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―怪奇行―  作者: 蟒蛇
7/19

怪議

 山田重人は微睡みのなかにいた。妙に心地がいい。

 遠いところで「しげ――と」と声が聴こえて目を開くと、よく知る制服姿が見えた。

「はる……なんで?」上体を起こす重人。 

「馬鹿っ」

 鈴置春は彼に抱きつき、安堵の表情を浮かべた。それからあっけらかんとする短ラン姿から離れ、両肩を大きく揺さぶった。

「無茶して! あんた殆んど丸一日意識不明だったんだからね!」

「は? ……あ! そういや柳は――」

 重人は周囲を見回した。

 清潔感のあるクリーム色の天井に蒼白いLEDが灯っている。広さは八畳ほどで、左手のスライド窓からは夜の空と街の喧騒が窺える。正面の壁には小さな液晶モニターが設置されており、ニュース番組が映っていた。

「つか俺、なんでベッドに寝てんだ」

「はあ? 覚えてないの? あんたが悪いんでしょ、柳さんに無理言って」春が詰め寄る。

「別に無理は言ってねえよ。ただちょっと知りたいことが――てか、ここどこよ?」

「私の家よ」

 そう言って部屋に入ってきたのは制服姿の柳真央美だった。

「柳の? なんで?」重人は首を傾げる。

 それを見て春が言った。「柳さんの家は病院なの」

「ええ。救急車を待つよりも自宅へ連れて行くほうが早かったから」

 重人は事の成り行き、その結末を思い出す。途端に顎が痛んだ。

「まあ、山田君とは痛みわけってとこね」

 柳はそう言って右手の袖をまくり、顔の高さに持ち上げた。紫色の手形がくっきり残っている。

「あぁ、わりぃな。ついつい力入れ過ぎちまって」

「は!? しげとっ、あんた女の子の体になにしてんのよっ」

「いやだから――てか何でおまえがここにいんだよ」

「それは、お見舞いよ、お見舞い」

 ばつが悪そうに答える春に柳が目を向ける。

 春もそれを見返した。

 女同士目を見合すさまに、重人は何だか面倒くさそうな事情がありそうだと思った。

「山田君が知りたがってた事だけど」

「お、そうだ! あの事件のこと、なんか知ってんのか?」

「……今、東都町で横行している連続殺人を知っているかしら」

「それって最近やたらニュースでやってる?」

「ええ。単刀直入に言うわ。私はその犯人を追っているの。そしてそれは須藤さんを殺した犯人でもある」

 彼女は独自に調べ得た事件の詳細を話しだした。

 東都町で起っている連続殺人事件の被害者は現在六名。

 最初の被害者<A>は、東都町と隣町を隔てる大通りで発見されたとのことだった。遺体の欠損があまりにも酷く、警察のほうでも身元の特定に時間かかったらしい。そこから三日間たて続けに三人被害者がでており、犯行現場は最初の被害者がでた道路を進んだ先にあるバス停。次が薪薔薇学園近くの住宅街。その次が繁華街に面した歩道。どれも身体の欠損は大きかったが<A>ほどではなかったようだ。

「それで五人目が須藤さん」

「それって!」重人が割り込もうとした。

 だが春が無言でそれを制止する。

 柳は咳払いを一回してから話を続けた。

「六人目はつい先日、学校の近くの交差点で。そして警察によれば、須藤さん以外は全て深夜に行われた犯行だそうよ」

「ちょっと待って。なんで連続殺人と明穂の事件が同じ犯人なんだ? 偶然って可能性もあるだろ」

「山田君は犯罪心理って知っているかしら?」

 当然のように重人は首を傾げた。

「所謂プロファイリングってやつよ。犯罪者の行動パターンとかを分析して、その犯罪者がどういう人物かっていうのを推論するものなんだけど……事件のことを扱う映像や画像を見ていて気付いたことがあるの」

