2話 英雄は死に、復讐者が目覚める
『仲間に殺された』。
……その言葉は不快ではあったが、俺を絶望させるのではなく、かと言ってすぐにでも報復してやろうという気持ちを抑え切れない程湧き出させた、という事もなかった。
……疑問、違和感。
それらで俺の中を埋め尽くさせたのだ。
「貴方は、魔神討伐へ向かい、仲間と力を合わせて魔神……『闇夜神ルナ・ルース』を『退けさせた』」
「……倒せなかったのか」
……退けた、とわざわざ言うのだから、恐らく倒せなかったのだろう。
眼前で話をする少女は頷き、そのまま話を続ける。
「その後、貴方は報告の為に各国へ向かおうとした。
……その時、貴方は仲間に牙を剥かれた」
……マジかよ。
これからって時に悲惨過ぎるぜ。
俺が少し顔を歪めた頃、少女はさらに続ける。
「そして、貴方は治癒術師に拘束術で縛られ、魔術師に肉を焼かれ、最後は親友とまで呼んでいた闘士に……心臓を貫かれた」
……うわぁ、なんて残酷な。
……もし本当だったら、『日本でのアレ』より悲惨だ。
だって仲間にそんな殺され方された、って思いたくも無いし。
「……これが、貴方が知りたかった事。
貴方は栄光で輝いた正真正銘の英雄だった。
……けれど、彼等にとっては邪魔でしか無かった。
だから、殺された」
少女が告げた話の内容はとても理不尽なものだった。
……俺は裏切られた、か。
「でも、裏切ったのは理由あっての事だろ?
……簡単に裏切る奴等とつるむ程、人を見る目は曇ってはいないと思いたいんだが」
「……嘘」
……ん?
何て言った?
だが少女の口から放たれたのは告げもしなかった疑問への答えでは無かった。
「……彼等は魔神の去り際に魔神と契約した。
……『王国から貴方達は称えられ、自分の望みを一つ、叶える』という条件で。
そして対価は……貴方の死」
「……っ!!」
ふざけるな!
一緒にいた仲間をそんな簡単に切り捨てるのかよ!!
我慢の限界は思った以上に早く訪れた。
俺の心は一瞬で疑問から怒りへと塗り替えられた。
名誉だって、願いだって、魔神を追い詰めた程の実力者なら実現不可能なものは無いだろう。
共に生きてきた者を……簡単に捨てる、か。
――――
「んー!んー!!」
暗い山小屋の物置の中。
かつて俺の故郷、日本の某所で起きた事だ。
俺は両手両足を縄で拘束され、猿轡を噛まされ床に転がされていた。
「いやぁ、お前がまだ小学生の餓鬼で助かったよ。
だってお前を誘拐して成功させれば多額の身代金の山分けに肖れるんだからな」
当時小学生だった俺にこんな事を笑顔で語るのは、俺の幼馴染みであった男子高校生。
俺が『にーちゃん』と呼び、慕っていた青年だ。
小さな頃から俺の世話してくれて、遊んでくれて、いつでも俺の味方をして、守ってくれた最も信頼出来た人物だった。
「俺の親父はパチンコばかりで俺やお袋には構ってくれなかった。
けど、『誘拐に協力してくれりゃ身代金の何割かはお前にもくれてやる』ってよ!
お前の家は隠れてこそいたけど確かにすげぇ金持ちだったからな!
クソ親父を利用して奴に罪を擦り付けて、金を丸ごと手に入れてお袋と一緒に人生を謳歌してやるぜ!」
聞いてもいないのに勝手に自称尊大な計画を語る、かつての信頼していた先輩にして親友。
俺は、信じたくは無かった。
……だけど、現実は俺の僅かな希望を尽く踏みにじった。
「なぁ、お前と仲良くしてやった『にーちゃん』の為に、少しでも恩返ししてくれや」
そう耳元で言い放ち、俺の無防備な腹を爪先から蹴り飛ばした。
「ゔぶっ……!」
鈍い衝突音と共に俺は転がる。
混乱してまともに呼吸も出来なかった。
「お前と遊んでいた日々は楽しかったけどな!
けど、家に帰れば親父の理不尽な暴力に暴言が待ってた!
俺とお袋が苦しんでいる間、お前の家は幸せそうに過ごして!
俺が監禁されて高校にも行けずに、お袋が嬲られてる間、お前は学校での生活を満喫してる!
ふざけんなよ!
どうして!どうして俺等が苦しまなきゃなんないんだよ!
クソッ!クソクソクソッ!!」
俺を踏み付け、何度も蹴り飛ばしながら怒鳴り散らす。
口調はいつもより荒々しく、吐き散らす言葉も小学校レベルに合わせてくれている普段よりも難しくてあの時の俺には理解出来なかった。
……最早、あの頃の優しかった『にーちゃん』の姿は、何処にも無かった――
――数十分後、男の父親を捕まえた警察が駆けつけ、男は逮捕された。……どうやら目撃した少女が麓に住む大人に通報してくれたらしい。
俺は何とか一命を取り留めた。
だけど病室では、あの時の俺には理解出来ない感情が渦巻いていた……
――――
……あぁ、そうか。
特に生活に支障は出なかったからすっかり忘れていたけど、あの時俺の中で蠢いたあの不快感は『復讐心』だったのか。
「くく……
あっははは……
……あははははっ!!」
少女が何やら少し悲しそうに見詰めているが、気にした事か。
何故なら今……やっと自分の中の復讐心に気付けたんだから!
嬉しくてしょうがない!それどころじゃないんだ!
そうだな、折角だし魔神とやらに下った裏切り者を裁いて、ついでに魔神とやらもぶち殺してやろう!
「あはは……
やたらと笑っちまったな。
……んで、生き返らせたからには俺にはまだ利用価値があるって事なんだろ?」
俺は暫くして、少女に問う。
「……貴方は女神、『白陽神メーヴ』に蘇らされた。
……残念ながら『ティクォーニアでセイヴァとして生きた記憶』は代償で消えてしまったけれど。
魔神と再び戦い、排除して欲しい。
それを約束してくれるなら私も復讐にも力を貸す」
えぇっ、君かぁ……
確かに可愛い子のお手伝いは有難いけど、珍しくシリアスな時にこの冗談はちょっとなぁ……
どうせなら女神様直々に力を借りたかったなぁ……
「め、女神メーヴ?様は他に何か与えてくれなかったのか?
……ほら、例えばヤバい性能の神器とか……
最強の……『聖剣』みたいなのとかさ」
少女はいつものテンポよりやや早めに俺の質問への答えの言葉を返す。
「……武器なら既に最上のものが貴方には与えられている。
神界一の鍛治神『ファーヴニル』が打った至高の属性元素伝導金属『ミスリル』の刀身、
そして人の形に変化出来て、さらに神界序列1位と2位の神に魔力、知性を与えられた聖剣……『ヒンメル』が」
へぇ!そんなチートそうな武器を貰ってるのか!
「あれ、でもその聖剣とやらは何処にあるの?」
俺は花畑を見回しながら疑問を唱えると、不満そうに少女は答えた。
「……私」
「……え?」
俺、日本に帰れたら耳鼻科行こうかな……