5円玉の絆
突然ですが、このコンビニにはとても不思議なお客さんが一人います。
何が不思議なのかって?なんだと思います?
格好?人相?雰囲気?買って行くもの?
いいえ、どれも違います。
その人は、会計の時、毎回お釣りが『5円』になるようにお金を出すんですよ。
一度や二度なら、ただの偶然で済ませられます。
しかし、その人は、ただ一度の例外もなく“5円調整”をしているのです。
不思議でしょう?
あ、私が知る限りの話ですよ。
私だって四六時中このコンビニでレジ打ってるわけじゃありませんからね。
来店する頻度はだいたい週3から週4(私調べ)。
性別は男で、身長は170くらい。
いつもマスクをしているので、ハッキリとは言えませんが顔はまぁ普通。
年齢は、正確にはわからないけど、20代だと思います。
あまりこれと言って特徴のない人なので、この“お釣り5円事件”が無ければ、覚えることは無かったでしょう。
ちなみにですが、この“5円調整”というのは、案外難しいんです。
というのも、会計の下一けたが、5~9にならないといけないからです。
0~4だと、5円余分に出しても1円玉5枚か5円玉1枚が確実に余ります。
そういう場合、余った5円はお客様にお返しするのが普通なんですよ。
にもかかわらず、毎回“5円調整”を成功させているその人。
いったい何が彼をそこまでさせるのか。
気になってしょうがありません。
なら本人に聞いてみればいいじゃないかって思うでしょう?
私もそう思います。でも、なんというか、勇気が出ないんです。
この“5円調整”は、その人からすればとても大事なことのような気がして。
その人にとっては、ただの一店員でしかない私が踏み込んではいけないことのような気がして。
最近は毎回毎回「今日こそは理由を聞くぞ」と思うんですが、そういう思いが邪魔をするんです。
……なんか、馬鹿みたいですよね、こんなことで悩むなんて。
もっと、学校の成績とか、将来どうするかとか、あると思うんですけど。
でも、今の私にとっては、この“お釣り5円事件”を解決することのほうが重要みたいです。
そんなことを考えていると、
「お疲れ様、もう22時だし上がっていいよ」
「あ、店長、そうですね、お疲れ様です」
私のシフトは17時から22時。
いつの間にか、交代時間になってしまったみたいです。
そうとわかればこれ以上長居は無用です。
早く帰って、母が作ってくれているはずの夜食にありつくとしましょう。
……あの人、結局今日は来なかったな。
そんなことを考えながら、私は帰路につきました。
「それってあれじゃない?その人ってあんたのこと好きなんじゃない?」
「どうしてそうなるの!?」
学校の昼休み、中庭で私は声高々に友人に問いかけました。
一人でうじうじ悩んでもらちが明かないと思った私は、
”お釣り5円事件”に関して、友人に意見を求めてみることにしました。
話を聞き終わった友人の第一声がこれです。私の友人はどーゆう頭をしているんでしょう。
「よくダジャレで言うじゃない、ご縁がありますようにって。
その人が毎回お釣りを5円に調整するのは、つまりあんたと
『ご縁がありますように』っていう願掛けなんじゃないの?」
「いくらなんでもそれは話が飛びすぎでしょ、
やることが周りくどすぎるし、もし私が気づかなかったらどうするの」
「さぁ?」
「真面目に考えてよ!」
……相談する相手を間違えたかもしれません。
「じゃあ本人に直接聞けばいいじゃん、結構な頻度で店に来るんでしょ?」
「うっ、そりゃ、そうだけど、それができないから困ってるの!」
「どうしてよ?会計の時にちょちょっと聞くだけじゃん」
「なんというか、その、聞いちゃいけないことのような気がして……」
少しづつ小さくなる声でそう言った私を見て、友人は口を開けて大笑いをしました。
「あっはははは!な~にそれ?あんたってたまに面白いこと言うよね!」
「笑わないでよ!私は真剣な話をしてるの!」
「真剣にそんなこと言うのが面白いんだっての。私あんたのそういうとこ好きよ」
「馬鹿にしないでよ!私は――」
「まあまあ、そう怒らないで、私の話を聞きなって」
「……何よ」
食い気味に宥められて、少し頭が冷えました。
「別にいいじゃん、聞いちゃいけないことでもさ」
「へ?」
「結局さ、聞いちゃいけないことかどうかなんて聞かなくちゃわかんないんだから、そんなの考えるだけ無駄よ無駄。
聞いてもいいことなら聞いて、聞いちゃいけないことなられば謝ればいいのよ。
単純な話じゃない」
「……いいのかな、そんなので」
