ドライアイス、危機一髪
本話から展開が進みます。
時系列的にはプロローグの数日後、11月半ばくらいです。
「は〜…」
HR終了後、廊下を歩きながら思わずため息が出る。
なんだか最近妙に疲れる。まぁ原因ははっきりしてるんだけど。
ここのところ毎日、熱海くんが昼休みに猛攻撃を仕掛けてくるせいだ。
今までは読書したり、前後の授業の予習復習したりして、有意義な時間を過ごしてたのに!
成績下がったらどうしてくれるの!私にはこれしかないんだからね!
今眼前にいない相手に脳内で苛立ちをぶつけながら歩き、階段にさしかかった時ーー
ブォンッ!!
一瞬何が起きたのか分からなかった私は、3秒間ほど呆けてから我に返った。
どうやら音の正体は飛んできた箒のようだ。
「あ、わりぃわりぃ〜」
「当たんなかったか?あ、ドライアイスなら大丈夫か、固いもんな〜」
「お前、それはないだろ〜」
おい、ないだろ〜とか言いつつお前も笑ってるだろう。
怒りを通り越して呆れた私が、箒の飛んできた上方の階段を見上げると、そこには再びちゃんばらごっこに興じる阿呆の男子どもと、それを気にしながら1人ではき掃除をする女子。
と、男子の片方が振り回した箒が、女子の集めたゴミを盛大に散らかした。
「……っ!」
息を飲んだのは彼女も私も同時だろう。
これはひどい。
高2にもなって掃除中にちゃんばらごっこをするのもどうかと思うが、真面目に掃除している人の足を引っ張るなど、言語道断だ。
とはいえ、さっきの口調からすると、私が注意をしたところで効き目はなさそうである。
こいつらからは顰蹙を買うだろうが、ここは教師を呼んだ方がよさそうだ。
そう思って踵を返した時ーー
「お前ら!何やってんだよ!」
最近不本意ながらも聞き慣れてしまった声が、上の方から降ってきた。
**********
「全く〜、お前らはどこの中学生だ!」
先ほど男子2人に対峙し、熱海くんが若干呆れた口調で注意する。
ええ、全くもってその通りです、熱海くん。今だけはあなたに賛同しますよ。今だけは、ですが。
「一歩間違えたら大事になるかもしれなかったんだぞ?分かってるのか?!」
「な、なんでお前にそんな説教されなきゃなんねぇんだよ?!」
きつい口調で責める熱海くんに、男子の1人が口を開いた。
おい、もうちょっとましな口答えは出来ないのか、それじゃまるで…
「そうか、俺じゃなくて先生に説教されたいんだな?」
ナイスです!熱海くん!私は心の中で盛大な拍手を送った。
口答えした男子が「うっ…」とつまる。
「折角俺が内密に処理しようとしたんだけど、迷惑だったか?
あ、もしかして授業中に居眠りしてるの注意してたのも迷惑だったとか?
ごっめん気づかなくて〜今度からはそっとしとくから!」
「いや、それは、その、別に迷惑じゃないって言うか…」
「じゃあ、今さっきの注意も別に迷惑じゃないはずだよな?」
「う……ごめん」
「俺じゃなくて彼女たちに謝んなきゃいけないだろ?ほら!」
熱海くんに諭された男子がこちらを向いて謝った。
「…悪かった。今後気をつける。」
「掃除も、ちゃんとする…」
「別に怪我したわけじゃないし、大丈夫だったので、以降掃除中にふざけないようにしてもらえれば十分です。」と私。
掃除当番の女子も、「今日の分の掃除やってくれればいいよ。」と謝罪を受け入れた。
「じゃあほら、折角女子が許してくれたんだから2人ともしっかり掃除して!
あとこれからも居眠りは注意してやるから!」
「マジで?!よかった〜俺お前がいなかったらほとんどの授業立って聞かなきゃいけねぇからさ〜」
「お前席替えして俺から席離れたらやっていけんのかよ?」
「やべぇ!考えてなかった!」
何がどうしてこうなったのか、いつの間にやらコントのような展開になっている。
私は隣で可笑しそうにしている掃除当番の女子に尋ねた。
「あの、5組の男子って、いつもこんな感じなんですか?」
「うん、熱海くんはムードメーカーなんだけど、しっかりしててね。なんだかんだ頼られてるの。」
「へぇ〜、そうなんですか…」
少し感心した私を見て、彼女はふふっと笑って言った。
「ねぇ、もしかしなくても、1組の氷室さんでしょ!」
「え?!どうしてですか?!」
「その敬語!同じ学年相手にそんなしゃべり方してるの、他にいないよ!」
「でも同学年とはいえしゃべったことない人に突然タメ口は馴れ馴れしすぎるかと思いまして…」
「やだ!氷室さんて気にしぃなのね!そんなの心配しなくていいのに〜」
そういうものなのだろうか。
いまいち納得できないな、と思いながら彼女を見ると、いたずらっぽく笑った目と視線がぶつかった。
「私、5組の笹田実保っていうの。」
「ささだ…みほさん、ですか」
「もう!お互い名前も知ったしこうしてしゃべってるんだから、敬語は無し!」
「あ、は…うん」
とっさにはい、と言いかけて、慌てて言い直す。
そんな私を見て、笹田さんはまたふふっと笑って、こう言った。
「なんか、熱海くんが好きになったの、分かる気がするな〜」
え?!
熱海くんが私を好きになった理由、それは、いわばこの2ヶ月に及ぶ私達の攻防の元凶である!
それが、今の彼女との会話に隠されているというのか?!
どれ?!どの言葉だ?!
私は必死に直前の会話を反芻したが、それらしい答えは見当たらない。
そんな私に、「でも正解は本人に聞かないと分からないよ〜」と笑いながら言い残し、笹田さんは去って行ってしまった。
聞く?直接本人に?
私はちらりと熱海くんの方を見やった。彼はまだ例の男子たちと会話している。
とりあえず今は無理そうだ。それにもう少し自分で考えてみてもいいだろう。
そう判断して、私はその場を後にした。
**********
そしてその夜、私は布団の中で自分が他人から好かれる要素について考えてみたのだが、残念ながらこれっぽっちも思い浮かばない。
そしてふと、階段掃除の一件をきれいにまとめた熱海くんの姿を思い出した。
あの切り返しはなかなかよかったなぁ、なんてことを考えていたら、はたと重要なことに気づいた。
私、熱海くんにお礼言ってなかった!!
笹田さんGJ!
そしてちゃんばら男子どもも結果的にはGJ!
という感じのお話です。
自分が高校生だったのがもう結構前のことなので、こんなアホっぽい男子高校生なんているのか?!と書きながら自分でツッコんでしまいました(笑)
次は熱海視点の予定です。
2人の関係に変化は起きるのか…
ここまで読んで下さりありがとうございました!