第34話 王妃としての初演説
戴冠式の熱狂から一夜明け、わたしは新たな王妃として、ユリウスさま――――いいえ、新国王陛下の隣に立っていた。
(新鮮な空気だわ……)
王宮全体が新しい時代の息吹に満ちている。
昨日の戴冠式での民衆の歓声と祝福が今も耳の奥に響いているようだった。
(女将さんも館長さんも来てくださった。よかった……本当に)
その日の午後、わたしは王妃として初めての公式演説を行うことになっていた。
王宮の広間には貴族たち、そして各界の代表者が集まっている。
広場には王都の民衆が詰めかけ、わたしの言葉を聞き入ろうと、静かに待ち構えているという。
(これが王妃としての最初の公務!)
演説台に向かう足取りはわずかに緊張で震えていた。
しかし、隣を歩くユリウスさまがわたしの手をそっと握ってくれた。
「なにも心配していない――――ただ、お前を信頼している」
「――――その信頼に応えましょう」
その温かさがわたしに勇気を与えてくれる。
彼の碧い瞳がわたしをまっすぐに見ていた。
その瞳にはわたしへの揺るぎない信頼とそして、この国の未来への希望が宿っている。
演説台に立つと、わたしは深呼吸をした。
目の前には、無数の顔。
彼らはみな、わたしがなにを語るのか、真剣な眼差しで見つめている。
かつて、わたしを『地味で愛想がない』と嘲笑し、あるいは『家門の恥』と蔑んだ者たちも、今はただ、静かにわたしの言葉を待っている。
わたしはまず、ユリウス国王陛下への感謝と戴冠の祝意を述べた。
そして、この国の新たな始まりに際し、民衆への感謝を伝えた。
「国王陛下、そして、ここに居られるすべてのみなさま。本日、この国の歴史に新たな一頁が刻まれましたこと、心よりお慶び申し上げます。そして、この素晴らしい戴冠式を温かく見守ってくださった民のみなさまに心より感謝申し上げます」
わたしの言葉は理路整然と、しかし、熱い想いが感じられるものだった、と思う。
そして、わたしは自らの過去に触れた。
「わたくし、セレナ・ローゼリア・フォン・ローゼンハイムはこの国の王妃として、ここに立っております。わたくしの過去には決して平穏な日々ばかりではありませんでした。裏切り、絶望、そして、孤独……」
会場がざわめいた。
まさか、王妃が自らの過去の苦しみを公の場で語るとは誰も予想していなかっただろう。
しかし、わたしはそのざわめきに臆することなく、言葉を続けた。
「しかし、わたくしはそのすべてを乗り越えて、今日、この場に立っております。それは決してわたくし1人の力ではありません。王子の……いえ、国王陛下の、揺るぎない信頼と愛がわたくしを支えてくれました」
わたしはユリウスさまに視線を向けた。
彼の表情は真剣そのものだった。
「そして、なによりもこの国の民の皆様の温かさがわたくしに希望を与えてくれました。王都の街でみなさまがかけてくださった温かい言葉、差し出してくださった優しい心遣い……そのすべてがわたくしを奮い立たせ、未来へと歩む勇気をくれました」
民衆の間から静かな感動が広がっていくのがわかる。
わたしは力強く、そして明確な声で未来への決意を語った。
「過去に屈するのではなく、未来を築きます。わたくしはこの国の王妃として、国王陛下とともに民のみなさまが心から笑顔になれる国を創ることをここに誓います!」
わたしの言葉が広間に響き渡り、そして、広場に集まった民衆の心に深く染み渡った。
演説が終わると一瞬の静寂のあと、会場全体が十分すぎるほどの拍手と喝采に包まれた。
民衆は熱狂的にわたしの名を叫び、貴族たちもまた、拍手でわたしを称賛している。
(よかった……最初の仕事はひとまず成功ね)
評議会に参加していた貴族たちも目を見開いてわたしを見ていた。
その目には驚きと、そして、確かな敬意が宿っている。
「なんと……王妃さまが、あそこまで……」
「なんと理知的で、素晴らしいご意見だ……!」
「まぁ……及第点だ。伸びしろはある……」
「若いのに堂々としていらっしゃる。王妃としての資質には問題なさそうだ」
そんな声があちこちから聞こえてくる。
ユリウスさまがわたしの手を強く握りしめた。
彼の碧い瞳がわたしを誇らしげに見つめている。
「セレナ、君はもう立派な王妃だ」
彼の言葉にわたしの目からは自然と涙が溢れ出した。
それは努力が報われた喜びと、そして、彼への深い感謝の涙だった。
わたしはもう守られるだけの存在ではない。
彼とともにこの国の未来を築いていく、真のパートナーとなったのだ。
「いいえ。まだまだです」
王宮の評議会でわたしは王妃としての第一歩を力強く踏み出したと思う。
この国の未来はきっと厳しい。
けれど、わたしにはユリウスさまがいるのだ。
そして、この国を愛する多くの人々がわたしの味方についてくれている。
わたしはこの愛と信頼を胸にどんな困難にも立ち向かい、この国の未来をそしてわたしたちの幸せを掴み取りたい。




