告白(2)
一瞬、このまま何もかも捨てて、二人でどこかの国で暮らすということも考えたんだ。でも、彼女の答えを受け入れる自信がなかった。それに、今は逃走中の身ではあるが、やっぱり祖国を捨て去ることなんてできない。できなかった。
それに魔人達がやってくるまでは、この大陸にあるバーンをはじめとする国家間は一触即発の緊張状態に陥っていたんだ。このどさくさに紛れて攻め入ってくる国がないなんて誰が信用する?
やはり、何もかも捨ててという選択肢は俺には選べなかった。
今の状況では、パンゼルを目指すのが最善じゃないかって。もしかしたら親父やお袋たちとも会えるかもしれない。
魔人に襲われる危険はないだろうが、歩いてパンゼルまで行くには結構な距離があった。急ぎこそしたものの、休憩をはさんだりして、決して焦るようなことはしなかったよ。
その休憩も含めた道中の話なんて別に聞きたくないだろう? 惚気話なんて形で脱線するのって、ひょっとすると考えられるうちで最もヒドい時間の浪費かも知れないな。
もっとも、俺もあまり話したくないんだ。この二人だけの秘密は天国まで持っていくよ。
いや、地獄かな? ひょっとするともっと違う所に行くことになるのかな?
まぁどこに行くかなんてそんなこと、そう遠くない将来わかることか。
まぁいいや。それで、どこまで話したっけ?
……あぁ、そうだ。
それで、思いのほか時間はかかっちまったが、これといったトラブルもなく何とか彼女の国の近くまでたどり着くことができたよ。
もうすぐで彼女の国まで着く。そう思うと無事ここまでこれてよかったってのよりも、二人だけの時間ももうすぐ終わるのかって、ずっと考えてるんだ。
だから、聞いちまったんだ。受け入れる覚悟なんて、できてなかったのに。
「王女様、私と結婚していただけませんか?」
本当に唐突に、口から漏れ出るようにそんな事言ってたよ。
だからってこんなこと言っておいて、今更ナシなんて言えるようなもんじゃないだろ? 言い終わった瞬間に心の中で頭を抱えたよ。両手も頭も心の外にあるのにどうやって心の中で頭を抱えるんだろうな。
それぐらい意味が分からなかった。自然と言葉が出てきたんだ。
表面はあくまで平静を装っていたつもりだけど、彼女の目にもそう映ったかどうか、自信なんて全くない。だから彼女の表情はうかがい知ることができなかった。下を向いて、ずっと見ないようにしてたんだ。
長かったよ、彼女の答えを聞くまでの時間は。
どれだけの時間が過ぎたかなんてわからない。でも、情けないことにこの膠着状態に負けて顔を上げた。すると、彼女と目があった。
微笑んでいたように思う。
まるで俺が顔を上げるまで待っていかのようなタイミングで、彼女が口を開いた。何かを言おうとした。
……その時だったよ。
一言目を言うか言わないかの所で彼女の動きが止まった。そして、突然不気味な黒い人影が彼女の体から滲み出てきたんだ。
その瞬間から、今の今までは嫌という程も感じられた彼女の意識がどこかにいってしまったかのように急激に失われた。
俺には分かったよ、彼女には全く意識がなかった。
まるで地に足がついたまま糸で釣られている人形のように、ぐったりとしていた。
まずいなんてもんじゃない。俺が彼女を押し倒さんと跳んだのは黒い影が完全に遊離しきるほんの少し前だ。
彼女を抱いたまま地面に倒れる瞬間、そいつが両手で持ってた大きな鎌が風を切る音をすぐ耳元で聞いたよ。
死神が襲ってきたんだ。よりにもよってこんなタイミングで……。