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乙女と恋と愛と Ⅱ

SIDE:ユリアン


「エラ!!」


「ユリアンは黙っててよ!!」



シスターに掴みかかっただけではなく罵り、あまつさえその意思を無視し、そのまま無理やり腕を掴んで連れて行こうとするエラに、僕の声は届かなかった。



「ダメだ!!それじゃただの人攫いだろ!聖職者を無理やり連行するなんて、どれだけ重罪かわかってない!」


「何よ今更!あんただってあたしに協力したくせに!」



図星を突かれた僕は、思わず止めようと伸ばした手を引っ込めてしまった。







エラが泣きついて来たのは昨日のことで、案の定、またアルベルトのことだった。


アルベルトが私服のシスターと一緒に町に下りるから、そのときに僕の家にリオさんを置いて、アルベルトを独占するのだと。



アルベルトは孤児で平民なのに、若くして騎士団の入団試験に合格し、この町の砦の長であるベルケル様の側近くにあるという、町の娘たちには結婚相手として大人気、格好の的だった。

涼しげな顔立ちに、平民にありがちな汗臭さ、下品さが感じられないのも女の子たちには魅力らしく、町に下りるたび、彼女たちの視線が彼に付きまとう。



エラは昔からアルベルトに夢中で、自分が一番先に好きになったのに、後から来た女なんかに絶対アルベルトは渡さない!と豪語していた。

アルベルトには妹分としか見られていないのは僕じゃなくても一目見ればわかるから、大抵の女の子たちはエラの嫉妬や妨害にも尻込みせずにアプローチを続ける。

それがエラのプライドを傷つけ、余計に苛立たせている。


いつも八つ当たりを受ける僕としては、もう、どっか余所でやってくれって、いつも思うんだけど…

そんなとき、エラが一番に頼って泣きついて来るのは決まって僕だけだと知っているから、無碍にも出来ない。

気が弱いところのある僕には、エラの苛烈とも言える一途さは眩しかった。



しかし、さすがの僕も今回だけは断った。

今までエラに泣きつかれて断れたことなんてない僕だったけど、相手がシスターなら話は違う。

聖職者を攫うだなんて、下手をしたら極刑だ。


そう言い聞かせたのに、エラときたら…



「そんなの、リオがあたしたちを突き出さなきゃ済むことでしょ。シスター・エイプリルには知られちゃうかもしれないけど、それなら怒られるだけで済むわよ」


「かっ簡単に言うなよ…!町の人にだって確実に見られるぞ。そのシスター・リオはともかく、僕やエラは顔が知れてるじゃないか!もしシスターに訴えられなくても、町の人からこの先どんな目で見られると思う?もし小遣い目当てで安易に人攫いと手を組んだガキだなんて思われたら、この先ずっと後ろ指さされるかもしれないのに!!」


