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―怪奇行―  作者: 蟒蛇
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その光、始りにつき

 東京都江戸川区の東に位置する東都町。

 下町の風情と新しい街並みが同居するその一角を、山田重人やまだしげとは走っていた。精悍な顔立ちに高やかな風貌。加えて短ランにボンタンという出で立ちは、彼なりの拘りだった。

 表通りから裏通りへ移り、行き交う人の間を縫うように駆け抜ける。歩いてくる男性とぶつかりそうになっても、体を斜に、ひらりと躱し「わるいなっ急いでんだ!」 と、快く風を切った。

 そうして勢いをそのままに進路を変えて路地裏へ入ると、昨日の雨が路面に残っていた。水たまりを踏んで踵の潰れたローファーに水が染みる。しかも撥ねた水で髪が濡れた。それを拭い、彼はひとりごちた。

 学校への近道でなければ絶対に通らない、と。

 引き返してやろうかと思っていると、ふと前を行く二人組が目に入った。

 どちらも茶色いブレザーに、それと同系色のスラックスを着用している。一人は大柄でもう一人は小柄だ。大きい方は金色の坊主頭で小さい方は茶色の長髪。後ろから見ても柄の悪さが窺い知れる。しかも人がギリギリすれ違えるかどうかという道を、大手を振って歩いている。

 二人を抜きさろうとして肩がぶつかると案の定「まてやコラ」と“やさしく”呼び止められた。無視をすれば学校には間に合うだろう。が、しかし――足を止めて重人は体ごと振り向いた。相手が薪薔薇学園まきばらがくえんの生徒だったからだ。

 通称<バラ学>といえば、巷では偏差値の高い進学校として有名だ。だがその実情は酷いもので、窃盗、恐喝、場合によっては傷害事件まで金とコネで学校は目をつぶる。生徒はやりたい放題というわけだ。

 つい最近も同級生がカツアゲの被害にあっている。

 重人は少し前にその聞いていた。時間をおしてでも足を止める理由だった。

「おら! 聞いてんのかよ!」茶髪が声をあげた。口からのぞく歯がヤニで黄色い。まるっきり還暦だ。

「見たとこキミ、東都高校の生徒だよね? あと……その格好に左耳のピアス」金坊主の目が、短ランとボンタンをゆっくり往復した。

 歯切れの悪い仲間の態度に茶髪が怪訝な顔すると、それに応えるように金坊主がぽつりと呟いた。「……あんたがあの都高の重人か」

「こいつがあの山田重人!? 暴力堕天使、東中の悪魔(ディアブロ)!?」

 金坊主が無言で頷く。それから袖を掴む茶髪の手を振り払い、

「箔がつくってもんだぜ」と笑みを浮かべ、大きな体を一歩前に進めた。

 重人はというと、ボンタンに手を突っ込んだまま、あっけらかんとしている。こういう展開は慣れっこだった。『かかってこい』とでも言うように顎をしゃくる。

 無言で向き合う二人。背丈はそう変らない。どちらも一八〇センチを超えている。

 違うとすれば、金坊主は熊のような寸胴で、見るからに馬力のありそうな体つきをしている。それと比べ、重人は細身だ。だがよく見れば、背中や肩の発達が制服越しにも見て取れる。

 互いに手の届く距離までくると、視線が同じ高さでぶつかった。

 先に動いたのは金坊主だった。「オラッ!」と声をあげ、体ごとぶつけるように右手を振りかぶる。

 遅れて重人の左腕が持ち上がる。風を切る音が違った。斜め下から真っ直ぐ突き出されたその拳は、金坊主のパンチの内側を奔り、息巻く顔面を撥ね上げた。

 バタンッと後ろへ倒れる金坊主。

 あわてて茶髪が駆け寄った。

「た、頼む、勘弁してくれ」

 重人は二人を見やると、ボンタンに両手をつっ込んで踵を返した。

 少し歩いてから、ふと空を見上げると、見た事もない斑の雲が浮いていた。不安にも似た、言いようのない違和感を覚えた。

 知っている空とは違う。何かが、くる――

 そう思った瞬間、目の前にカッと白い光が差した。

 同時に意識が途絶え、目を覚ますと路上に倒れていた。

 制服の切れ端が宙を舞っている。

 短ランの背面が大きく破れていた。

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