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吸血少女と精神科ドクター  作者: 漆間周
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カルテ1 吸血少女のカルテ

今日、九重渚に起こったことについて、サクラ・エインズワースのカルテをここに記載する。


S) 自身が吸血鬼であると語り、血が欲しいと要求してくる

O) 整容礼節保たれた女性。心拍数0。体温10℃。やや貧血気味。医療者に対しやや威圧的な態度。鏡にはうつらない。

A) 心拍数0、体温10℃でも生命活動維持しており、心肺蘇生の必要なし。また、鏡にうつらないと言う事実から、実際に吸血鬼である可能性も存在する。

P) 「世を忍び生きるしかない」と言う本人の陳述から、止むを得ず小生の自宅へ匿う。輸血パックの定期的な処方が必要か。しかし入手が困難である。


九重渚は非常にマメな男で、真面目で堅物すぎるくらいと言われているほどマメで真面目な男で、従って、日記を毎日記している。そこにカルテと称してサクラ・エインズワースの情報を記載する。


夜も11時と言ったところか。とにかく彼女を自宅へ「避難」させ、勤務を終えて渚は帰宅した。

彼女はテレビを見ながら、乞われて渚が買ってきたトマトジュースを飲んでいる。

「ねえ、君」

「何? サクラでいいわよ」

「じゃあ、サクラ。君は本当に吸血鬼なのか?」

「証拠は十分お見せしたはずだけど?」

疑り深い彼の視線に、苛立つようにピクンと眉毛を跳ね上げる。

「まだ不十分かしら?」

はじめ倒れていた時の弱々しい印象から一転して、彼女は威圧的な態度をとる。

「心拍数0で生きている人間がいると思う?」

「いいや」

「鏡にうつらない人間がいると思う?」

「いいや」

「じゃあ、吸血鬼よ、それは」


ふーむ、と渚は顎をさすった。確かに伝承に聞く吸血鬼の項目と一致する。だが不一致な部分もある。例えば、昼でも動けること。当人はそれは間違った伝承だと否定するが。


「サクラ、君を匿わないといけない理由は、確かに妥当だ。そんな状態で生きている人間がいたら、きっと研究の対象になってホルマリン漬けにでもされてしまうだろう。それは君が倒れていたところを助けた俺としては、君が十分生きていけるようサポートするのは妥当であるとは思う」

「じゃあ、それでいいじゃない」


サクラの目はテレビに釘付けで、時折バラエティー番組の言葉に笑ったりもしている。

「その・・・何だ、吸血鬼の仲間は、他にいないのか? 今までどこで暮らしてた?」

「いるわ。日本にも、海外にも。私はイギリスの吸血鬼と日本の吸血鬼のハーフなの。彼らはひっそりと山奥で暮らしてる。廃墟とかも、そうね。いい寝ぐら二なるわ。でも私はそう言う生活にうんざりして。ほら、200年も生きてるでしょ? つまらなくなってきたの。最近の人間たちの動向はとっても面白くて、スマホ? とか言うのかしら、ああ言うのとか、facebookとか、特に最近はその進歩のスピードが増していて、面白いったらないわ」

「じゃあ、いつから、そう言う寝ぐらを離れたんだ?」

「ほんの一週間ほど前かしら・・・ただ、山だと動物たちが血を恵んでくれるのだけど、街にはそんなのがいなくて。血が足りなくなって、倒れてたのよ」

「ほう」

「で、あの病院の裏にある山に行くつもりだったんだけどね。力尽きちゃったみたい」

うふふ、と何でもないようにサクラは笑う。全然、どうでもいいことではない。

診察室で輸血パックを飲み干した彼女は、確かにみるみる回復した。青白かった肌も血色を取り戻し、体温も受診時は5℃であったのが上昇している。


渚はぽりぽりと頭をかいた。

「まあ、君たちの事情は分かった。でもな、元の寝ぐらに帰るのが一番じゃないのか」

ずっと彼女に居候されては困る。何、男一人暮らしの寂しい所帯だから、彼女のような美少女が居てくれるのは少し嬉しい気もするが、長期的に見てそれが彼女のためになるとは思えない。

「言ったでしょ。私、人間の生活に興味があるって。だからここに匿って欲しいの」


(ただの要望じゃねえか・・・)


呆れながら渚は答えた。

「まあ、無期限に、ってわけにゃあ行かねえが。しばらくそうやって大人しく遊んでるなら許可はするさ」

「そう!? それは嬉しいわね!」

200歳とは思えない無邪気さで、ニコリと笑う。端正込めて作られたドールのような顔立ちは、近寄りがたい神秘を放って居たけれど、こうしてニッコリ笑われると見かけ通りの普通の少女にも見える。


「じゃあ、お礼に、吸血鬼スペシャルフライトにご招待するわ」

「ハァ?」

「あら、知らない? 吸血鬼はマントを羽織って空を飛ぶ。コウモリみたいに」

「ああ、知ってるが・・・」

「マントはね、吸血鬼が丹精込めて編み上げるマント。ちょうど、私のおばあちゃんのも持ってるから、二枚あるのよ。あなたにそれ、貸してあげるわ。空の旅をしましょう」

「吸血鬼じゃなくても飛べるのか?」

「ええ。マントがあればね」


それって、ノーベル賞ものの発明品ではなかろうか。と言うか、そもそも彼女がなぜ生命活動を維持しているか解明すれば、それもまたノーベル賞級だ。


「夜は吸血鬼の時間よ。行きましょう、フライトに」

テレビのスイッチを消して、彼女は渚に黒いマントを手渡す。

「か、カビ臭い・・・」

「失礼ね! この臭いが強ければ強いほど素敵なのに」

「へ、へえ・・・そうなの、ね」


彼女を匿う理由は、確かに彼女が絶対に外の世界では生きて行けないと思ったから。そして、ほんのちょっぴり、幼い頃読んだ童話の世界の住人に会えるような、夢のような体験だと思ったから。

九重渚は精神科医である。精神科というのは「わからない」「不思議な」モヤモヤとした症状を相手取る。「わからなさ」を許容できなければ精神科医にはなれない。そんな九重渚が、吸血鬼という名の究極の「わからなさ」を前にして、好奇心を掻き立てられずに居られるはずがなかったのだ。


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