「考えすぎよ!ユリアンのお母さん、足に怪我したんでしょ?それを理由に来てもらえばいいんだから」


「だからって…シスターの手を煩わせるほどじゃない。足の上に花瓶を落としたくらい」



少し青アザになっていて、動くと痛むみたいだけど、何日かしたら消えるくらいの打撲だ。



「こんなの、きっとアルベルトだって許さないよ。今回は見送ったっていいじゃないか。シスターなら、滅多に町には下りないんだろ?たまの一回くらい…」


「ダメ!」


「エラ」


「ダメったらダメ!!!リオだけはダメなの!!」



エラは癇癪を起こして駄々をこねる、小さい子供みたいに怒鳴った。

両の拳を握り締めて、泣きそうで、悔しそうで――――何だか胸がざわついた。



何がダメなのか、何故そんなにそのシスターに拘るのかはわからないまま、少しの沈黙がおりて、ぽつり、と勢いをなくしたエラが口を開いた。




「ねえ……お願いユリアン………」




いけないとわかっていたのに。

ここで僕が諌めなきゃいけなかったのに。


僕はやっぱり、エラの頼みだけは断ることが出来なかった。






悪気がないとはいえ、聖職者を騙すことになるのだから、翌日の僕の心臓は緊張をこれでもかと訴えていた。

当然夜は寝れなかった。

これは僕は気が小さいってだけじゃなく、本当に恐れ多いことだからだ。



僕はまだ一度も会ったことがないけれど、シスター・リオの話は噂や世間話で何度も聞いた。

近所に住むマークおじさんの家のピーターが、森に入って魔物の毒を受けても命拾いしたのは、新しいシスターのおかげだって。

まだ若いけれど、その魔力はシスター・エイプリルも舌を巻くほどだと、実しやかに囁かれている。

シスター・エイプリルもそろそろご高齢とあって、町の住人は期待と安堵をもって彼女の存在を喜んでいた。

実際に会った者はまだ少ないけれど、シスター・リオの名前はみんな知ってる。



シスター・リオが一人で座ったのを見計らって話しかけたとき、道行く人が名前に反応してチラッとこっちを見たように思えたのも、きっと気のせいじゃない。

突然エラに呼び止められて、リオさんも戸惑っている。

なるべく穏便に…穏便に…



「ね!ユリアンは、リオに、用事が、あったのよねっ」



痛っ!

てゆーかエラ、声がでかい!!

出来るだけ注目を集めず、自然に来てもらおうとしているのに、という気持ちを目で訴えたのに、反対にエラの肘が僕を襲う。



ほら、リオさんも不審がってるよ。

この分だとエラの目論見もバレてるんじゃ…



「ねえエラ」


「なっなによ」


「私はアルにここで待っているように言われたから、ちょっとの間待ってて。もし私がいなくなったら困るのはアルでしょう?」



正論だ。

しかも確実にバレてる。

察した上で逃げ道を作ってくれているんだ。


僕はそこまで考えつかなかったけど、エラの作戦が成功した場合、責任をとらされるのは間違いなくアルベルトだ。

エラがアルベルトを第一に考えるなら、きっと諦めてくれるに違いない、と思ったのだが



「そんなの!あたしが伝えとくわよ!!」


「エラ…」



やっぱりエラは一筋縄じゃいかなかった。

リオさんも困り顔でエラを見ている。



「…アルベルトが戻ってきたら今日はもう帰ることにする。だからその後の時間はエラの好きにしたらいいわ。ユリアンのお母さんのことは聞かなかったことにしておくから」


「リオさん…」



僕はつい、安心して彼女の名前と一緒に大きく息を吐いた。

そんな僕を、エラの目が一瞬だけひどく睨みつけたのも知らないで――――




「…によ……なによなによっなによ!!その譲ってやるみたいな言いかた!!やっぱりあんたムカつくわ!!!!」


「っ!!」


「エラ!?」



路地に倒れた二人を引き剥がそうとエラを引っ張る。

リオさんは頭に手を当て、解放された口から大きく呼吸を繰り返していた。

頭を打ったのかもしれない。

癒しの力を持っているから大丈夫とは思うが、聖職者は怪我が元で発症する病気までは治せない。

聖職者に危害を加えるだなんて…エラだってそれがどんなにまずいことかわからないわけないのに。

座り込んでぼーっとしているリオさんの腕を掴んだエラは、勢いよく走り出した。



言葉で止めても聞いてくれない。


直にアルベルトが来るだろう。

エラもそれがわかっているから、絶対に足を止めない。

アルベルトに見つからないように、どんどん道を曲がって細い道へ入っていく。

だめだ、こっちは治安が悪い。



「止まってエラ!!もうアルベルトにはバレてるって!一緒に謝ってやるから!!」


「偉そうに言わないでよ!どうせっどうせあんたもリオの味方なんでしょっ!!?」





「はいはい子供たち~ごくろーサマっと」



エラに反論することも出来ず、聞いた事のない声の向こうで、エラの悲鳴を最後に僕の意識は暗転した。





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