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乙女と恋と愛と Ⅲ

SIDE:エラ




「ねーねーリオお姉ちゃん遊ぼー!ケガの人、今いないんでしょー?」


「そーだよ!姉ちゃんヒマだろ!オレあれがいい!こないだ姉ちゃんが教えてくれたダルマが転ぶやつ!」


「あたちお絵かきちたい…」



修道服のスカートを引っ張ってアピールするエリクたち三兄妹の後にも、何人か小さい子がくっついている。

シスター・エイプリルは、子供たちに引きずられていくリオの後姿を、慈愛の眼差しで見つめていた。




「何よ……どこもかしこも、リオばっかり……」



あの娘が来る前はあたしが遊んであげていた子達も


みんなのお母さんであるシスター・エイプリルも


大好きなアルも、みんなして。



「あんな娘…こなきゃよかったのに…」



そしたら、今子供たちにせがまれてるのも、シスターの目に映るのもあたしだったはずなのに!


あたしだって、癒しの力があれば、シスターになれた。

あの娘みたいに綺麗になれた。

あの娘みたいにみんなに好かれた。



あと3年…ううん、2年もしたら、あたしは孤児院ここを出て仕事先や嫁ぎ先を考えないといけなくなる。

アルは16歳で騎士と認められる前、候補生の14歳のときから、訓練のためここを出て行った。

あたしは女だから、仕事先や住む場所が見つからなくても、どこかにお嫁に行くという手段がある。

時間はあと少ししかない。


アルだってもうすぐ20歳。

いつ結婚するかわからない。

あたしが16歳になる頃、アルベルトは21歳。

その頃には、充分似合いの年回りだ。



アルに相手にされてないことはわかってる。

でも、他のどんな女の子より結局はあたしを優先してくれた。

あたしがどんなに他の女の邪魔しても、アルはちょっと怒るだけで、いつだってすぐにあたしを許してくれた。

困ったことからも、危険なことからも、ずっと、あたしを守ってくれた。



兄貴分として面倒みなきゃいけないからって、誰に言われなくたって痛いほど知ってる。

知ってたから、今好きになってくれなくたって、結婚してくれさえすれば、アルはあたしのものになるんじゃないかって思った。



特別がいなかったから。

アルの特別さえいなければ、このままでもいい。



あたしより上がいなければ


あたしのものになってくれれば


いつか好きになって、あたしを特別にしてくれたら………それで、よかったのに……





誰にもわからなくたって、あたしには、ずっと見てたからわかるんだよ。



「アル……」



そんな顔して、あの娘を見ないで――――






「ユリアン!?うそっユリアン!!!!」



狭い路地に、同い年の男の子にしては小柄な身体が横たわる。

あたしはリオの腕を掴んだまま、あたしの前に立ちふさがる男に背を向けて、倒れたユリアンを呼んだ。

するとあたしが無防備に背を向けている相手は、楽々とあたしの手を引き離し、あっさりリオを奪った。



「やっ!何するのよ!」


「お前に用はねーよ。一緒に売っ払っちまってもいいが…どうする?」



息を呑むあたしを通り越して、男はあたしの後ろ――――ユリアンを殴った男に話しかけた。



「別にいらねーだろ。荷物が増えたらこっちの足が遅くなる。まだ昼だしな。夜だったら適当にその辺の奴に売っちまえばいいけど」


「だな。嬢ちゃんラッキーだぜ」



男たちはあたしのことなんか眼中になかった。

身体は正直で、その言葉に安心したあたしの胸の中、冷水を浴びたようだった胃が、少しだけ熱を取りもどす。

心臓は相変わらず早鐘を打っていて、下卑た笑い声がとても怖かった。

あたしは心の中で、何度もアルの名前を呼んだ。



「服はみすぼらしいがこの肌…間違いねえ。まるで貴族みてーな柔らかさだぜ」



男の手がリオの首元から侵入し、あたしはそれ以上はとても見ていられないと思うのに、目が離せなかった。



「はあ?お前貴族なんかヤったことあんのかよ。っつーか行くぞ」


「昔盗賊だったときにな」


「今も似たよーなもんだろーが」


「まあな。だがそんときまわってきた使い古しの貴族の娘なんか、めじゃねーよ。吸いついてくるぜ」



見たところ二人とも下級の冒険者か、本人の言うように盗賊じみた雰囲気の男たち。

リオを捕らえている男の黒くて汚らしい手が、服の中で綺麗なリオの肌をいやらしくまさぐっているのがとてもおぞましく、不愉快で、不釣合いだった。


身じろぎするけど、身を捩るとさえ言い難い抵抗しか出来ていないリオの顔が、まともに見れない。



怖い。

嫌だ。

何でこうなるの?

