現出来なかったら、序盤のイベントで詰むぞ。
「暗夜―、急に難しい顔してどうしたの? おまけに、そんなに白崎さん見つめて」
「いや、違う。これは、違うぞ?」
「ふんふん、暗夜は白崎さんが気になると?」
ブルータス、お前もか。
お前もそんな勘違いを……!
いや、こいつに限って、それはないか。
単なるいじりネタに違いない。
「……そうか、お前はそう言う奴だったのか。なら、勝手に勘違いしとけ」
「ん? ああ、了解」
俺は諦めたように、小さく息を吐くと、湊を恨みの籠もった、じっとりとした目で見据える。
それはさながら、散花で闇堕ちした時の黒磐暗夜の如く。
が、湊にそんなもの通用する訳もなく、奴ときたら突然、「白崎さーん」と駆け出す。
おまけに、悪い笑顔で手を振りながら。
何考えてんだ、おい!
何で、絡みに行く……?!
「……何?」
「いやさ、暗」
「ある事ない事言い触らすのはやめろよなぁ、湊?」
「? 用がないなら、あっち行くけど」
声に反応して、こちらを向いた白崎さんに、湊が何事かを告げようと口を開く。
俺は透かさず奴を取り押さえ、手で口を塞いだ。
俺に口を塞がれた湊は、「もごあ」と何か文句を言っているが、残念ながら、何を言っているのか分からない。
そんな俺達を見て、白崎さんが素っ気なく言う。
本当に、彼女は白崎雪乃か?
全然ゲームと違い過ぎる……。
いや、それは俺を棚上げして言う事じゃないか。
「何? 私の顔に何か付いてるの?」
「あー、いや、悪っいってぇ?!」
「?!」
俺が白崎さんをまじまじと見つめていると、不意に「隙あり」と湊に足を踏み付けられ、拘束を解かれる。
俺の苦痛の悲鳴に、白崎さんの肩が跳ねた。
「白崎さんが一人で困ってそうだから、暗夜が力になってくれるってー」
「……はあ、そう」
俺が足の痛みに悶絶している内に、湊が話を進める。
白崎さんは突然の話に、訝し気にこちらを見たが、俺は話を遮るように「おい待て、誰がそんな事言った?」と湊の肩に手を置く。
「んー、暗夜でしょ?」
「言ってないぞ」
「言った言った」
「お前……!」
白崎さんそっちのけで、始まる口論。
悪い。本当、悪い。
今は俺に湊をシメさせてくれ、白崎さん。
「ねぇ」
取っ組み合いにでも発展しそうな言い合いを続ける俺達の耳に、白崎さんの不機嫌そうな声が響く。
「他所でやって」
次いで、紡がれるのは短い一言。
その声音は、まさしく極寒の如く冷たい。
何故、こんな事に……。
俺達は大人しく白崎さんに謝って、引き下がる。
お前、これで何が得られたんだ、湊。
「良かったね、暗夜」
「何がだ」
「これで、悩みは解決したよ」
先程同様に、じと目で湊を見遣ると、湊がにっこり笑って言う。
俺は眉間に皺を寄せ、湊の次の言葉を待つ。
「白崎さんは困ってる風もなく、かと言って焦ってる風もない。俺の言葉にも、何言ってんだ、こいつ。って顔してたからさ」
湊が小声で語る。
お前、本当、ぶれないな。
白崎さんの事、調べに行くのに俺をダシに使いやがったな。
「きっと彼女、魂花を発現出来るのにしてないんだよ」
「半分、勘だけど」と、湊が付け足す様に言った。
俺は、どう反応すべきか悩み、ただただ顔を顰めた。
白崎さんは何故――――人前で魂花を発現させない?
白の章07の後、一気に物語が動きます。