花火
「ねぇ、夏祭りに行かない?」
学校で、いきなりアヤちゃんに言われた。
僕はドキッとした。
なぜって、女子と二人で仲良くしゃべっている所をクラスのみんなに見られたら、バカにされるからだ。
幸運なことに廊下には誰もいなかったけど、僕は恥ずかしくて早くこの場を離れたくて…。
「うん」
そう頷いて、教室に入ったんだ。
そんなわけで、今日僕はアヤちゃんと夏祭りに行くことになった。
アヤちゃんは、保育園に通っていた時からの幼馴染で、小学生になる前はよく遊んでいた。
小学生になってからは、遊ぶときは男子と女子でバラバラに遊ぶようになったし、女子と仲良くしすぎると、お前あいつのこと好きなのか?とか言われて馬鹿にされるから、いつの間にか僕はアヤちゃんを避けるようになっていた。
「お前あんなデコ女が好きなのか?」
そうクラスメートに言われたのが避けるきっかけになったのかもしれない。
アヤちゃんは前髪をいつもゴムで留めていて、おでこがいつも丸出しだった。
好きとかそんなこと考えたこと無かったけど、その一言でアヤちゃんと一緒にいるのは恥ずかしいことだって思うようになったんだ。
待ち合わせの時間を決めていなかったから、祭りの始まる時間に合わせて家を出た。
親には祭りの行くとだけ言ってある。
近所だし、毎年友達と遅くまで遊んでいるから、今更誰と行くの?なんて聞いてこない。
この町で行われる祭りは小さな規模だけど、屋台はあるし、組み立てられた即席の舞台で神楽が行われたりする。
そして辺りが真っ暗になれば数は少ないけど花火が打ち上げられるんだ。
だから意外と観客は大勢いる。きっとクラスメートもいっぱい来ていると思うけど、誰が誰かなんて人ごみに紛れてわからないはずだ。
見つかったら何て言われることか…。
十数分歩くと神社の鳥居が見えてきた。
鳥居から神社までの間に、屋台が立ち並び、神社から少し離れた所に舞台はある。
鳥居が一番目印になるから、僕はそこに寄りかかって待つことにした。
「遅い!」
慣れ親しんだ声が後ろから聞こえた。
アヤちゃんだ。僕は振り向いた。
「!」
そこには、アヤちゃんだけど…確実にアヤちゃんだけど、アヤちゃんじゃない子が立っていた。
前髪をおろしているから、まずクラスメートが言うようなデコ女じゃない。
少し天然パーマでくりくりした髪が眉毛まで隠していた。
幼馴染みだったけど、いつも髪を結っていたから初めて見る髪型で、似合っていた。
そして浴衣姿。
いつも私服は男っぽくて、学校の制服が一番女の子らしい姿だったのに、これも初めてで衝撃的だった。
「…可愛い」
ハッとして僕は口を押さえた。思わず出てしまった失言。
今まで幼馴染みどころか、同級生を誰一人可愛いなんて思ったことなかった。
恥ずかしくて顔がカーッと熱くなる。
僕は聞こえてなかったかと伺う視線を向ける。
視線を向けた相手は顔を真っ赤にしてうつむいていた。僕も同じような顔をしているのかなって思った。
アヤちゃんはもじもじしていて、いつもの堂々とした素振りがない。
…もしかして別人なのかな?
