ドライアイスの主張
本編一話目。
ドライアイスこと氷室涼香の言い分です。
共感できそうになくても大目に見て下さい!
私はある私立高校の2年1組に在籍している、名前は氷室涼香という。
進学校としてそこそこの知名度のある我が校だが、私はテストのたびに貼り出されるの成績順位表で、毎回10位以内には入っている。
…つまり、頭はまあいい方である。
といっても、私としてはこれが自慢できることだとはあまり思っていない。
なぜなら、私はペーパーテストの点数はとれる代わりに、体育や技術といった実技試験ではからっきしダメだからだ。
私にしてみれば、少々テストでいい点が取れるよりも、せめて他の生徒と同じくらいの運動神経があって体育を楽しめる方が、実りある学校生活だと思う。
しかしそう愚痴ったところで自分の運動のセンスが改善されるはずもなく、(いや、一応体力作りの努力はしたのだが、センスまでは磨けなかった…)ならば自分にできることをするまでだ、と考え、筋肉の使い方など全く不要な机上の勉強に励んだのである。
その結果があの成績順位なのだから、長所というよりも短所の補填ということで、±0と評価するのが妥当だろう。
そして、こんな思考回路が顔に出てしまっているのか常に無表情(むしろ不機嫌と言われることもある)なことが、客観的な数値でたたき出された成績順位とあいまって、私は周りから「ドライアイス」と呼ばれている。
もちろんイジメなどではないし、面と向かって言われたこともないのだが、他人の陰口というのは案外耳に入りやすいものなのである。
そんな評価をされているが、私は別に気にしてなどいない。
自分は自分である、今の自分が現状で何の実害も受けていないのだからいいじゃないか、と。
確かに友人ができないというデメリットはあるが、もともと他人に合わすのが苦手で、ガールズトークなどというものも私には愚痴の披露大会に思えて苦痛でしかない。
そもそも私は生産性のないことは嫌いなのだ。
不安や不満を言い合って、(多少すっきりはするかもしれないが)何の解決策も示されずにお開きになるおしゃべりなど、不毛としか言いようがない。あくまで私にとっては、だが。
そう、私は非生産的なものに興味はないのである。
大事なことなので2回言っておこう。
そんな私の淡々としたしかし順調な日々に大波乱を呼び起こしたのが、5組の熱海暄太である。
熱海くんは、あらゆる面において私と正反対の人だ。
まず、常にテンションが高い。言動にいちいち「!」がついている感じだ。
小学校の体育でさせられた意味不明なかけ声を連想させる。
当時も、「なんで立ち上がるたびに、ヤァ!とか言わなくちゃいけないんだ。」と、小さいながらに不満に思っていたのだが、それを日常生活で実践しているような人がいるとは。まさに未知との遭遇である。
あと、常に笑っている。何がそんなに可笑しいのかと思う内容にもケラケラと楽しそうに笑っている。
本当に面白がっているのならいいのだが、私は大して面白くもない話題にお世辞で笑いを提供するのは無駄だと思っているので、この点でも彼はよく分からない存在である。
それからお節介というのも追加しておこう。
私は必要と感じない限り極力人と関わらないようにしているが、彼は他人に声をかけまくるタイプだ。
遅刻してきたクラスメートの寝癖だとか、隣の席の生徒の居眠りだとか。
注意してあげていると考えれば親切なのだろうが、笑いに変えていることからするとからかいも混じっているのだろう。
ちなみに、頭は悪くはないが中くらいだ(と思われる)。
別に他人の成績をチェックしているわけではないから、誤解しないでほしい。
私の学校は進学校なだけあって、高2から文理と成績順位によってクラス編成が行われる。
文系は1〜3組、理系は4〜6組でそれぞれ成績の上中下でクラス分けされるのだ。
さらにちなみに、文理でクラスの階も異なっており、文系は2階、理系は3階に教室がある。
つまり、5組に在籍している熱海は理系の成績中位者ということになるのだ。
