表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あなたを褒める仕事をしています  作者: えんびあゆ
佐藤美代子編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

34/50

第34話 褒めが届かない[1]

圭一は、帰りの電車でスマホを見ていた。

画面が暗いのは、地下に入ったからじゃない。

指が止まっているからだ。


スクロールしようとして、できない。

親指が画面に触れたまま、わずかに震えている。


――三枝しのの投稿。


考えなくても、そこに行き着く。

アプリを開いた理由を自分に説明しなくても、もう指が覚えている。


いつもなら、夜の遅い時間に一つ。

あるいは朝の早い時間に、淡々と一つ。


「本日は受付可能です」

「治療ではありません」

「褒めは事実に基づきます」


言葉の種類は少ない。

装飾も、感情もない。

それなのに、圭一はそれを毎日見てしまう。


見たところで、何かが起きるわけでもない。

自分が予約を入れるわけでもない。

「また行きたい」と思うほど、切羽詰まっているわけでもない。


ただ、そこにあるのを確認する。


それは、安心に近い。

自分が救われた出来事が、まだ“現在進行形の仕事”として存在しているかどうかを、確かめる行為だった。


それが――今日は、なかった。


一瞬、通信エラーを疑った。

地下だから、表示されていないだけかもしれない。

そう思って、画面を一度閉じ、もう一度開く。


それでも、表示されない。


正確には、昨日も、なかった。


タイムラインを下へスクロールすると、二日前の投稿が出てくる。

いつもより一段、遠い。


投稿が一つないだけだ。

それだけで、世界が壊れるわけじゃない。


なのに、

投稿が途切れるだけで、空気が変わったように感じるのは、

圭一が依存しているからだろうか、と考えてしまう。


「……別に、連絡する理由もないし」


小さく呟いた声は、電車の走行音にすぐ溶けた。

言い聞かせるみたいな言い方だった。


連絡をする権利はない。

友達でもない。

客でもない。

一度だけ、あの部屋で褒められた“元”客だ。


それ以上でも、それ以下でもない。


圭一はスマホを閉じた。

画面を伏せると、視界は少し楽になる。


それでも、胸の奥に残るものがある。

見えないところで、何かが遅くなっている感じ。

歯車が一つ、噛み合わずに回っているような違和感。


駅に着き、改札を出て、冬の空気に触れる。

吐いた息が白い。

白い息はすぐ消えるのに、不安だけは消えない。


「……気にしすぎだろ」


誰に向けたわけでもなく、そう思う。

でも、思っただけで終わらない自分がいる。


その夜、圭一はコンビニの夜勤を終えた。

レジの奥で小さく伸びをして、バックヤードの時計を見る。


いつもと同じ時間。

いつもと同じ数字。

それなのに、今日は少しだけ長く感じた。


同じように体が重い。

同じように足がだるい。

でも、その“同じ”が、今日は信用できない。


帰り道、またスマホを開いてしまう。

開くまいと思ったのに、開いている。


自分の弱さが、指先に出ている。

それを責めるほど、元気でもない。


投稿は――あった。

ただ、短い。


「本日は受付終了」


それだけだった。


いつもあるはずの注意書きがない。

いつもあるはずの温度のない“説明”がない。


圭一は、息を止めた。

胸の奥が、妙に冷えた。


「……だいじょうぶか」


声に出してから、すぐに後悔する。

何が“大丈夫”なんだ。

誰に向けた言葉なんだ。


自分は何を心配しているんだ。

心配したところで、何もできないのに。


通知欄を見て、何も来ていないのを確認する。

当たり前だ。

圭一は、しのと繋がっていない。


繋がっていないのに、見ている。

見てしまう。


それが、SNSをただ眺めるだけという立場の、嫌なところだと圭一は思った。

いくら気にしていると言っても、

いくら胸がざわついても、

自分は何も起こさない。


それなのに、起きたことの“気配”だけは拾ってしまう。

拾ってしまった気配を、どう扱えばいいのか分からないまま、ただ抱えて帰る。


圭一は、スマホをポケットにしまった。

しまえば終わるはずなのに、

胸の奥の違和感は、しまえなかった。


電車の窓に映る自分の顔は特別疲れているようにも、特別困っているようにも見えない。


それが、少し怖かった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