怪議 二
液晶モニターに映る番組はニュースからバラエティ番組に変わっていた。
「手を出せないってのはどういうことだ?」重人が訊いた。
柳は小さくかぶりをふる。
「わからないのよ、佐藤君の力が」
「力ってお前らみたいな、だろ?」
「わからない。いえ、おそらく違う」
そう言って柳は春に目を向ける。
「ふぅ」と溜息をもらすと春が口を開いた
「あたしと柳さんは全然違う力なの。だから佐藤君の力もまったくの別物かもしれないのよ」
「そう鈴置さんの言う通り、きっと<メタ・パーソン>は個人によって違う。しかも佐藤君の力は明らかに殺傷能力に長けている」
「お前でもダメだってのかよ」重人が柳の目を見据えた。
彼女はそれを受け止めて言った。「わからない」
「はあ? わかんねえ事だらけだな。佐藤の野郎が犯人ってのも実はわからないとか言い出すんじゃねえだろうな」
「ちょっとしげとっ、柳さんにあたらないでよっ」
「いいのよ鈴置さん。実際ここまで話しておきながら物的証拠はないのだから」
柳はそう言って小さくかぶりをふる。それから真っ直ぐ重人の瞳を見据えて言った。
「佐藤君が犯人だと思う理由がもう一つ」
「もう一つ?」重人は首傾げる。
「ええ。佐藤君をいじめてたグループだけど、数日前から学校を休んでいるの。気になったから彼等の自宅も訪ねてみたわ」
「まさか全員……」
重人は固唾をのんだ。
「ううん、ちゃんと生きてる。ただ、みんな自室から出られないほど怯えていたわ」
「ボコされたってことか? 佐藤の奴に」
「いえ、幸い外傷はなかったわ。……ただ、全員が同じことを口走っていた『佐藤は化物だ』とね――」
沈黙が流れる。
数秒して重人が肩をすくめた。
「わざわざ家まで行ったのかよ。おまえ、一人で頑張りすぎだろ」
「いや、あんた今さら?」
春がしかめっ面で重人を指差した。
「柳さんはあたしの相談にも乗ってくれて、力のことや殺人事件のことを誰よりも早く察知して調べてくれてたんだからねっ。それなのにつっかかって!」
「わーったよもう! 柳にのるぜ。いや、のらせてくれ!」
重人は手を合わせる。
「まったく調子がいいんだから」
春は口を尖らせ腕時計に目をやった。
液晶モニターに映っているバラエティ番組がいつの間にか終わっていた。
「山田君と、鈴置さんも、今日はうちに泊まっていくといいわ」
「いいの?」
二人の声が重なった。
「ええ、明日は学校も休みだし。鈴置さんはゲストルームに、山田君はこの病室で寝るといいわ」
「は、なんで俺は病室?」
柳は小さく笑った。
翌日、重人と春と柳は制服姿で東都町の街中にいた。
「つまり、話し相手が多いってことだろ?」
春の右隣りで重人が肩をすくめた。
「んー……それでいいよ、もう」
そっぽを向く彼女の左隣りで柳が小さく笑った。「でも鈴置さんがいてくれると助かるわ。私の力は攻撃には向いているけれど、探索はからきしだもの」
「ふーん。まじで全然違う力なんだな」重人が分かった風に頷く。
ここへくる少し前に春の<能力>について説明してもらったが、実のところいまいちピンきていない。
どうやら彼女は色々なモノの<声>を聴いたり<会話>をする事ができるらしい。
つい先ほども電柱下に咲いた花と挨拶を交わしたらしく、傍からみると完全に独り言だった。
「これからの計画は? どうすんだ」重人が訊くと、
「それは――」と言いかけて柳は言葉を切った。すれ違う主婦を警戒したのか目の端で見送る。
「気にし過ぎじゃねえか?」
「用心にこしたことはないわ」
その無表情な横顔を見て、重人が眉を寄せる。
彼女が言うには、自身の能力が発現したのはIFの直ぐ後だったらしく、春も学校が始まってから程無くして発現したらしい。加えて連続殺人が始まったのもIF以降であることから『超能力の発現にはIFが関係しているのではないか』というのが彼女の見解だった。