 柳はスマートフォン取り出し操作した。

「見て頂戴」

「おいおい、事件の画像か? グロいのは勘弁な」

「大丈夫、そういうのはないわ。事件の画像なのは間違いないけれど」

「ふーん……」重人はいやいや液晶画面にうつる画像を見た。

 無数の人が映っている。スライドさせると、また似たような画像だ。次も、その次も。写っている人達のほとんどが緊迫した顔をしている。

 見覚えのある光景だ。明穂が倒れていた時の――

「野次馬か」重人が低い声で言った。

「……犯人ってね犯行現場に戻ってくるらしいの」答えたのは春だった。

「ここに一番多く写ってる奴が犯人ってことか?」重人の視線が柳を向く。

「まあ、そう短絡的に言っちゃうのもどうかと思うけれど、そうね」

 重人は改めて画像を見直す。各犯行現場に共通して写っている人物が一人だけいる。東都高校の学生服を着た小柄な男子生徒だ。

「なるほどな」

「ええ。彼……犯人の名前は佐藤拓実。東都高校の一年生よ」

 見覚えがある。わりと最近――そう、あのいじめられっ子だ。

 だがあまりにも現実味がない。あんな奴が連続殺人を。そして明穂を。

「にしても、手あたり次第すぎねえか」

「そうでもないわ」柳が硬い声で言った。

「遺体発見現場はすべて通学路かそれに違い場所よ。そのうえで須藤さん以外は人目を避けやすい時間帯を選んでいる。殺害場所まではわからないけれど遺体を遺棄する場所は自分がよく知るエリアを選んでるに違いないわ。未成年の行動範囲なんて限られているもの」

「佐藤なりに考えてるってことか」重人の視線が真っ直ぐ柳を捉えた。

「ええ。ただ疑問も残っている。何故須藤さんの時だけは“違った”のか」

 彼女が言うには時間帯もそうだが殺害方法も違っているとの事だった。

 被害者につけられていたキズは非常に乱雑で大きな欠損が特徴らしい。

 明穂は太ももの傷が運悪く急所に当たっていたというだけで欠損は無い。

 この話を聞くなかで重人には合致していると思う部分もあった。

 柳が言うには「どの犯行にも刃物の類が使用されていない」という点だ。

 医師の言った『牙を持つ獣の可能性が高い』という話に繋がる。

 ただそれは同時に、彼に大きな疑問を抱かせる事となった。数えきれないほど人を殴ってきた経験から、彼はよく知っているのだ。人間が意外と丈夫だということを。金属バットで一発思い切り殴ったくらいで人はそうそう死なない。ましてや刃物を使わずに人体を欠損させるなど不可能だという事を。

 柳にそれを伝えると、深く息を吐いてこう言った。「そこが問題なのよ」と。

「よくテレビで言っている『何者かの犯行』……この『何者』は、人を意味する。でもその前提が間違っているの。だから警察も犯人の目星すらつけられないでいる。犯人――佐藤拓実は人間ではない。いえ、普通の人間ではないと言った方が正しいかもしれないわ」 

「お前みたいにか?」

 柳の眉が少し上がった。

「なんだよ驚いた顔して。こっちは実際に見てるしくらってる。まあ……そんなものもあんのかなって」

 重人はにかっと笑った。

 それを見た春が呆れたように言った。

「あんたって変なところは無駄に素直だよね」

「無駄ってなんだよ。そもそもなんで春まで一緒に――」

 重人は言いかけて鼻を鳴らした。

「え、なによ、なに、なんなの」

「すげえ慌ててんじゃん。お前もなんだろ?」重人が揶揄う様な笑みを浮かべる。

「鈴置さん、彼にはいつか話すつもりだったんでしょ」

「……でもなんか、その、調子が、予想と違う……驚いたり、嫌がったりするのかなって」

「なめんな。変な力があるってだけだろうが」

「そうだけど、悩んでたのがバカみたいじゃん」

「はあ? らしくねえんだよ」重人は内心で馬鹿野郎と声をあげた。悩んでたのはこちらの方だ。最近様子がおかしかったのはそのせいだったのかよ、と。

「仲がいいのね」

 柳が言うと、

「全然!」重人と春の声が重なった。

「じゃあ話を戻すけど、犯行の手口からいって佐藤君は間違いなく私や鈴置さんと同じような超能力メタ・パーソンを持っている」

「メタ、パソ……?」ふむ、と分ったふりをする重人。隣で春が「超能力のことよ」と翻訳した。

「なるほど。だけどよ、あいつは」

「ええ、佐藤君の事なら調べてあるわ。いじめられっ子のようね」

「ああ。だからそんなタマじゃねえって思うんだけどな」

「それはどうかしら」

 重人は眉を顰める。

「弱い立場の者ほど普段鬱屈しているわ。いきなり凄い力を手に入れたら使ってみたくなるはず」

 彼女の言い分もわかる気がした。佐藤拓実の、あの危うい目つき。なにも省みない嫌な目だ。

「さっさとあのガキぶっ飛ばして終わらせようぜ」

「簡単に出来るのなら、ね」

 柳は含みのある言い方をして視線を外した。

 その先には花瓶に活けられた一輪のバラがあった。

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