「そんなのでいいのいいの。あんたは真面目に考えすぎ。
所詮赤の他人なんだから、気楽にいけばいいのよ」
言われてみれば、その通りな気がします。
聞いちゃいけない話だというのは、あくまで私の想像。
実際にはどうでもいい理由かもしれないし、もし違っても謝ればいい。
そう考えると、なんだか今まで悩んでいたのが馬鹿馬鹿しくなってきました。
「……ありがと。なんか、聞く勇気が出てきた気がする。そうだよね、考えたって、仕方ないよね」
「どういたしまして。相談料として、真相がわかったら聞かせなさいよね。私も興味あるから」
「ねえ、まさか、真相が知りたいから私に聞いてくるように言ったんじゃないよね?」
「それもある!あんたを元気づけるためってのと、半々くらいね!」
よくもまあ堂々と、そんなことが言えますね。
でも、説明しづらいんですけど、彼女の「そういうところ」に惹かれて、友人というものをやっている気がします。
なんというか、悩みを相談して、一緒に悩んでくれるより、「そんな悩み大したことない」って風に、マイペースに接してくれるほうが、私にとってはいいんです。安心するというか。
……言葉にするのは難しいですね。
「……あなたのそういうとこ、私好きよ」
最後にそう言って、私は友人への悩み相談を終えました。
放課後、私は決戦に向けて歩き出します。
私のバイト先のコンビニは、ちょうど下校途中にあります。
なので、バイトがある日は家には帰らず、直接コンビニに行きます。
いつものように、自動ドアをくぐり、控室で制服に着替える。
それだけのことが、なんだか少し特別なことのように感じます。
なんだか、出来の悪いテストを親に見せる前みたいな気持ち。
……ちょっと違うかもしれません。
などと考えているうちに、交代の時間になり、レジに立ちます。
交代してすぐの時間帯は、お客が多くて毎日大変です。
夢中で作業しているうち、だんだんと私の “決意”が頭の奥に埋もれていきました。
そして、客足もまばらになった19時過ぎ、その時は訪れました。
”お釣り5円事件”の犯人さんのご来店です。
その瞬間、胸の奥がキュっと締め付けられるのを感じました。
いわゆる緊張ってやつですね。
頭の片隅に追いやられていた“決意”が、私の心を揺らします。
そりゃもう、追いやられる前の3倍くらいの震度で。
私の心が大地震に見舞われている間も、犯人さんは順調に買い物を進めています。
おにぎりを3つとメロンパンを1つ、最後にお茶のペットボトルを一本。
レジに持ってきたそれを、私が会計して、犯人さんが支払います。
そして私はもはやお決まりとなったセリフを口にします。
「5円のお返しとなります。どうもありがとうございました」
何十回と繰り返されたこの言葉、いつもはここで終わりだけれど。
『別にいいじゃん、聞いちゃいけないことでもさ』
友人の言葉が、頭に響きます。
案外、最後に勇気をくれる言葉というのは、身近な人の何気ない言葉なのかもしれません。
「あの、すいません」
すでに用は終えたとばかりに、帰ろうと背を向けていた犯人さんが振り返ります。
「どうして毎回、お釣りを5円に調整するのか、聞いてもいいですか?」
その言葉を聞くと、犯人さんは驚いたような顔をしました。
あんまり大きな声を出せた自信がありませんでしたが、どうやら届いたようです。
「あ、えっと、その、気づいて、たんですか?」
初めて聞いた犯人さんの声。
私が“5円調整”に気付いているのが意外だったみたいで、だいぶ動揺してるみたいです。
「はい、2か月ほど前から。
あの、気づいた時からずっと聞きたいと思ってたんですけど、迷惑…でしたか?」
「アハハ、結構前ですね、よくわかりましたね、ホント。
僕が“これ”やり始めたのが3か月くらい前でして、えーっと」
そう言って、犯人さんは店全体を見渡すように後ろを振り向きます。
ほかのお客さんの邪魔になっていないかを見ているようです。
その心配は杞憂だったようで、犯人さんはもう一度こちらに向き直って話し始めます。
「最初の一回はですね、たまたまだったんですよ。
たまたま買い物して会計したら、お釣りが5円になったんです。」
「はい」
「ですけど、その5円玉をですね、よーく見ると、穴がほんの少しズレていたんですよ。
エラーコインってやつですね。
本当によく見ないと気づかないくらい小さなズレでした。
気づいたのは、たまたまです。」
「エラーコインですか?」
「はい、簡単に言うとお金の不良品です。
5円とか50円にある穴がずれてたり、そもそも穴がなかったり、