と、いうわけで、熱海と私は性格から行動から真逆の方向にいる者同士。
むしろ、私が意味不明とか無駄とか感じるようなことを、彼は率先してやっているのだから、永久にわかり合えそうもない者同士といった方が的確かもしれない。
そんな熱海が私に接触してくるようになったのは、2ヶ月前の9月半ば、夏休みが明けて2週間ほど経った頃だ。
「なあ、氷室涼香ってこのクラスだよな?今いる?」
HRが終わってさあ帰ろうかと準備をしていたとき、教室の後方のドアから声が聞こえた。
一瞬教室の空気が固まった後、ドアの近くにいた男子が反応した。
「え、ドライアイスに用があるのか?」
ちょっとそこ、聞こえてますよ。
突然のことで本音が出てしまうのは分かりますが、陰口は陰で言って下さい。
「ドライアイス?」
「え?!あぁ!いや!何でも無い!氷室さんなら向こうにいるよ!」
怪訝な顔をした熱海くんに、男子は慌てて私の方を振り返った。
君、誤魔化すんならもうちょっと上手くやろうよ。
私は脳内でうっかり口の滑った男子にツッコミを入れてから、熱海くんの方へ目を向けた。
「あぁ、よかった。話があるんだけど、今ちょっといいかな?」
目を向けた先の熱海くんは笑顔でこちらを見ていて、正直少し驚いた。
クラスメートと会話らしい会話もしない私には、全校集会やクラス合同授業くらいでしか顔を合わさない彼が、私に言葉どころか笑みを向けてくることの意味が理解できない。
「氷室さん?」
話しかけたのに無言のままの私に、熱海くんが不思議そうな顔して呼びかけた。
いけない、ちょっと想定外の事態に思考がフリーズしてたわ。
「あ、すみません。少しなら大丈夫ですが、私に何の用でしょうか。」
「ありがとう!じゃあちょっと場所を移動しようか?そこで話すよ。」
特に断る理由もなかった私が軽く承諾すると、彼はご褒美を貰えた犬のような笑顔を見せてそう言った。
なぜそんな嬉しそうな顔をするのだろうか。私は普通にこの学校の生徒で、ゲームのレアキャラでも何でもないのに。
もしかして普通だと思っているのは私だけで、周りからは会話も不可能な珍獣とでも思われてたのだろうか。
熱海くんの表情に若干混乱した私が突っ立ったままでいると、彼が私の方へ向かってきた。
「ほら、行こう。」
「え?えぇ?!ちょっ!」
いきなり腕を掴まれた私は、帰宅準備の済んでいた鞄を何とか手にすると、熱海くんに引きずられるような形で教室を後にした。
**********
連れて行かれた場所は、校舎の最上階にある屋上の入口だった。屋上は普段施錠されていて生徒は入れない。本当なら最上階も臨時に使う教室しかないから立ち入り禁止なのだが、最上階への階段にポールが立っているだけなので、見つかって説教というリスクを冒せば上がることは可能である。
しかしわざわざこんな所まで来ての話とは何なのだろうか。脅されるようなネタもないしな…
「氷室さん」
「はい」
少し真剣な表情で呼びかけられ、私ははたと思った。
もしかしたら、何か相談ごとかもしれない。
親しく話をする友人には打ち明けづらいので、ほぼ面識のない私のところへ来たのかも。
私だってドライアイスと呼ばれはしているけれど、鬼畜冷酷な訳ではないのだ。
相談を持ちかけられれば無下に断るようなことはしない。
まぁ、現状では悩みを打ち明けてくれるような人がいないから証明などできないのだけど…
とりあえず、できるだけ力にはなるつもりだから、どんとこい!
「俺、氷室さんのこと好きだ。」
「…は?」
「え?!聞こえなかった?!ちょ、これもう1回言うのめっちゃ恥ずかしいんだけど!」
想定外の発言に間抜けな反応を返してしまった私に対し、熱海くんは赤い顔をしてわたわたしている。
「だから、俺、氷室さんのこと好きなので、付き合ってほしいです!」
熱海くんは恥ずかしがりながらも言い直した。
なぜか丁寧語に言い換えて。
え?好き?熱海くんが私を?
そんでもって付き合う?私と熱海くんが?
