1-4
『Shall we dance?』ニラの紳士がダンディなスマイルで手を差し出している。
『Yes, I shall』レバーの淑女が頬を赤らめ、ときめき混じりの眼差しでその手を取った。
ホウレン草畑のド真ん中、そこに居合わせた赤肉の観衆の目は釘付けである。陽気なリズムで軽やかに朗らかに、ニラとレバーがオクラホマミキサーを踊っていた。
抜群のコンビネーションである。
芳烈なるニラの香りがこの上なく食欲をかきたて、艶めかしく光るレバーの媚肉に思わず生唾を飲む。
これはもう……辛抱たまらん!
焼肉のタレと塩胡椒を握りしめ、踊る二人に飛びかかる。
『Who are you!?』突然のことに声を荒げるニラの紳士。
しかし、そんな抗弁を聞く耳などない。
『せいや!』
『ぎゃふん!』
唾を飛ばして怒号をあげる紳士をデコピン一発でノックアウトすると、すぐ脇でわなわなと震えるレバーの彼女に塩胡椒と焼肉のタレをぶっかけた。
『いやあ~ん』
ぽってりとした柔肌が、てらてらと黒光りする調味液に汚されていく。
全てを吐き出して空っぽになったタレの容器を投げ捨て、男がおもむろに懐から箸を取り出した瞬間、レバーの表情が真っ青に染まった。
『ま、待って! それだけは……!』
ほうほうの体で後ずさるレバーだが、その動きは男の腕力によって容易く封じ込められた。
『待って、本当に待って!』
必死に切願するも叶わず、
『いやあああああああ!!』
男のチョップスティックスが、焼肉のタレで濡れそぼったレバーの肉体を貫いた!
「……っていう夢を見たんです」
風馬の部屋で気絶してから三十分ほど、金糸雀小唄が目を覚ましたのは外村スズメさんが住まう寮監室の布団の中だった。
「それは間違いなく鉄分不足ね」
「でしょう? 僕、今日は絶対レバニラ食べようと思って」
その眠りの中で見た夢があまりにもあんまりだったため、ついついすぐそばにいたスズメさんに話してしまって今に至る。どうせだからお茶くらいはと勧められるままに机へと促され、すっかり落ち着いてしまっている有様だ。
「すっかり主夫ね」
クスリと微笑をこぼして、スズメさんがコーヒーをすすった。
「そんな大したことありませんよ。レシピなんてネット上にあふれかえってますし、材料さえあれば誰だってできますよ」
言いつつ、バタークッキーを一つ頬張る。実に品のいい甘さが口に広がった。
畳の床に和灯篭のインテリア、いつも和服姿のスズメさんらしい純和風の室内で、コーヒーと洋菓子をいただくというのもなかなか乙なものである。
「ということは、今日は家かしら? 一応、こっちで食べていってもらっても大丈夫だけれど」
「はい。今は冷蔵庫の中も充実してますし、家で済ませるつもりです。丁度レバニラの食材も揃ってるんで」
「そう、わかったわ」
一つ頷いて、スズメさんはふと目線を動かした。視線の先には特に何かがあるわけではない。白い壁が立ちはだかるのみである。じーっとそこを眺めること数秒――ああ、そういえば自宅がある方角がそっちだな――と、小唄が思い当たったのとほぼ同時、
「うん。今日はその方がいいかもしれないわね」
何事かを確信したかのように呟いて、スズメさんは再び視線を小唄へと巻き戻した。
「じゃあ、そろそろ出る?」
お互いのコーヒーも無くなる頃合だ。小唄は最後の一口を飲み干すと、「そうですね」と首肯した。