ユリアン起きてよ!

アル助けて!

…リオ



あたしは声にならない声を飲み込んで、大きく息を吸った。



「っぁ………っリ、オっ!…リオに、触らないで!!!!」



たったこれだけのことを言うのに、あたしは肩で息してる。

いつも、エリクやユリアンを怒鳴りつけるときなんて、全然息はきれないのに。

とにかく男たちを止めさせたくて、あたしは震える手足を知らん振りして精一杯睨みつける。

それなのに、男たちの足は止まることなく歩き続ける。



「…っちょっと!!」


「っぶふっ」



追いかけて呼び止めると、リオを連れている男の方が止まった。

肩を震わせて、こっちを見る。



「っくくくくっ!!もーだめだ!っははははは!!こいつぁっおかしいっ!!昨日酒場でやった腹芸よか受けたぜっ」


「っふ」



隣を歩いていた男も、立ち止まって笑いを堪えているようだった。



馬鹿を見るような目で見て笑っているのは、真剣に目を剥く、あたし………?




「っはははは!さわらないでー!だとよ。てめーのせいだってのになっはははっ!!!」


「!!?」


「くくっ笑いすぎだ。しゃんとしろ。で、さっさと行くぞ。長居は無用だ」



もうひとりに促され、未だ笑いが止まらない男が、再び動きの鈍いリオを連れて遠ざかっていく。

あたしは、今度こそ動けなかった。

あの男の言葉が、あたしをその場に釘付けにした。




「………………みて、た、の………?」



何で、あたしの口…こんなか細い声で、こんなこと、聞いてるんだろう?



また、リオを連れている男が笑った。



「ああそうだよ。お前のおかげで助かった。礼を言うぜ」



あたしの?



「こいつがムカつくんだろ?良かったな。ちぃと幼いが、このさわり心地だ。好事家どもがこぞって買いたがる。早けりゃ明日の夜にゃあ金持ちのブタどもの下でヒイヒイ泣くことになるだろうさ」



こうずか?

なに、それ…



「その前に一度は味わっときたいよなー」


「のんびりしてると、それもおじゃんだぞ。さっさと来い!」


「へーい」



売られるって…だってリオはシスターなのに……?

癒しの力だけじゃないの?


売られるって、そういうことなの………?




『…によ……なによなによっなによ!!その譲ってやるみたいな言いかた!!やっぱりあんたムカつくわ!!!!』




腹が立ったのは本当。

だって、リオばっかり好かれて、リオばっかり正しい。

そんなの不公平よ。

アルも、ユリアンもリオは味方につけて、あたしばっかりって思ったら、身体が勝手に動いてた。



「…けど、だけど…っこんな風にしたかった、わけじゃないのぉっ」



どうしようどうしようどうしようどうしよう――――!!

