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風の化石  作者: 野中
13/13

二つ目の禁術

無論、結婚は他人事ではない。


藩王家に関わる彼女たちは十分悟っていた。間違いなく、テツも同類。

が、どういうわけか、彼には落ち着くというイメージがわかない。


シルヴィアは、自分が子供であるせいだろうか、とも思う。

だが、顔を見れば、アイシャも同意見のようだ。

確信するなり、



「おい」



不機嫌そうな第三者の声が、二人の間に割って入った。

「盛り上がってるとこ悪ぃけど、さっきから、俺ここにいるんだよ」

少女二人は、ぎょっと足元を見下ろす。


正確には、斜め下。


周囲には、整然と大木が立ち並んでいる。

その、ひとつ。


木の根にだらしなくもたれかかった少年がいた―――――赤い髪に群青の瞳。


目が覚めるほど鮮やかな、華のある容姿。

というのに、世界を灰色に見ているような無気力な眼差しが、彼という存在から、色をごっそり抜き取っている。


惰眠を貪る姿勢。半眼で、空を見上げている。ゆっくり、片手を上げた。


生きながら棺桶の中にいるような退廃的な少年―――――コウガ・ディンだ。

朝の空気に不似合いな、疲れきった声でぼそぼそと言葉を紡ぐ。


「女子のナイショ話は、聴こえないとこでしてくれ」

頭をかきつつ、身を起こす。

地面の上で、胡坐をかいた。

「先客の俺の方が気まずいっての」


シルヴィアは首を傾げる。

会話を聞かれた気まずさはない。

そんなもの、彼女は気にも止めていなかった。

ただ、別の申し訳なさが湧き起る。

シルヴィアは冷静に頭を下げた。


「ごめんね、コウガくん。変な話を聞かせて」


話を聞かれたからとて、どうということなどない。

が、耳にすれば不快な話もあるだろう。


それにしても、コウガが声を上げるまで彼の存在に本気で気付けなかった。



反省点は多い。



内省的なシルヴィアとは逆に、アイシャの視線が鋭くなる。

傲然と胸を張った。

コウガを見下す。


「前から言おうと思ってたんだけど、コウガ」

いい機会だとばかりに、まったく違う方向から話が飛んできた。


「朝っぱらから路上で行き倒れなんてどういうつもり? 貴方、もっと覇気を持ちなさい」


何かと思えば、いきなり、教育的指導だ。

いつの間にかアイシャは仁王立ちの戦闘態勢に立っている。

呆れたようにコウガは言った。


「こう言う場合、『話を盗み聞くなんてサイテー』とかって怒鳴り散らして去ってくのが女子のパターンじゃねえの?」

うまく追い払えると思ったのに、とボヤくコウガを前に、少女二人は顔を見合わせる。


「でもコウガくん、別に盗み聞きなんてしてないし」


「堂々とそこにいただけよね」


「うっわーやりにくー」

横を向き、コウガはぼそぼそ呟いた。

それはともかく、とアイシャは言葉を続ける。

「ディン家の人間には、わたくし、色々言いたいことがあるのよ」

たちまち、コウガから表情が消えた。


少し動くのもかったるそうな態度で、立ち上がる。

「ディン家がどうだろうと、俺には関係ねーよ」

コウガの声ににじむ感情はとことん薄い。

かえってシルヴィアは面食らった。

これは、強がりではない。


コウガは本当に、そう思っている―――――というよりも、ディン家に対して何も思っていないと言った方が真実に近い気がした。


「なあ、もういいか」

コウガは弱く眉間にしわを寄せる。

「半端に寝たから、頭痛ぇんだよ」


「なら、頭痛薬を」

テツの元へ行くのに、ある程度の常備薬を持参していたシルヴィアが荷物を探る。

コウガはうんざりと手を横に振った。

「必要ねえよ。部屋に戻って寝直せば治る」


「怠惰ね」


アイシャがぴしゃりと言い切る。

コウガは鼻を鳴らした。どうでもいい、と言いたげ。


その一瞬、シルヴィアは違和感を覚えた。



こめかみ辺りを押さえたコウガの姿に。



…そう、姿、だ。

なんだろう?

