死人の掲示板
世の中には、どうした事か、物好きが集まる場所がある。その掲示板も、そんなうちの一つだった。
死人の掲示板。
その掲示板は、そう呼ばれている。
もちろん、死人は掲示板に書き込みなどできない。書き込みをしているのは、ちゃんと生きている奴だ。ただし、自分は死んだという設定で書き込みをするのだが。つまり、そこは、死人の振りをして書き込みをするという、そういう趣向の掲示板なのだ。
初めは普通の掲示板だったらしいのだが、誰かが悪ふざけをし始め、それに便乗する人間が複数現れた事で、いつの間にか、そんな掲示板になってしまったらしい。
僕はちょっと前から、その掲示板を利用し始めた。“自分が既に死でいる”という設定で、色々書くのは、非日常的な感覚が味わえて、思ったよりも楽しかった。僕は死んで幽霊になった自分という設定で、てきとーに書き込みをしていたのだ。そんなつもりはなかったのだけど、幽霊になったら、世の中はこういう風に見えるのじゃないかと想像して書いたから、半ば小説風な仕上がりになっていた。
他の人間の書き込みを読んでみても、色々あって面白かった。死ぬその瞬間をリアルに描写するという趣味の悪いものから、家族や友人が悲しんで泣いているのを見て、人生に感謝する、といった感動的なものまである。
その掲示板を利用するうちに、僕に友人ができた。しかも、ネカマじゃなければ女の子だ。当然、僕は浮足立った。ところが、そんな時に、僕はリアルの友人から、こんな警告を受けてしまったのだ。
「気を付けろよ、あの掲示板、詐欺があるって噂だぞ」
「詐欺?」
「出会い系みたいなもんだよ。誘って呼び出して金を取るってヤツな」
僕はその警告に気を悪くした。僕を本当に心配しているのなら良いが、明らかにそいつは嫉妬しているように思えたからだ。
「そんなの何処にでもある噂だろう? あの子は違うよ」
と、僕はそう言い返した。
ただ、その時はそう思ったのだけど、時間が経てば経つほど不安になって来る。
僕が知り合ったその子は、リストカットで自殺したという設定になっていた。そういう設定だからなのか、その子は寂しがり屋っぽく振る舞っていたけど、それは演技ではなく、実際の性格も、それと同じく寂しがり屋のように僕には思えていた。
けど、
それはもしかしたら、男を引っ掛ける為の演技なのかもしれない。そういう態度に騙される男は多いのじゃないだろうか?
そして、そんな不安を抱いている頃、その子は実際に会わないかと僕を誘って来たのだった。
期待と不安。
危険だとは思いながらも、僕はその誘いを受けてしまった。いや、自己弁護をする訳じゃないけど、こういう誘惑に勝てる男は、珍しいのじゃないか? 遠目から眺めて、罠っぽかったらそこで逃げれば良いなんて、そんな甘い考えも頭の中にはあった。
約束の日。僕はやっぱり、待ち合わせ場所に出かけてしまった。時刻は夜の九時で、そこは人気のない裏通り。林の傍。ちょっと普通じゃない。怪しいとは思ったけど、もし騙すつもりだったら、もっと当たり前の場所を選ぶだろうと判断して行く事にした。
一応、警戒して少し離れた場所で、そこを監視していた。すると、約束の時間辺りに、女の子がやって来るのが見えた。そこから見る限りでは、可愛い子に思えた。
これは、信用してもいいかもしれない。
そう考えると、僕は近づいて行った。
ただし、その時に普通ではない違和感のようなものも感じはしたのだけど。何か、変な気がしたんだ。
近づいて来た僕を見ると、彼女は嬉しそうに笑って頭を下げた。人気のない道だから、僕だと簡単に分かったのだろう。
「初めまして」と僕が言うと、その子も「初めまして」と返して来る。それから、その子は少しはにかみながら、「じゃ、遊びに行きましょうか」と、そう言った。
僕は内心の興奮を抑えながら静かに歩く。しばらくしてから口を開いた。
「実は、あの掲示板には詐欺があるって言っていた奴がいたんだよ。もちろん僕は、君を信用していたけどさ」
それを聞くとその子は「詐欺?」と、そう不思議そうな声を上げた。
「そう。騙して、金を巻き上げようっての」
僕がそう答えると、その子は少し考えてから、こう言う。
「詐欺って訳じゃないですけど、わたしは嘘をついています」
「え? 何?」
「実はわたし、リストカットで自殺したって事にしていますけど、本当は、単に交通事故で死んだんです。その方が、受けが良いかと思って、自殺って事にしていますけど」
そう言いながら、彼女は自分の両手の手首を僕に見せて来た。綺麗な手首で、どこにも切り傷なんかない。もっともそれは当たり前だ。“死んだ”というのは、単なる設定に過ぎないのだから。
「ああ… そぅ」
僕はその言葉に、当然、戸惑った。何を言っているのだろう? とそう思う。ちょっと変わっているかも。
そんなところで気が付いた。
暗闇の中なのに、彼女が妙にはっきりと見える事に。さっき感じた違和感は、それだったんだ。その瞬間、彼女が街灯の下を通った。明かりに照らされれば、その姿がより明確に見えるはずだった。しかし、驚いた事に、光に当たると、むしろ逆に、彼女の姿は見えなくなってしまったのだった。そして、光から出るとまたその姿が見える。
僕はそこで歩みを止めた。
なに、これ?
すると、それに反応して、彼女が振り返った。そして、暗闇の先を指差しながらこう言う。
「もぅ、何をしているんですか? 後少しで、わたしのお墓なのに」
よく観ると、彼女の指差す先には、墓が並んでいた。僕が動けないでいると、彼女は更にこう続けた。
「あぁ、そうだ。実はわたし、まだ嘘をついていたんです。ほら、あの掲示板って死んだ振りをするって事になっていたじゃないですか? でも、わたしは本当に、死んでいるですよ。
……もしかしたら、これも詐欺になりますかね?」




