第9話 わたしに届いた王城からの招待状
図書館での穏やかな日々はわたしにとってかけがえのないものとなっていた。
知識を貪り、静かに学びを深める時間は侯爵令嬢として生きてきたころの窮屈さとは無縁で、わたしは心の底から満たされているのを感じていた。
そしてなにより、ユリウスさまとの交流がわたしの日常に温かな彩りを与えてくれた。
――――彼が隣にいるだけで図書館の空気はどこか特別なものに変わる。
わたしはユリウスさまがこの国の王位に就くかもしれない方であると知ってから、彼が図書館に頻繁に訪れる理由が理解できた。
『今の王は……俺を次の王にと考えている」』
王宮内の権力闘争に巻き込まれ、日々ストレスに晒されている彼はちょっとした癒しを求めてこの図書館に足を運ぶ。
その秘密を共有して以来、わたしは彼にとっての『癒し』となれるよう、この図書館での時間を大切に過ごしてきた。
彼と他愛のない会話を交わし、ともに本を読む時間がわたし自身の心も癒してくれた。
政争の渦中にありながらも、図書館でわたしと過ごす時間を『楽しい』と言ってくれるユリウスさまの言葉はわたしにとってなによりの喜びだった。
私たちだけの秘密の共有が一層その絆を深めているような気がした。
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ある日の午後、図書館の執務室で貸し出し記録を整理していると館長さんが慌ただしく入ってきた。
「セレナさん、これを見てください」
館長さんの手には1枚の豪華な招待状が握られていた。
金色の糸で繊細な刺繍が施された、見たこともないほど上質な紙だ。
差出人の欄には見覚えのある紋章が輝いている。
――――それはユリウスさまの紋章だった。
「王城から……」
わたしは思わず声を漏らした。
王城からの招待状など侯爵である父はともかくとしてわたしのような身分の者に頻繁に届くものではない。
ましてや、今は身分を失い、ただの図書館員として生きている身。
……なぜ、わたしに?
脳裏に去来したのはかつて婚約破棄を言い渡された舞踏会の記憶だ。
あの場所はわたしにとって、裏切りと屈辱の象徴でしかなかった。
まさか、またあの場所へ赴くことになるとは。
いや、まだ舞踏会と決定したわけではない……。
「驚きましたな。王城からまさかセレナさんに招待状が届くとは」
館長さんは目を丸くして興奮している。
わたしも同じ気持ちだった。
しかし、差出人がユリウスさまであることを考えると、そこまで怪しいものではないだろうとも思った。
彼がわたしを陥れるようなことをするはずがない。
これまでの交流でそれは確信に変わっていた。
「もしかしたら、官吏の職でも用意してくれるのでしょうか……」
わたしはそう呟いた。
自分でも意外なほど、その可能性を口にしていた。
元々、わたしは官吏の試験を受けるために王都に来たのだし、以前、ユリウスさまからも『官吏に向いている』、『官吏は人手不足だ』と言われたから、その可能性は高い。
ユリウスさまは今後の即位に向けて、自身の手駒となる文官を探しているとの噂も聞いたことがある。
けれど、もし本当に官吏の職に就くことになれば、ユリウスさまとの関係は今とは違ったものになるだろう。
友人として、対等な立場で話せる時間は減り、いよいよ君臣関係が確定してしまう。
そう考えると、喜びと同時に一抹の寂しさが胸に広がった。
あの穏やかな時間が終わってしまうのだろうか……。
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その日の夕方、ユリウスさまがいつものように図書館に現れた。
わたしは手元にある招待状をそっと彼に見せた。
「この招待状は……」
ユリウスさまはわたしの言葉を待たずに言った。
「ぜひ来てほしい」
彼の言葉には有無を言わさぬ響きがあった。
だが、なぜわたしを招待したのか、その理由は明かそうとはしなかった。
ただ、彼の碧い瞳にはなにか深い感情が宿っているように見えた。
それは、かつて彼が王位継承のストレスについて打ち明けてくれたときと同じ、複雑な光を帯びていた。
「……かしこまりました。参ります」
わたしは彼の真意を知るためにも、その招待を受けることにした。
きっとこの招待にはただ官吏の職を用意するという以上の意味があるのだろう。
そう、漠然と予感していた。
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ユリウスさまはわたしが王城へ向かうための手続き一切を手配してくれていた。
豪華な馬車、王城の敷地内にある格式高い屋敷での滞在。
すべてが完璧に準備されており、彼の仕事のできる一面を改めて感じさせられた。
(本当に、手際がいい方だわ)
ユリウスさまはわたしの手助けなど一切必要としないほど、すべてをそつなくこなす。
そのことに感嘆すると同時にわずかな寂しさを覚えた。
わたしの出る幕はないのだ、と……。
王城からの招待状が届いたことは下宿の住人たちの間でも大きな話題になったらしい。
『セレナさんが王城に招かれるなんて、すごい!』
『きっと、なにか良い知らせがあるに違いないわ!』
みんなが口々に喜びの声を手紙を通して伝えてくれた。
「ありがとう……」
彼女らの純粋な祝福にわたしの心は温かくなった。
侯爵邸ではわたしの成功を喜んでくれる者など誰もいなかったから。
あの家ではわたしがなにかを成し遂げても、常にリリアナと比較され、貶められるだけだった。
だからこそ、彼らの温かさはわたしの心に深く染み渡った。
「でも、なにがあるのか……まだなにもわからないのよね」
そう1人で呟く。
結局、いろいろ思案したところで、やはりユリウスさまの心中はわからない。
再会してそんなに日が経っていないのだ。
わかる部分もあるけれど、知らない部分だってたくさんある。




