審判(2)
王子の心情を察してか、最後の一人が声をかける。
「途中で本当のことを話してやるべきだったのかもしれぬが、回答者の話は最後まで聞くというのがここでのルールなのでな。雄弁に語りすぎるというのも考え物じゃな。しかしまぁ、そんなに気を落とすではない」
王子に問いを投げかけた張本人で、恐らくは三人の中でのリーダーだろう。背は鉤爪と直方体のちょうど中間ぐらいで、真っ黒いローブで全身を覆い、右手は真っ直ぐの木の棒に磁器のような材質で作られた二匹の蛇が絡み付いた杖をついている。王子はそのローブに見覚えがあった。
「俺が戦った死神もあんたと同じような恰好してたんだが、何か関係あるのか?」
「生前の事柄に関しての問いには一切答えることはできぬ」
老人は答えない。かつてここを訪れた使者たちも同じことを聞いたのだろう。そう思わせるほどに機械的な反応だった。
「なら、あんたらはあの魔人についても何か知ってんだろ? 答えてくれよ、あの魔人は一体何物なんだ?」
彼らの国を壊滅寸前にまで追いやり、彼が死ぬことの遠因とも考えられる魔人だ。気にならないはずがない。だから、老人の反応にも意を介さず質問を投げかける。
「生前の事柄に関しての問いには一切答えることはできぬ」
口調、発音、内容、間、表情などあらゆる要素が繰り返された。
「答えられないものは答えられない。今後も彼の返答は変わらない」
直方体の言葉には先ほどのような斟酌はない。そしてこちらも機械的である。
「それぐらい学習しろつってんだよ、バーカ」
鉤爪が便乗する。彼の場合はただただ罵りたいだけだろう。
「代わりと言っては何だが、そなたが死後、人間界で起こった出来事について教えてやろう」
王子に一つの疑問が浮かぶ。しかし、その前に。
「ケケッ! 兄貴ぃ、言っちまっていいのか?」
鉤爪が自身の兄に喋りかける。ただ、口ではそう言っているものの、兄のことを心配しているような雰囲気は微塵も感じられない。
「どうせ彼がそれを知ろうが知るまいが同じことだ。兄者の気まぐれに付き合わされるのも一つの興であろう」
直方体に対し、鉤爪は「わかってらぁ! そんなつもりでいったんじゃねぇよバーカ。偉そうなことぬかすな」と不満げに答えた。
王子は鉤爪の「兄貴」という言葉に無自覚に反応した。
「その二人は兄弟なのだ。見た目と喋り方だけでは兄弟とは到底思えんがな。年齢もさほど変わらんよ」
それに気づいた直方体が意味ありげに説明してくれる。鉤爪の罵倒は彼には効果がなかったみたいだ。
「そうだったのか、確かに……。いや、それよりも話してくれるって言うならぜひとも聞きたいんだが」
どうも話が逸れそうになったので、老人と鉤爪の話を自重し、先ほどの疑問を口にする。
「俺が既に死んでることには今更驚かないよ。けど死後っていってもここに来て間もないのにそんなに何が起こるなんてこともないだろう? それともこれも答えちゃくれないのか?」
「死後の出来事なので大丈夫じゃ。そなたに限ったことではないが、死してより今こうしてここに至るまでには、そなたらの世界の単位で35日ほど過ぎておる。認識しておらぬようだが、その間は意識がないのだからそなたのように考えるのも無理もない」
自身が死して尚、祖国がどうなったかというのは、彼にとって非常に重要なことだった。しかし、35日だの意識がないだのと、突然全く考えもせぬことを言われて、彼は混乱していた。
二の句が継げない王子の無言を余所に、裁判官たる老人は、彼のいなくなった後の人間界での出来事を語り始めた。
まだいくらか続きます。
これと並行して短編を一つ上げたいのですが、一応完成しているくせに本作品以上に手直しをしなければならないという不始末。
今月中に上げれるよう努力します。