しかしどう見直しても相手はアヤちゃんだ。
彼女は顔を上げにっこり笑った。
「嬉しい」
その瞬間、僕の胸がきゅうって締まった。
なんだかよくわからないけど、少し苦しくなって、でも痛みはなくて、熱いものが頭までせりあがってきた。
そして…凄くドキドキしていた。
「行こっ!」
アヤちゃんは僕の手を引っ張って歩きだした。
「えっ、ちょ、ちょっと!」
僕は戸惑った。
学校の遠足で女の子と手を繋いで歩いて行ったこともあるけど、今日はなぜだか凄く恥ずかしい。
でも…手を緩めることはできなかった。
さっきよりもドキドキし始めて、まるで心臓が手を離すなって命令しているようだった。
アヤちゃんに僕のドキドキが伝わるかと心配したけど、それでも手は離したくなかった。
…きっと僕はこうしかったんだ。
それからしばらくは二人で屋台を巡ってタコ焼きを食べたり、金魚すくいしたり…。
神楽も見たけど何て言っているのかさっぱりわからないから数秒で見るのをやめた。
二人で色々巡るのは楽しかったけど、それ以上に胸がドキドキした。
屋台の灯りに照らされるアヤちゃんの顔はキラキラ輝いて見えて、気付いたら見つめてしまうんだ。
アヤちゃんと目が合うと恥ずかしくて、だからアヤちゃんが他に気をとられているうちに顔を盗み見たりしていた。
漫画やゲームで知ってはいたけれど、やっぱりこの気持ちが…。
「ねぇ!」
いきなりアヤちゃんが驚いたように声をかけてきた。
「なに?」
アヤちゃんは僕に顔を寄せてきた。シャンプーの香りがする。
「あれ、同じクラスの…」
アヤちゃんが指を差す。さっきまで僕らがいた屋台だ。
そこにクラスメートが数人いる。その中にいつも遊ぶ友達を数人発見したけど、僕は誘われてない。
一人がこっちを見た。僕は思わずそっぽを向いた。
わざとらしくてこんなことをすれば怪しまれるけど、咄嗟にしてしまったのだから仕方がない。
アヤちゃんは僕の陰に隠れて盗み見ている。
「あっ!こっちに気付いたかも…」
何となく見つかりたくなかった…そして何よりも今日はなんだか二人でいたかった。
「逃げよ!」
僕はアヤちゃんの手を引いて駆け出した。
追いかけてきているかどうかわからないけど、振り返って顔を見られたくなかったから一心不乱に走った。
「あははははは」
アヤちゃんは浴衣で走りにくそうだったけど、楽しそうに笑っていた。
僕もまるでお姫様を救って脱出する物語の主人公のようで、楽しかったからアヤちゃんと同じように笑った。
しばらく走ると、さすがに疲れてきたし、暑くなってきたから足を止めた。
「誰も追いかけてきてないな」
「ていうか誰か追いかけてきてた?」
「…さあ?」
僕とアヤちゃんは目を合わせて吹き出した。
「あははははははははは」
無我夢中で走っていたけど、気付けばそこは近くの公園だった。ベンチに腰をおろす。
すると、計ったようなタイミングで大きな破裂音がして夜空が輝いた。花火だ。
「わあ!」
僕らは揃って声を上げて空を見上げた。
真っ黒な空が、様々な色の花に何度も染め上げられる。
一発一発花火が上がるたびに、僕らは声をあげて手を叩いて飛び上がった。
今まで何度も見たけど、こんなに楽しくて綺麗な物だとは知らなかった。
そしてそれは一緒に見る人がアヤちゃんだからなんだ。
さっき気付いたけど、これが恋なんだな。
いつかは僕も恋をするんだろうっておぼろげに思っていたけれど、恋をするだけでこんなに楽しくなれるなら、恋人同士になれたらもっと楽しいんだろう。
告白の仕方はわかっている。たった一言を相手に言えばいいだけだ。
でも、ロマンチックなタイミングで言わないとダメなんだ。
毎年この花火大会の最後は、夜空全てを覆うような大きな花火で終わる。
この最後の花火が上がったら、アヤちゃんに言おう。
僕の決意なんて知らずに、アヤちゃんは無邪気にはしゃいでいる。
僕の心臓は破裂しそうなほどドキドキしていた。花火が上がるたびにドクンッて心臓が跳ね上がる。
「凄く綺麗だね!」
アヤちゃんが僕に笑いかけた。それだけで不思議とあれだけうるさかった心臓が落ち着いて、決意だけが残った。
そして次の瞬間、大きな花火が夜空の全てを覆った。
こんな初恋したいなと妄想しました。
優しい気持ちになってくれればと思います。