思うなり、答えが見えた。

「コウガくん」

ふと真っ直ぐ彼を見つめ直す。


シルヴィアは冷静に尋ねた。




「バングルはどうしたの」




ヤト学園の生徒は、転移門の鍵であるバングルを身につけることを義務付けられていた。

身分証明書代わりでもあるからだ。

シルヴィアもアイシャも、むろん今、手首につけている。


確かに、コウガは怠惰だ。

とはいえ、事なかれ主義でもある。


そんな彼が、重要なものを簡単に手放すとは思えない。


アイシャが目を見張る。

紫の双眸に、コウガの手首が映し出された。

何もはめていない。


コウガはわずかに動きを止めた。



(動揺、した?)



シルヴィアの視線を避けるように目を逸らす。

すぐ、投げやりに答えた。

「寝てる間に誰かが盗んだんじゃねえの」


シルヴィアは表情を消す。

今、彼はらしくない答えを返した。

よりによって、盗まれた、などと。


『部屋に置き忘れてきた』とでも言ったら、よかったのだ。


彼ならありうる、とシルヴィアは不審を抱きながらも納得しただろう。

というのに―――――盗まれた?


シルヴィアの直観は、その言葉を嘘だと感じてしまう。



なにせ、自身のものの略奪を、コウガという人間は安易に認めたり諦めたりしない人物だ。



…ヴァリスが相手なら別だろう。

が、それなら、彼はすぐにヴァリスの名を出すに違いない。


疑ってしまう理由が、もう一つ。



―――――コウガは嘘に慣れている。



「バングルには、方術で個人情報がすべて登録されているのよ?」

アイシャの方が、自分の持ち物を盗まれたような厳しい態度になる。


「悪用されたらどうするの。それが本当なら、即刻風紀委員に連絡すべきだわ」


無論。

アイシャとて、コウガの言葉を鵜呑みにしてなどいない。

少女たちは、横目で目を合わせた。

なにか、あやしい。

とはいえ。


いつものシルヴィアなら、隠し事を積極的に暴く気概はなかったはずだ。

彼女は、アイシャほどには、他者と関わり合いになろうとしない性質だ。


それでも。…なぜだろう。



このときばかりは、どうも気になった。



「そう言えば」

シルヴィアは男子寮とは逆方向に顔を向ける。



「あっちは転移門だね」



はじめて、コウガはやりにくそうに顔をしかめた。


シルヴィアは、バスケットを抱く腕に、わずかに力を込める。

彼女が、アイシャと共にやってきた女子寮へ続く道は、二人の背後に続いていた。

右手の先にあるのは、男子寮。


左方に続く道の向こうにあるのは、―――――。


道の向こうに何かを見るように目を凝らし、シルヴィアは淡々と言葉を続けた。

「もしかして」




「おや」




いきなり、穏やかな声が男子寮へ続く道から響く。

意識が転移門の方へ集中していた三人の子供たちは、弾かれたように顔を上げた。


「珍しい組み合わせですね」

やさしげに微笑みながら現れたのは、アルバート・キルヒス。


休日というのに、いつもの少しくたびれた白衣をまとっている。

彼は、シルヴィアが抱えるバスケットに目を止め、本音がどこにあるか見えにくい温和な声で尋ねた。


「三人は、これから学園内でピクニックですか」



アルバートは、わざと的を外した物言いをする。



こんな風に尋ねながら、彼は何かを察しているというのがシルヴィアには感じ取れた。

アルバートという教師は、いつもこうだ。

「いいえ、先生」

アイシャが真面目に答えた。


「わたくしとシルヴィアは、不本意ながらテツ・フェリックスのお見舞いに。ここでコウガ・ディンと会ったのは単なる偶然です」


とたん、テツの名が、シルヴィアの気付け薬になる。

コウガの不審に向いていた意識が、いっきに覚醒した。

全力で彼女はアルバートに向き直る。


駆け寄った。



駆け引き一つなく、子供のように真っ直ぐ頼む。






「テツくんのお見舞いに行きたいんです。許可をください」






勢いに押されるように、アルバートが一歩後退した。

シルヴィアは、必要以上に距離を詰めていたらしい。無意識だ。


少し後退する。


本音を言えば今すぐ駆け出したいが、こらえた。

上目遣いで見上げる生徒に、悩むようにアルバートは曖昧に頷く。

「あー…、うん、それは構いませんが」


とたん、シルヴィアの顔が、ぱっと輝いた。

眩しい笑顔が花開く。

実際、天にも昇る心地になった。

誰が何をしていようと、もうどうでもいい。


彼女の態度に、アルバートは困ったように微笑んだ。



「…参ったな。その様子だと、君たちも知らないんですね」



アルバートの視線が、三人の生徒の頭上を通り越す。

転移門の方を見遣った。

シルヴィアは、目を瞬かせる。


知らない? 何を。


この話の流れだと、つまり。




「テツくんが、どうかしたんですか」




―――――テツに、なにかがあった、ということだ。