あたしのせいで、あたしのせいで



「リオが売られちゃうぅ……っ」



あたしのせいで、リオにこれから降りかかるかもしれない災いを想像すると、恐怖で涙が止まらなかった。


それだけじゃない。

ユリアンまで巻き込んだ。

考えすぎなんかじゃなかった。

あいつらみたいに、あたしたちのこと見てる人がまだいたかもしれない。

あたしだけじゃなくて、ユリアンまで責められることになる。

リオが言ってたように、アルも…


このままじゃ、リオもユリアンもアルも、あたしも、みんなが困るんだ。

ううん、あたしたちだけが困るだけじゃない。

リオがいなくなったら、この町でまた毒にかかっても誰も治せなくなる。

リオがいなかったら、ピーターは死んでた。


もっと、きっと、これからリオが治すはずだった人が、あたしのせいで死んじゃうかもしれない。



リオが大事にされてる意味、あたしだけが、ちゃんとわかってなかったんだ。



「アル!!アルっ助けてぇっ!!リオがっリオが連れて行かれちゃう!」



あいつらの後姿が曲がって、とうとう見えなくなった。

あたしも何かされるかもしれないと思うとまだ怖い。

でも、姿が見えなくなったのはもっと怖かった。



震える足が縺れそうになって、古い建物の壁に手をつけながらよたよた走る。

あいつらの姿がまた見えたけど、やっぱり怖くてあたしは隠れた。



あいつらはまだぼーっとしているリオの鈍い足にじれて背負い、本格的に逃げる体勢になっていて、どんどん距離が離されていく。



あたしがあいつらからリオを取り返すことなんて出来ない。

追ったって無駄。

わかってるのに、壁に隠れてこそこそ追うことしか出来ない自分が、とても惨めだった。



「アル…っリオぉっ」



こんなんじゃ、アルにだって聞こえるわけない。

さっきみたいに叫ばなくちゃ。

だけど、あいつらを追いながら叫んだら、今度はあたし、本気で何をされるかわからない。

どうしたらいいかわからないまま、あたしはただあいつらとの距離を遠くしないように追ってる。


あいつらこっちを見た。

気づいてる。

ユリアンを殴った奴がこっちに来た!



「見逃してやったってのに懲りないお嬢ちゃんだな。今すぐ逃げるってーなら追わないぞ」



そう言われて、あたしの足は勝手に一歩後に下がった。

ダメなのに。

こんなんじゃ、ダメなのに。



動けない……



「………っアル…たすけて」



あたしは目を瞑った。



そして遠くのほうで、男が「っだあっ!!」と声を上げ、目を開けたあたしとあたしの方へ向かっていた男は、同時にリオを背負っていた男に注目した。

男はリオを降ろして…いや、放り投げたようにして彼女を放し、何か痛みに呻いている。



「アル!?」



男の声がしたとき、アルが助けに来てくれたと思ったのに、アルの姿はどこにもなかった。



「おいお前!仲間がいたのか!?」


「いたいっ!!イヤ!はなしてよ!!!!」



あたしの近くにいた男は、怒りを顔に滲ませてあたしの腕を強く掴んだ。

痛い。

振り払おうとしても全然だめで、あたしは本当にアルが来たんじゃないのを悟って落胆した。

だったら、リオの意識が回復したのだろうか?

それで男を突き飛ばしたとか?

頭を打った直後だからって、あたしが引っ張って連れてこれたリオが?


あたしでも全然歯がたたないっていうのに、あたしと同じくらいの背丈のリオが、大の男をあんなに痛めつけて突き放せるなんて、嘘みたいだ。



「違うぜ……こいつぁホントにシスターかよ…」



男は、さっきまでリオを抱えていた手や背中を火傷したみたいに痛がり、腕も赤く腫れていた。

それからおもむろに、落ちているささくれ立った木片を掴むと、投げ出されたリオに向かって思い切り振り下ろした。



「やめて!リオーーーっ!!!!」



意地悪して渡した、あたしの持ってる中で一番古くて地味な洋服が血に染まる恐れに堪らず叫んだ。



カラン、カラン…



「え…?」



当たった瞬間、リオの周りに薄い光の膜が現れた。

長かった木片はその膜に当たって折れ、軽い音を立てて転がる。



「こいつだ!俺の腕をこんなにしやがったのは………」


「信じられん……こいつ、実は神殿の巫女か何かか?」


「何?何なの…?」



あたしの問いに答えたわけではなかったと思う。

木片を捨てた男は、忌々しいとばかりに吐き捨てた。



「防御魔法だ……っクソ!これじゃ連れて行けやしねぇ!」


「防御魔法って…」



絵本で読んだことがある。

英雄と謳われた騎士様の危機を、幾度も救った司祭様が使っていた魔法。



人攫いの男たちすらこの先どうするかと、迷ったときだった。


突然大きな風が狭い路地いっぱいに吹き荒れ、目を開けていられないくらいの風の向こうで、あたしはいくつもの声を聞いた。




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