脳内整理に一瞬を費やしてから、私は確認の為の質問をした。
「私、熱海くんと話したことすらないと思うんですが…」
「うん。でも見かけたことはあるよ!」
「見かけたくらいで人を好きになりますか?」
もしそうなら大変なチャラ男ではなかろうか。
「話してるのも見たし!」
ムムム?それはおかしな話だ。
だって私は、事務的なこと以外、学校内でほとんど誰とも会話をしないからだ。
これはからかわれている可能性が高いな。
少し掘り下げておく必要がありそうだ。
「熱海くんは私と付き合って、どういうことをしたいのでしょうか?」
「え?!」
真意を追究すべく、私が質問すると、熱海くんは驚きの表情を浮かべた後、再び真っ赤になった。いや、さっきより赤いかもしれない。
なぜそうなるのか、首をひねりつつも、私は自分の考えを披露してみた。
「私、そういう経験が全くないのではっきりとはわからないんですが、世間一般では、一緒に出かけたり互いの家に行ったり、2人でいる時間を積極的にとるのが、付き合うっていうことなんですよね?
申し訳ないですが、私は他人と時間を共有するのは嫌なので、熱海くんがそういう内容をお考えなら、お申し出はお断りさせていただきます。」
どうだ、恋愛する気なんて、私にはこれっぽっちも無いのだ。
偽の告白なら、こんな扱いづらい人間はからかう価値もないと諦めるだろう。
言い終わった私は相手の反応を待ったが、熱海くんは何やら考え込んでいる様子で、無言のままだ。
まだからかえるポイントでも探しているのだろうか。
しかし、その後しばらく待ったが、動きはない。
いい加減しびれを切らし、話を切り上げようとした時ーー
「氷室さんは、どうして他人と一緒にいるのが好きじゃないの?」
諦めるという返事を期待していたのだが、質問で返されてしまった。
もしかしたら本気なのだろうか。
とすると、告白する方も断られる理由をはっきりさせておきたいという心情なのかもしれない。
本当にからかっている訳ではないのか?
若干混乱しつつも、私は聞かれたことに答えるべく口を開いた。
「他人と一緒にいると、どうしたってその人に合わせなきゃいけないことが出てくるでしょう。
それってすごく疲れるじゃないですか。
そんな疲弊する時間を過ごすくらいなら、家で1人で本を読んでいた方が知識も得られて生産的だというのが私の考えです。
他人と過ごすために自分の時間を犠牲にするような無駄なことはしたくありません。」
熱海くんは、私の話をふんふんと頷きながら聞いていた。
どうやら告白は本気だったようで、さらに私の断りの理由も理解してくれたようだ。
じゃあこれで話は終わりと言うことで、と再び切り上げようとした時、熱海くんはにっこり笑って言った。
「じゃあ俺が生産的な時間を提供できれば、氷室さんに断る理由はなくなるよね?」
え?そうくる?!
面食らった私はとっさの受け答えができなかった。
「精一杯努力するから。よろしくね、涼香ちゃん?」
「な?!」
名前呼びだと?!
付き合っていないどころか友人でもない男子から馴れ馴れしく呼ばれる筋合いなどない!
「名前で呼ばないで下さい!
それから私が生産的と思えるような時間をあなたが提供できるとは思えません!
失礼します!」
衝動に任せて言い切ると、私は熱海くんから一刻も早く離れるべく、足早に階段へ向かった。
後ろから、「できるかどうかはやってみないと分からないよ〜」という熱海くんの笑いを含んだ声が聞こえてきたが、それは無視した。
**********
家に着いて少し冷静になったところで、妙にのどが渇いていることに気づく。
思えば今日は普段より人と会話したし、大声も出した。
声の出し過ぎでのどが渇くなんて初体験だ。
したくもない経験をしてしまったと脱力して、その日私はいつもより早めに布団に入った。
明日からは静かに過ごせることを願ってーー
だが、翌日から熱海くんの接触は日ごとに強烈になっていき、今では他クラスであるにも関わらず毎日昼休みになると必ず私のところにやって来る。
そんなこんなで毎日飽きもせず攻防戦を繰り広げる私たちを、最初は迷惑そうに見ていたクラスメートたちだったが、最近では視線に生温かいものが感じられる気がする。
気のせいであって欲しいと切に願っているのだが、真相は今のところ不明である。
ドライアイスとは呼ばれてますが、脳内ツッコミはまめに行う涼香です。
ちょっとキャラ設定にブレがあるような気がするけど、そこは主観と客観の違いということで許して下さい(汗)
次回は熱海暄太視点でお送りします。
ここまで読んで下さりありがとうございました!