じっと彼を見上げるシルヴィアの近くで、コウガが欠伸をするふりで横を向いた。

シルヴィアの悲愴な問いかけに、アルバートは言い淀む。


おかしい。

この教師は、優しげに見えて、ずばりと真実を口にする。頭の回転も速い。


彼から即答がないのは、不安を煽る。


目が潤み始めたシルヴィアの肩を、アイシャがそっと引き寄せた。

アルバートは言葉を選ぶように視線を横へ流す。同時に、

「キルヒス先生」


息せききった呼びかけが、シルヴィアたちの背後から飛んだ。

つまり、女子寮に続く道から。


「タチアナ先生」

白衣のポケットに手を入れ、アルバートは肩を竦めた。




「アナタにも学長の指示があったんですか。お疲れ様です」


「キルヒス先生こそ。ところで、お客人は、まだ…あら」




小さな子供めいた焦りを可愛らしい声の底ににじませたのは、ミズハ・タチアナ。

家庭的なほんわりした雰囲気は、どれほど急いでいても崩れない。

本質的には、マイペースな女性だ。


アルバートと違い、タチアナは、完全に私服だった。

生徒たちに目を止め、駆ける足を緩めた。

地味だが愛らしい花柄の上衣の襟を握りしめ、焦った姿を見せたことを恥じるように頬に手を当てる。

「三人とも。なんで、ここに?」


言う合間にも、タチアナの目はシルヴィアが持つバスケットに向かった。

「まあ。もしかして、フェリックス太子に?」

目を丸くして、男子寮の方を見遣る。


シルヴィアは頷いた。

とたん、タチアナは困ったように足を止める。

「ごめんなさいね。お見舞いは少し、待ってもらえるかしら。実は、これから、」

タチアナが何かを言いさした。とたん。


アルバートが穏やかに片手を上げる。

掌で、彼女の言葉を制した。




「―――――あぁ、来られたようです」




アルバートが目を細める。


彼の視線が向かう先は、転移門へ続く道。

つられたように全員がそちらを見遣れば、男が二人、彼等の方へやってきていた。


コウガが不審気に呟く。



「…審問官?」



一人は、くたびれた上衣を肩に引っかけた糸のように細い目をした男だ。

額に、薄青い刺青がある。


先日見た審問官に違いない。


足取りは先日と変わらず、やたら陽気だ。

が、かなり足早。

それは、隣の青年に合わせてのことだろう。


その青年を見るなり、シルヴィアは眼を見張る。




「あのひと」




見覚えがあった。


フェリックス藩王家の従者として、幾度か会合で会った青年だ。

短く刈った、純金そのもののような髪。夜空を思わせる青紫の瞳。



本人が放つ厳格な雰囲気と相まって、体熱を感じさせない最高級の宝石めいたあの青年の名は、―――――ジェラルド・フォルツァ。



彼は、フェリックス藩王家を支える貴族、フォルツァ家の当主でもある。

歩き方一つとっても、一部の隙もない、生まれながらの貴族だ。


近付いてくるに従って、彼はシルヴィアたちに気付いた。

顔を上げる。眼鏡が、きらりとひかった。


ジェラルドは、全員を視線で薙ぎ払い、最終的にアルバートに目を止める。


待ちかねたようにその場で声を張った。




「休日に手間をおかけして申し訳ない。わたしはジェラルド・フォルツァ」




美声、というよりは、怜悧で論理的な印象の強い声だ。

「フェリックス藩王領を代表して参じた。早速だが、御曹司の元へご案内願いたい」


「お待ちしておりました」

気圧されるでもなく、アルバートは柔和に応じる。

「僕はアルバート・キルヒスです。ええと、それがですね」

アルバートは、言いにくそうに、言葉を続けようとした。ところが、


「ああ、藩王家のご子息方もおられましたか。ちょうどいい」

陽気な声が割って入る。

無精ひげの審問官だ。

シルヴィアたちに目を止め、軽い調子で尋ねた。


「お聞きしたいことがあります」

何があったのか、二人の客は、ひどく性急だ。

一見、落ち着き払って見える。しかし。



―――――もしかして、フェリックス領で民の総意が決されたのか。



だが、審問官がシルヴィアたちに投げかけたのは、予想もしない言葉だった。






「先日現れたあの方は、間違いなく、貴方がたの知る、テツ・フェリックス太子ですか?」






子供たちは揃って、顔を上げる。目を見合わせた。


言っている意味が分からない。

アルバートは笑顔だが、無言だ。タチアナは面食らうばかり。

意味は分からない。


が、全員にとって、なにやら聞き流せない質問だった。



気軽に口にするには、不吉で。


なにより、不遜な。



「いや、いきなり、失礼。フェリックス太子のニセモノがいるといいたいわけではないのですが」

審問官は、のんびり言葉を紡ぐ。



「フェリックス領で、実はとんでもないことが発覚しましてね」



その隣で、ジェラルドが厳しい表情のまま唇を引き結んだ。

ただ、シルヴィアたちの想いは全員、同じだったろう。





先日のこと以上にとんでもないことがあるのか?





