12月28日②
ふぅ…。だいぶ治まりました。すいません。すいません。
ところで一つ思い出したことがありまして。…違いますよ。あの時のことではありません。そんなに身を乗り出しなさんな。へへへ。また小学校の頃の話になるんですが…ダンゴムシゲームってもんがありましてね。ゲームというか、まあ、いじめなんですが。そのゲームの内容はですね、大量のダンゴムシが入った虫籠に…何匹入ってたかな?分かりませんが、その虫籠に手を突っ込むんです。で、ある一定の数のダンゴムシが肩まで登りきれば、その日の僕のいじめは免除されるってかんじです。這い回るんです。おびただしい数の足がカサカサ、モゾモゾ。指先を。肘を肩を首を体を。
へへへ、へへ。僕は、何故でしょうね、つらい時、ダンゴムシを思い出すんです。全身を蹂躙するダンゴムシ。
ああ、すいません。話を戻します。何処まで…そうでした。高校。まあさっき話したみたいに高校時代は良いことがありませんでした。それでも歯を食いしばり、勉学に励み、何とか、大学に入れました。幸いな話です。
大学は…良いところでした。僕がクラブ、サークルの類いに入っていなかったからです。へへ、煩わしい人間関係に悩まされずにすむでしょう。僕の人生で二番目に幸せだった時期かもしれません。一番は…へへ、後で話しますよ。へへへ。大学の話はここまでです。平和な幸せってあんまり話せないもんですね。
へへ、実はですね。あんまり話したくないんですよ、ここから。でも、話さないとあの子の話に繋がりませんもんね。
大学自体はそれなりのブランドがありましたから、それのおかげで大手ではありませんが入社できました。今でも信じられません。会社は都内でした。へへ。やっと実家を出られたんです。その時の喜び、皆さんには分からないだろうなあ。……今、ですか?実家は今どうしているのかな?すいません。父も年だし、誰かが養わないといけないですよね。僕は家を出てから一回たりとも顔を合わせてませんし。へへ、皆目見当もつきません。なんとか暮らしているんでは?へへへ。…………すいません。すいません。すいません。怒らないで下さいな。怖い怖い。
それで実家を離れたらですね、急激に食生活が乱れまして。そういう意味じゃ実家っていうのはありがたいもんです。で、その結果、どんどん太ってしまいましたよ。今の僕からは信じられない程です。
その時ぐらいからですかね。OL達が僕に対して冷たい態度を露骨にとりだしたのは。僕は会社でも人とコミュニケーションをとることを極力避けていましたし、特に太りはじめましたから、彼女らは気持ち悪いと思ったのでしょうね。僕が離れていると小さな声でボソボソ話すんです。社内は騒がしいのにあのボソボソは聞こえるんですよね。不思議な話です。…実際に言われたこと?ありません。でも、それが嫌なところです。表面的な笑顔の下にドス黒いものを持っているんです。何気なく話しかける彼女らの瞳は軽蔑によって鈍く冷たく光るんです。恐ろしい。本当に恐ろしい。
へへ。でもそんな環境でも生活の為に頑張れるもんでして、気がつけば30になってました。頭はこのとおり、若いのに後退してきましたよ。社内でストレスがたまって、毛が抜けて、毛が抜けるから余計に社内で陰の話題にされ…。恐ろしい循環でしょう?ハゲ・スパイラルとでも呼びましょうか。へへ。あれ?笑いどこですよ、ここ。しかし、そんなもんなんかよりデフレ・スパイラルの方が恐ろしいもんでして。とうとう不況の荒波ってやつが僕を飲み込みました。解雇ですよ、解雇。へへへ。笑えませんよね。へへ。でも笑っちまうんです。
貯金もあんまりしてこなかったし、すぐ家を追い出されました。残ったのはスキルなし金なし友達なしのハゲですよ。でも僕だけが悪いんでしょうかね?あの会社に責任は?OL達には?へへ、僕には分かりません。
最終的には橋の下に住みました。それでも実家には帰りたいとは思わなかったんだから不思議です。日本は豊かな国です。僕のごはんはゴミ箱にあるんですよ。へへ。でも、やっぱり死んじまいたいなあって思うことは何度もありまして。そんなとき家の、まあ、当時の『家』ですがね、家の近くの雑木林の岩をひっくり返すんです。するといるんです。ダンゴムシが。コロコロと転がり這い回り。それを暫く見たあと、もとに戻します。何がしたいのか?分かりません。僕だって。でも、体に登ってないことを確認したかったのかも。へへ。
しかし、それでも限界ってやつが近付いてしまってね。ある日の午後、橋の欄干から身を乗り出していたんですよ。落ちてしまおうか。絶望に沈んでいたその時、「危ない!危ないですよ!」そんな声が聞こえて、振り返って、そして、初めて、あの子と、『天使』と会ったんだ。