両面同じ絵柄が描かれていたり、完全な円形ではなかったり。
とにかく製造されるときに何らかのミスがあったお金のことです」
「なるほど」
「そのエラーコインなんですが、どうもそういうものを集めるのが趣味の人たちがいて、状態にもよりますが高く売れるんです。
そのときの5円玉は状態が良かったこともあって、ネットオークションに出したら10万円近くで売れたんですよ。
「えっ、そんなに、ですか?」
「ええ、僕もびっくりしました」
5円玉が、10万円で売れる。まるで錬金術みたいじゃないですか。
なるほど、段々読めてきました。
友人が言っていたあの突拍子もない推測は『願掛け』という部分だけ当たりだったんですね。
「なるほど、それでもう一度同じことが起きないかと、いままで繰り返してきた、と」
そういうことだったんですね、納得です。
……と言いたいところですが、何か引っかかりますね。
本当にそれだけで、三か月も同じことを繰り返すでしょうか。
「ええっと、そうなんですよ、アハハ」
あからさまに動揺する犯人さん。
嘘をつくのは、どうやら苦手のようです。
「あの、違うんですか?」
「えっ、いや、違うっていうか、その」
私は空気を読む、ということは決して得意ではないと思っています。
しかし、こんな私にも、犯人さんが「本当のことを話したくない」と思っているとわかります。
……踏み込んで、いいんでしょうか。
……私なんかが、土足で踏み荒らして、いいんでしょうか。
「……どうしても、話したくないですか?」
いつもの私なら、そう考えて引き下がったはずなんですけど。
どうやら今日の私は、好奇心の忠実な下僕になってしまったみたいです。
犯人さん、ごめんなさい。
「……えっと、もちろんもう一度同じことが起きればいいなっていうのはあるんですけど、それ以上に大事な理由がもう一つあるんです」
どうやら話してくれるみたいです。
うれしい、けど申し訳ない。複雑な気分。
でも、比率としては、うれしいのほうが上なので、素直に話に耳を傾けることにします。
「僕はですね、作曲家になるのが、夢なんですよ」
「……えっと、どういう」
「あ、話が飛んじゃいましたよね、すいません。
えっとですね、5円玉を売って手に入れた10万円で、僕が何をしたかというとですね、
パソコンで音楽を作るためのソフトを買ったんですよ」
「パソコンで音楽を、ですか」
「はい、ところが僕という生き物は前世がナマケモノだったんじゃないかってくらい怠惰でして、
今までも、いろんななりたいものや、やりたいことがあったんですけど、途中で放り投げちゃって」
前世がナマケモノという表現に思わず笑ってしまいそうになりました。
犯人さん、あんまり話しなれてなさそうですけど、実は面白い人なんでしょうか。
「だから、今度の夢は、絶対途中で諦めないようにしようと思ったんです。
お釣りを5円にするってことはつまり、そのための儀式なんですよ。
このお店で5円玉を受け取るたびに、頑張るぞ、今度は諦めないぞって思い直すための」
……何か、相槌を打ちたいんですけど、うまく言葉が出てきません。
「このお店には、感謝してるんですよ。
お金がないから仕方ないって、夢から逃げてた僕を、なんというか、えっと
『こんな奇跡みたいなことがあるんだ、じゃあ頑張ってみようかな』って思わせてくれたんですから。
その気持ちを忘れないように、ここに来るたび、思い出せるように、
……って言うのが”これ”をずっと続けてる理由……です」
これ、のところでお釣りの5円玉を指さして、犯人さんは言います。
なんと返せばいいでしょうか。少なくとも『ごめんなさい』ではない気がします。
どちらかと言えば『ありがとう』でしょうか。
「話してくれて、ありがとうございます。
これからも、ぜひ続けてくださいね、”それ”」
それ、のところでお釣りの5円玉を指さして、私は言います。
「いえ、こちらこそ、長話に付き合ってくれて、ありがとうございます。また来ます」
そう言って犯人さんは店を出ていきました。
私は不思議な高揚感に包まれていました。不思議ですけど、心地いい高揚感です。
たった一つの5円玉が、こんな形で人の夢を支えていたなんて。
私の過ごしている日常の隅っこに、こんなに素敵な気持ちになれる出来事があったなんて。
そう考えると、私の過ごしている世界が、いつもよりずっと奇麗に見えました。
あのマイペースな友人に、今日の出来事を早く話したいです。どんな反応をするでしょう。
彼女のことだから、あまり大げさな反応はしないでしょうが、それでも楽しみです。




