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あなたを褒める仕事をしています  作者: えんびあゆ
芹沢ひなた編

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第21話 お金を払えば、何度でも[7]

ひなたは、スマホを握ったまま、駅のホームで立ち尽くしていた。

人が多い時間帯。

制服にスーツ、コートと、学校のロゴが入ったトートバッグが流れていく。

その波の中で、自分だけが止まっているみたいだった。


“今日中には返しません。”


既読になった画面が、冷たい。

拒絶ではない。

でも、救済でもない。

中途半端な空白が、いちばん怖い。


ひなたは胸の奥がざわつくのを感じて、息を吸った。

吸っても、胸が広がらない。

呼吸が浅い。

それに気づいて、また焦る。


――まただ。


こうなると、すぐに“決めてほしい”が出てくる。


何を食べるか。

どこへ行くか。

帰るか帰らないか。


誰かに「それでいい」と言ってほしい。

言われれば、その瞬間だけ安心する。

安心した瞬間、次の不安が来る。


ひなたは自分のこの仕組みが嫌いだった。

嫌いなのに、離れられない。

離れられないから、余計に嫌いになる。


“あなたが止まる場所を一つ決めてください。”


その一文がひなたには刺さった。

止まる場所。

決める。

それも自分で。


ひなたは思わず笑いそうになった。

笑えない。

笑うほど余裕はない。

でも、その言葉の理不尽さが少しだけ救いでもあった。


――決めるのが怖いから、来たのに。


ひなたはホームを降りて、改札を出た。

駅前の人混みに吸い込まれる。


いつもなら、スマホでSNSを開く。

フォロワーの反応を見る。

ストーリーを上げる。

“今日も頑張ってる私”を作る。


でも今日は画面を開けない。

開いたら、書いてしまう。


「しのさんに断られた」

「褒め屋、冷たかった」

「私が悪いのかな」


そんな言葉が出たら、すぐに拡散される。

拡散されたら、意味を付けられて消費される。

それは、今日のこの痛みを軽くする代わりに違う形に変えてしまう。


ひなたは、その変化が怖かった。

怖いのに書きたい。

書けば誰かが反応してくれる。

反応があれば、判断を委ねられる。


「あなたは悪くないよ」

「やめときな」

「その人ひどいね」

そんな言葉を浴びれば、少し楽になれる。


――でも、今日は、だめだ。


しのの言葉は優しくなかった。

でも、嘘がなかった。

嘘がない言葉は、簡単には消せない。


ひなたは駅前のコンビニに入った。

入ったことに理由があったわけではない。

冷たい空気に触れたかった。

自分の足で何かを選んで、決めた形を作りたかった。


棚の前で立ち止まる。

飲み物。

いつもなら――甘いカフェラテ。

甘いものは判断を鈍らせてくれる。

鈍れば考えなくて済む。


でも今日は、しのに言われた。


“あなたが止まる場所を一つ決めてください。”


ひなたは手を伸ばして温かいほうじ茶を取った。

自分でも驚くほど意識的な選択だった。

甘さではなく、温度。

刺激ではなく、持続。


レジへ向かう途中、スマホがまた震えた。

通知。

フォロワーからのコメント。


「今日の投稿ないの?」

「心配」

「待ってる」


圧が、指先にまとわりつく。


ひなたはスマホをポケットの奥に押し込んだ。

見ない。

今日は見ない。

見ると、また委ねてしまう。


お会計をしてコンビニを出る。

ほうじ茶の熱が掌に伝わってくる。

熱がある。

熱があるのに、痛くない。

ただ、そこにある。


ひなたは近くの小さな公園に入った。

昼間の公園は、子どもと母親と、犬と、老人がいる。

自分だけが場違いに見えて、ひなたは少しだけ身を縮めた。


ベンチに座る。

コートの裾を整える。

ほうじ茶を一口飲む。

温かい。

その温かさが喉を通って、胸の奥に届くまでの数秒、ひなたは何も考えなくて済んだ。


止まる場所。

ここかもしれない。

ここにしよう。

ひなたは心の中で決めた。


決めた瞬間、胸が少しだけ痛む。

痛むのに嫌じゃない。

痛みは「自分で決めた」証拠だった。


そのまま、十分ほど座っていた。

スマホは見ない。

世界は進んでいく。

自分も進まなくてもいい。


ひなたは、目の前の砂場を見ながら思った。


――私、褒めが欲しいんじゃない。

――褒めを使って、決めたくないだけだ。


そこまで考えた瞬間、ひなたは自分の喉が震えるのを感じた。

泣きそうになって、堪えた。

堪える癖は、捨てられない。

でも、今日はその癖を「悪い」と言わないでおく。


夕方になり、ひなたは家に帰った。

SNSには何も書かなかった。

指が何度も投稿ボタンに伸びたが、押さなかった。

押さない、という決断が今日のいちばん大きい行動だった。


部屋の灯りをつけて、ベッドに座り、スマホを伏せた。

画面の下で、通知は溜まっていく。

溜まっていく音が、聞こえる気がする。


ひなたは伏せたスマホの上に手を置いた。

押さえ込むみたいに。

でも本当は、逃げないために触れていた。


――明日の昼、連絡が来る。


その“明日”まで、ひなたは自分で止まる。

止まっていい。

止まることは、悪いことじゃない。


今日はその言葉が必要だった。


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