彼等は、かえって冷静になった。

その耳に、無精ひげを撫でた審問官の声が明瞭に届く。











「どうもフェリックス太子は、一度、死んでいますね」


軽く口にするには、とんでもない内容だ。とはいえ。











審問官自身、それをどのように判断すればいいか分からない、と言いたげな口調だった。

なにせ、生きたテツを彼は見ている。


どれどころか、彼はテツがかけた禁術を解呪してのけたのだ。




本人と見るしかない。




にも関わらず。

審問官たちは、読み取った。


テツ・フェリックスの死を。



過去に。



何度確認しても、事象は彼等に同じことを告げてきた。

ばかりでなく―――――、




「でも! テツくんは、生きてた!」




シルヴィアが責めるように、怒りすらにじませる声で叫ぶ。

審問官は両手を上げて頷いた。

「その通りです」

彼の同意は、しらじらしくその場に響く。


怒りとも焦りともつかない感情に青冷めたシルヴィアは、低い声で告げた。




「私はゴネットだよ」


ゴネット藩王家は、闇と死に関わる能力が突出した血族だ。




その反動のように、医学・薬学にも精通している。

よって、命の現場で従事する者が多かった。

彼らが、ゴネットの死神と呼ばれるのは、侮蔑というより、半ば畏怖の心情からだ。


「ゴネットが、死の気配を見過ごすはずない」


普段おとなしい少女が、臆すことなく審問官をまっすぐ見上げた。

審問官は面食らったように、一拍沈黙する。


次いで、宥めるように微笑んだ。



それでいて、少しだけ安堵した声で尋ねる。




「心強い断言です、ゴネットのご令嬢。で、」




シルヴィアの跳ね除けるような語調の強さになど何の痛痒も覚えた様子もなく、審問官は同じ問いを繰り返した。

「間違いなく、彼はテツ・フェリックスでしたか?」


「どういうことだ」

低く尋ねたのは、コウガだ。

その声から珍しく気怠さが消えていたが、それに気付けたものはいない。

何から話せばいいのか、と審問官は空を仰ぐ。


彼の隣で、ジェラルドが明瞭な声で言った。





「あの日、使われた禁術は二つあったそうです」





また、想像だにしなかった言葉がきた。


アイシャは唖然と呟く。

「でも、禁術よ? 禁術って、そんなに何度も使えるものなの」


「使ったのは何も、フェリックス太子だけとは限りません」

審問官のこたえに、

「…混乱してきました…」

小さく呻いたのは、タチアナだ。


ジェラルドは淡々と言葉を紡ぐ。

「ひとつは、御曹司が組み上げた、時間凍結の禁術。もうひとつは」

刹那、彼はわずかに言い淀んだ。口にするのをためらうように。

いや。

…何か、未だ信じ難い、と言いたげに。


その言葉は、審問官が引き継いだ。








「―――――蘇生術。死者復活、即ち、よみがえりの禁術です」








「あり得ない!」


一度、強い声を上げたのは、アイシャだ。

「…といいたいところだけど」

彼女は額を押さえ、呻くように呟く。


「いつもながら、テツが関わったと聞けば笑い飛ばせないのはどうしてかしら」


現実味が薄そうな、子供向けの絵本の読み聞かせでも聞いているような顔で、タチアナが首を傾げた。




「…つまり、テツ・フェリックス太子は禁術を組み上げた後、死亡し、何者かがその彼を復活させたということですか? いえ、逆?」




「タチアナ先生が仰る順序の方が、道理が通るでしょうね」


アルバートは、いっとき、遠い目になる。

「…時間凍結の次は、蘇生術、ですか…」