もしかしたら、より邪悪で恐ろしい能力者が何食わぬ顔で潜んでいるかもしれない。
賢いものほどなかなか尻尾を出さないうえ、常識は通用しないので警察も機能せず、法律さえも彼等を縛れない。
つまりは佐藤しかり、能力をもつ悪党が現れたときに止められる人間が公的にいないのである。
「で、何を言いかけたんだよ」重人が訊いた。
「ええ、そう今後の計画だけど、佐藤君にしかけてみようと思う」
「え!」と、春が柳へ顔を向ける。
「マジで? 昨日は無理だって言ってたのに、突然気が変わったのかよ」
重人が呆れた顔で言った。
「自分でも不思議だけれど、ね。それにこのまま手をこまねいていても犠牲者が増える一方だわ」
「確かに」と重人と春は頷いた。
「それに、いつかはぶつからなければならないのなら早い方がいい」
そう言って柳の表情が硬くなる。
その意味がわかるのか春も神妙な顔になった。
「なんだよ二人して辛気臭えな」
「――力は成長するの」 春が言った。
「成長? 強くなるってことか」
「ええ。それも肉体と同じく鍛えればより、ね」
重人は腕組みして首をひねった。
「じゃあ、今日やっちまおうぜ。どうせ佐藤の家の場所はもう調べてあんだろ?」
「ええ」柳が頷く。
すると春が二人の前に立ち、人差し指をたてた。
「明るいうちはダメだよ。目立ちすぎるし、関係のない人まで巻き込むことになるからね」
三人はファミリーレストランにいた。
重人の前には平らげられたパフェ。春の前には半分になったチーズケーキ。柳の前には手の付けていないブラックコーヒーが置かれている。
手筈は既に整っていた。
柳真央美はイジメグループの家を訪ねた際に佐藤のラインIDも聞き出していらしく、それで彼を呼び出し“話し”をしようという計画だ。
連続殺人の犯人がそんなものに応じるとは思えない。だが、柳には確信があったのかこう言った。
『いじめのリーダー格のアカウントで呼び出せば絶対に応じる』
いじめっ子に対して執着がある、との事だ。
重人には佐藤の気持ちが露ほども理解できなかった。
春が小さく手をあげる。「インターネットとかでも超能力の話題はないよね。なんかそれが逆に不気味っていうか」
彼女の正面席で柳が頷いた。
「もしかしたらニュースになっていないだけかもしれないわね」
オカルティックな女子トークを繰り広げる二人をよそに、重人は春の隣で大きなあくびをした。
外は暗くなっている。
「そろそろじゃねえか?」重人が首を鳴らしながら言った。
三人は喫茶店を出てた。
待ち合わせ場所は柳家が所有する廃車場。
何故そんなものを持っているのか? と重人が訊くと春が呆れた顔で答えた。
どうやら柳の家は大金持ちらしい。母親は医者、そして父親は色々な事業を展開する柳グループの社長で廃棄物処理もその一つとのことだ。
今回の場合、人がいないというのが大きな利点だ。
関係の無い人を巻き込まないで済む。
ファミレス近くのバス停でバスを待つ三人。
「はる、お前は帰れ」重人がぶっきらぼうに言った。
柳もそれに同意のようだった。
もしも争いになり、三人とも殺されればこの事件の被害者は増える一方になる。自分の意思を継ぐ人がいなければいけない。彼女はそう言って春を諭した。
「でも二人だけじゃ……」
「はあ? なめんなよ。喧嘩じゃ負けねえよ。それにお前がいたんじゃ足手まといだっての」 フン、と短く鼻を鳴らす重人。
「でも……。絶対、絶対に帰ってきてよね」
「あたりめえだろ」
「当然やられるつもりはないわ」
二人はそう言って到着したバスに乗り込んだ。
座る席を探しながら重人が言った。
「俺ひとりで十分だっての」
「山田君だけじゃ心もとないわ」
「はっ、ズバッと言いやがって」
一番後ろの席に着く二人。
重人は思い返していた。須藤明穂を助けられなかった無力感、やりきれなさを。
柳はその隣で彼の瞳が暗くなっていくのを感じた。