晶の章 その二
晶「おれさぁ、おもうことがあるんだけど………」ネコ「何だ、少年?」晶「きっと、登場回数が多いのネコだとおもうんだ」ネコ「そうか?」晶「ここでもめちゃくちゃ登場してるからな………」ネコ「知らないのか?真の主人公はこの私だ」晶「!?」ネコ「今日から私は主人公だ!」
二十六、
「………」
立ち尽くす俺の顔に浮かんでいるものは安堵か、落胆か………
「ここに来てよかった?」
「………いや」
どうやら、お姉ちゃんの目的は俺だったようだ。彼女は俺に近づくことなく、手にある資料を読み始める。
「白瀬晶、ここでの呼び名はプロト01………三月五日、何者かの手引きによって消息を絶った………それがあなた」
「…………」
「覚えてない?」
「覚えてるわけ………ない」
「そうよね、あのときのあなたはちょっとまだ自覚できるというレベルに達してなかったから………」
何が面白いのか、彼女はにやける。
「あなたの家族、父も母もろくな奴なんていなかったわ。家族なんて関係ない、何かにただ、没頭していた………挙句に自らが生み出した実験の結果を体に投与して早死に。知ってた?あんたの家族、両親ともあんたより先に死んでるのよ」
それは知ってるさ、爺さんが言ってたからな。
「………交通事故だろ?」
「ええ、まぁ、そんなもんだけど………裏じゃ違うわ、あれは間違いなく薬の副作用で死んでしまったのよ。だって、事故を起こした車はあったんだけど中に乗っていた人間の姿がどこにも見当たらないなんて考えられないもの………」
そういってお姉ちゃんは椅子に腰掛ける。
「…………投与した薬は以前はウィルスだったけど………その時点で既に完成してたわ。あなたの両親は龍になって天にあがり……………消滅したといっていいわね」
それが悲しいのかどうか、既に両親がいない………というか、両親の顔を覚えていない俺としてはなんとも言いがたい。
「管理者を失った研究施設は廃れ、保管されていた薬は誰かの手によって砕け、研究所にいた被検体はまるで地獄絵図のようになり、閉鎖。そこにいたプロト01の残されたたった一人の肉親もその薬に感染………近くにあった小さな病院も見事に駄目になったわ。そこじゃ、小児科が主だったから………ちょうどいい研究結果が手にはいったって上の人たちは言ってたわ」
関係ないとばかりに書類を放り投げて別の書類を手に取る。
「………お姉ちゃん………藍たちがそれだって言いたいのか?」
「………さぁ?それはあなたの想像しだいね。ついでに言うならこの被検体に選ばれた連中はすべて戸籍上死んでいることになってるわ。もとより、当時じゃ治らないような病気にかかっている連中に薬を投与してきたからね」
まったく、考えられないわよね〜と彼女は呟く。
「…………話は戻るけど、薬の被害にあった肉親は人とは思えない力を手にいれ、孤独の道を進むことにしたわ…………もう、友達と笑えるほど自分が普通の人間じゃないって理解できたからね…………けど、弟はそういう生活をして欲しいとおもってた………コネとか色々と使って主に数学なんかを弟に教えてきたわ」
「…………」
「…………で、ある日………生き残っていたプロト01を狙っているような以前の研究員をすべて始末し終えた姉はとあることに気がつく…………そのプロト01、もう寿命が長くないのよ………」
俺は黙りこくるしかなかった。
「………なんでかわかる?」
「さぁ?」
「…………薬を体に投与していた連中と好きでつるんでたからね………抑えられていた薬が徐々に体内にしみこみ始めたってところでしょう…………プロト01は他のプロトタイプと違って他人の薬を吸っていく力を持ってたわ…………より、完全体になるためにね」
「完全体?」
「そう、完全体………もともと、この研究所では………」
そういって何も入っていないガラス管を指差す。
「………龍を作ろうとしていたからね」
「龍だって?」
俺はきっと馬鹿みたいな顔をしているだろうな。
「……………そうよ、よくはしらないけど、百年前にはいたっていってたわ。私が龍について聞かされたことは………その者は自然の力を完全に操り、人に化身し、代々とある家系を護ってきたらしいわ」
「…………」
「そんなの信用できないって顔してるわね?まぁ、そうなんだけど………一ついいこと教えてあげるわ。うちの家系は何故か、その龍の遺伝子を持っててね……いよいよ駄目だとおもわれたプロトタイプ三体に投与したそうよ?そしたら、少々ながらも龍に近づくことが出来たのよ………薬の成分も体内で生成し始めたからね」
ま、所詮は失敗作だけどねと呟いた。彼女が言っていた失敗作という意味は………龍になれなかったワイバーンのことだろう。
「…………さて、ここで質問、その三体をプロト01の近くに置くと………どうなるでしょう?与えられた条件は………ま、愚弟だから必要よね?」
にやりと笑うと彼女は拳銃に弾丸をこめ始める。
「…………まだ、拳銃は持ってるかしら?」
「………一応」
護身用として弾丸そのままで懐にしのびこませている。さすがに学校のときはもって言ったりはしていないが………
「安心して、あの拳銃は人を殺す銃じゃないし、鉛弾なんて装填できやしないわ」
それは良かった…………でも、それじゃ護身用でもなんでもないな………
「………あの弾にこめられているのはさしずめ、あの両親が作り出したものが厄介以外の何者でもないウィルスなら………プロト01の姉が弟を助けるために生み出した最高のワクチンってところね………もっとも、薬が体中を駆け回っている…………」
お姉ちゃんは躊躇なく俺の額に拳銃を向ける。
「…………あんたに通用するかはわからないけどね!」
―――――
三月五日、プロト01が脱走。何者かが脱走を手引きしたものとおもわれ、研究員である私たち全員が責任を問われる。
この研究所の責任者である父と母は車でプロト01を探しに向かった。やはり、私の考えることなどお見通しなのだろう………だが、私もそこまで馬鹿ではない。
あのあせった父と母の顔、生まれてはじめてみた…………そして、おもう。あの二人も人間だったのだと………もっとも、あの子はそういう両親の顔など見たこともないだろうが………手は打っておいた。生まれるだけで、私をあの薬から護ってくれた弟を………むざむざ両親に渡す気はない。
三月七日、今日は両親の葬式だ。葬式にはおじいちゃんに抱かれている弟が私の姿を見つけると笑ってくれた…………だが、いずれ私のことは忘れるだろう………そして、私を姉だと理解してくれるのはこれで最後だ。
―――――
三月五日、あれから数十年の月日が過ぎた…………弟も無邪気に私に質問したりすることもまれにあり、成長した姿を見るのは楽しいことだとおもったが………最近張っていたもと研究員の成れの果ての白猫が弟に近づいた。
やはり、いの一番にあの白猫をしとめるべきだっただろう…………
あの猫はあの子にこれ以上の何を求めるのだ?
このままではいけないと私はおもい、二人の後を追う…………