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第30話 父の懺悔

 王妃としての覚悟を新たにしてから、わたしはますます多忙な日々を送っていた。



 評議会でのわたしの発言が貴族たちに認められ、一部では『賢妃』と称されるようになったことでわたしへの期待は一層高まっているようだ。



 これで少しはユリウスさまと肩を並べることができるだろうか……。





 そんなある日の午後、ユリウスさまの側近であるアルベルトさんが深刻な顔でわたしの執務室を訪れた。



「セレナさま。カーライル侯爵……元侯爵が謁見を求めております」

「…………」




 その言葉にわたしの心臓がドキンと大きく跳ねた。




 カーライル侯爵――わたしの父、実の父だ。

 彼はリリアナとレオナルドの件で爵位を剥奪され、無期限の蟄居を命じられていたはずだ。




 それが一時的に解除されたというのか?




「父が……? なぜ、今さら……」



 そう、なぜ今さらなのだ?

 わたしは困惑を隠せなかった。



 父はわたしを『家門の恥』と罵り、修道院送りにしようとした人間だ。



 今さらなんの用があるというのだろう。



「申し訳ございません。詳しい内容は伺っておりませんが、陛下のご許可を得ての謁見となります」



 アルベルトさんはそう言って深々と頭を下げた。

 陛下が許可を出されたということは父にはそれなりの理由があるのだろう。



 だけれど、わたしは父に会いたいとは思わなかった。

 怯えているとか、逆に憎いだとか、そういう話じゃない。



 もはや彼への感情は無関心に近いものになっていたのだ。





 ユリウスさまにこの件を相談すると彼は静かにわたしの話を聞いたあと、言った。




「セレナが会いたくないのなら、断っても構わない。君に辛い思いをさせる必要はない」




 彼の言葉にわたしは心が温かくなった。

 彼は常にわたしの気持ちを最優先してくれる。



 彼の言葉に甘えて会わないという選択肢もいいかもしれない。



 でも、わたしはもう少しで王妃となる身。



 カーライル家の長女セレナとしての時間はそこまで長くない。



 ならば、王妃となる前に過去と決別するという覚悟で会ってみるのもいいと思うし、そうすべきだ。



「いえ……お会いしましょう。なんのために今さらわたしに会いに来たのか、確かめておきたいですから」



 わたしはそう決断した。

 この対面がわたしの過去との、最後の決別だ。



 ________________________________________



 謁見の間で父はかつての威厳を失い、見る影もなくやつれた姿で立っていた。



「お久しゅうございます、お父さま」





 ――――そこに親子の愛情などなかった。





 ただ他の来客と同様の対応をするわたしと、他の来客と同様の反応をする父がこの部屋にいるだけの話。



(ああ……とっくの昔に親子の関係は破綻していたのね)



 わかっていたことだが、改めて考えてみると虚しいものにも思えてくる。



「あの……」



 ふと、視線を父の隣に向ける。

 そこには継母のアナスタシアの姿はなかった。



「『継母』は……?」



 わたしが尋ねると……父は顔を歪ませた。



「アナスタシアは……精神を病んでしまって、今は言葉を発することもできない状態だ。ここには……その来られない」

「そうですか」



 その父の言葉に対して素っ気なく返してしまったわたし。



「ああ……そうだよ」


 わたしは驚きよりもどこか虚しさを感じた。

 あれほど傲慢で、わたしを貶めることに執心していた継母が今や人間としての尊厳すら失っているというのか。





 ――――罪の報いとはいえ、哀れな末路ではある。





「……セレナ」




 父が震える声でわたしの名を呼んだ。



 その声はかつてわたしを叱責した時の怒声とは、まるで違う。

 弱々しく、そして、どこか怯えているようだった。



「すまなかった……私は……私は、間違っていた……!」

「え……やめてください」



 父はそう言って、その場で深く頭を下げた。

 額を床に擦りつけ、ひざまずいている。



「やめてください」



 侯爵という地位を失い、すべてを失った男の情けない姿だった。



「やめてください」

「これまでの、お前に対する仕打ち……リリアナを溺愛し、お前を顧みなかったこと……婚約破棄を容認し、修道院送りにしようとしたこと……すべて、私の愚かさゆえだ。許してくれ……セレナ……!」



 父は震える声で必死に許しを請うた。

 その目には大粒の涙が浮かんでいる。




「やめてください」




 その姿を見てもわたしの心はほとんど動かなかった。



 かつての憎しみや彼らに裏切られた悲しみはもうそこにはない。


 ただ、ひたすらに哀れみが込み上げてくるだけだった。



(そんなことを今さら言われても……)



 わたしはそう思った。

 謝って許されるようなことでもない。



 彼らがわたしを虐げた日々はもう二度と戻らない。

 彼らの言葉がどれほどわたしを傷つけ、絶望させたか。



「そのようなことはもう求めておりません」



 わたしの声は冷たく、感情がこもっていなかった。



「わたしがどれほど苦しんだか、あなたは理解していらっしゃらないでしょう。そして、あなたが犯した過ちが、どれほど大きな罪であるか、未だにわかっていないと見受けられます」



 わたしの言葉に父はハッと顔を上げた。



 その目は狼狽に揺れている。

 彼にはわたしの言葉が理解できないのだろう。



 自分がただ謝罪すれば、すべてが水に流されるとでも思っていたのだろうか。



「わ、私は……その……」

「なんですか?」



 彼は必死になにかを言おうとするが、言葉にならない。



 ユリウスさまがわたしの隣で静かに見守ってくれていた。



 彼の表情は父に対する怒りや軽蔑ではなく、ただ、静かな観察者のようだった。

 彼はわたしがどう対応するのかを、見守ってくれているのだ。


 わたしは父に背を向けた。


「残念ですが、お父さまはすでに、お父さまでいらっしゃいません。わたしにとって、あなたは、ただの過去の亡霊です」



 その言葉は父に深く突き刺さっただろう。

 彼の肩が大きく震える。



「あなたは、あなたの道を。わたしは、わたしの道を歩みます」



 わたしは、そう言って、謁見の間を出た。

 その一歩一歩が、過去との完全な決別だった。



 もう二度と彼らに心を乱されることはない。



 謁見の間を出ると、ユリウスさまがわたしの手をそっと取ってくれた。



「冷たかったでしょうか」

「いいや。あれくらいでいい。変に希望を持たせるよりも、冷たく突き放す方が彼のためになる」



 彼の優しい言葉にわたしの目から、再び涙が溢れ出した。

 それは父への感情ではなく、すべてを乗り越えたことへの安堵の涙だった。



「そうですか。この選択は間違っていなかったのですね……」


 わたしは彼の胸に顔を埋めた。

 彼の温かい腕の中でわたしは安らぎを感じた。



「間違っていない。もし、セレナが間違った選択をしたら、俺や周りの人間が必ずお前を止めるし、助ける」


 父の懺悔はわたしにとって、もはやなんの意味も持たなかった。

 彼の謝罪は、彼の罪を帳消しにするものではない。


 そして、わたしは彼らを許すこともしない。

 ただ、彼らとはもう関わらない。




 ――――それがわたしが選んだ道だ。




 わたしは王妃として、新たな道を歩んでいく。

 過去の傷はもうわたしを縛りつけるものではないのだ。

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