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第8話 身分を失ったわたしと完璧王子との間に芽生える信頼

 それからというものわたしたちはゆるやかに距離を縮めていった。


 図書館では多くを語らず、ただ必要な言葉を交わし、本に目を落とす。


 その時間がなによりも心地よかった。


 ユリウスさまはわたしと過ごす時間を『癒し』だと言ってくれた。

 その言葉の温かさが、じんわりと胸に染み込んでいく。





 わたしは彼の力にはなれない。


 この国の政治に関わることも、王宮の権力闘争に足を踏み入れることもできない。


 ただの平民同然となった女には、なんの武器もない。


 でも、少しでも彼が楽になれるのならと話し相手になってきた。


(わたしにできることはそばにいることだけ)


 ユリウスさまはたまに冗談を言うようになった。

 ほんの少しだけ、子どものように無邪気な笑顔を見せることもある。

 それを見るたびに胸の奥に優しい気持ちが灯るのを感じる。


「セレナ、お前は変わっているな」

「よく言われます」

「そうじゃなくて……落ち着いている。誰かの言葉に流されず、自分の意志を持っている。それがいい」


 褒められているのになぜか少しだけ悲しかった。

 それはきっと、自分がそうならざるを得なかったからだ。


「……そうでもありません。わたしは……昔、そうなろうとしただけです」

「そう、なろうと?」

「はい。小さい頃にお会いしたあなたが、あまりにも真っ直ぐだったから……そうなりたいと思ったんです。たった一度の出会いだったのに、それがわたしの支えになった」

「ああ、またあの話か。少ししか会っていないのによく覚えていてくれたな」




 彼の声が少しだけ揺れた。




「ええ。覚えていますとも。今もあのときの言葉がわたしの中に残っています」




『泣いてもいい。でも、顔を上げろ』




 あのときの少年はわたしにそれを教えてくれた。

 そして今――。


「わたしがあなたの力になれるかはわかりません。でも、ここでの時間を……大切にしたいです」

「ありがとう。君に会えて本当によかった」


 彼はそう言ってわたしの頭をそっと撫でた。

 優しく、温かく、どこか寂しげな手だった。



(この手に……何人の命を預けられてきたのだろう)



 きっと彼は想像以上に重いものを背負っている。

 だからこそ、わたしが背負えるものは少しでも軽くしてあげたい。

 ――――それが芽生えた信頼の形だった。



 ________________________________________



 図書館で働き始めてから、わたしは少しずつ自分を取り戻していった。


「おっ、今日も仕事が早いねぇ。そして、丁寧だねぇ」

「はい。早く終わらせて勉強したいので」


 仕事も、勉強も、生活も、全てが新しい。


 けれど不思議と不安はなかった。

 それは、彼がそばにいたから。


 そして、わたしが『わたし自身』でいられるから。


 屋敷にいた頃のように誰かの顔色をうかがうこともなく。

 婚約者に振り回されることもなく。

 妹と比較され、傷つくこともない。


 ここでは誰もが等しく静寂を尊び、知識を愛する。

 そんな場所で出会った人と、少しずつ信頼を築いていく。


 それがこんなにも温かく、穏やかなものだったなんて思ってもいなかった。



(でも……この平穏がいつまで続くのだろう)



 不意にそんな思いが胸をよぎる。



 ユリウスさまはこの国の王子だ。



 わたしとは決して同じ世界にはいられない人。

 いずれ、この時間が終わる日が来るのだと、頭ではわかっている。


 でも、それでも。

 今だけは――――。


「セレナ」

「……はい」

「今度、一緒に本を読まないか?」

「……え?」

「君が好きな本を教えてほしい。俺も読んでみたい」





 それはまるで遠回しな告白のように聞こえた――――。

 なんて言ったら思い上がってるってリリアナに言われるかもしれない。





 わたしはその言葉について深くは考えないことにした。

 今はただこの安らかな時間を大切に過ごしたい。


「……はい。では、わたしの好きな本を明日お持ちします」

「楽しみにしてるよ」


 わたしたちはそれだけを言って、また本のページをめくった。

 静かな図書館に紙の音が心地よく響く。



 ――――この時間が少しでも長く続きますように。



 そんな祈りを胸にわたしは今日も本のページに目を落とすのだった。

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