すぐ、やさしげな赤茶の瞳に、疑念を浮かべた。

「だとして、誰が? その場に、フェリックス太子以外の何者かがいたということでしょう? それに…よみがえったというのに、別人かもしれない、とはどういうことです」

問いが重なるごとに、ジェラルドから次第に表情が消えていく。


審問官が、疑問は当然と言いたげに何度も頷いた。



「蘇生に関わったと思われる相手の特質のために、元来の性格に歪みが生じたか、あるいは別の魂を入れこまれたかもしれない、という…ちょっとした危惧が拭えないのです」









審問官の言葉を、もし仁が聞いていれば、頭を抱えたことだろう。


審問官は、事実に近い場所にいた。








アルバートは眼を見張る。


「…よみがえりの術を行ったというのは、何者です?」

とたん、ジェラルドが説明はもう終わり、と言いたげな切り口上で、冷ややかに促した。

「わたしはいち早く御曹司にお会いしたいのだが」

びくりとタチアナが身を竦ませた。アルバートは穏やかに頭を下げる。

「失礼しました」

真面目に謝罪した。


ジェラルドがテツを優先するのは当然だ。






「これ以上の問答は無駄です。わたしが会えば、御曹司が本物かニセモノかは、すぐわかりますよ」






聞く者が凍りつくような冷静な声で、彼は呟く。

自身に言い聞かせるようでもあった。


アイシャは白けた表情で言った。



「テツに会う方が、問題は増えると思うのだけれど? アイツは問題の発明家じゃない」



「慣れておりますので、それは問題ございません」

「…まあ、本物とは思いますが…」

疲れたように、審問官は首を横に振った。

「フェリックス太子の中身が、ということですよね? 確信があるのですか」

アルバートの問いに、はい、まぁ、と審問官は上の空で頷く。


「なにせ、もう一つの禁術―――――蘇生術と共に残っていたのは」

ごましお頭を掻いて、一瞬、重い声を出す。











「神人ヤトの気配なのですから」











その言葉の意味が、全員の意識の奥に浸透するまで、わずかの間があった。


「ヤト!?」


何人かの声が重なる。

アルバートは笑顔のまま目を細めた。

「審問官の判断なら、間違いないのでしょうが…」










神人ヤト。



この学園の素地を、気紛れで造った黒翼のマレビト。




混沌の創造者、破壊神。




今もどこかで生きながらえているのだろうが、伝承の域を出ない存在だ。










「ヤトが地上に現れた最後の記述が残っているのは、七百年も昔。その時地上は、混沌に呑まれましたが…」

神人が出現した、ともなれば。


不吉の兆しとしか思えない。


審問官は、深刻な顔で首を横に振った。






「何が始まろうとしているのかは、誰にもわかりません。ただ、フェリックス太子が、ヤトの寵愛を受けたのは事実でしょう。なので、」






「そこまでです」


審問官の言葉に、ジェラルドが厳しい声で割って入った。

眼鏡を押し上げ、アルバートを見遣る。



「御曹司は、どちらに」



最早有無を言わせぬジェラルドの声は、凍てついていると言っても過言でない。


にも関わらず、アルバートは平気で穏やかに微笑んだ。



「そうでした。実は、テツ・フェリックス太子は」



やさしげな声が続く。



















「脱走なさったようです」














テツはその場にいなくても騒動の種だ。







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