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第29話 王妃としての覚悟

「ああ……セレナさま。申し訳ございませんでした」

「お顔あげてくださいませ。謝る必要はありません――――むしろ立派でした。武装した男たちを前に率先して前に出たその勇気にわたしは感銘を受けました」



 そうは言ってもセシリアさまは責任感の強い女性だ。

 王妃となるわたしを完璧に守り通すことができなかったことを悔いているのだろう。



 なかなか頭をあげてくださらない。

 どうすれば……。



 こんなとき口が回るリリアナならうまく説得してこの話を終わらせていただろう。



(もっとわたしの会話が上手ければ……)



 そう悩んでいると後ろからユリウスさまが声をかけてきた。



「セシリア。お前が責任を感じる必要はない」

「で、殿下……」





 ――――その一言で彼女は顔を上げた。





 回りくどい言葉を使うこともなく、ただ一言発するだけで相手の行動を変えてしまう。

 これが王の器というものなのか。



「あと――――あんまり無理しないで、身体を大切にしてほしい」



 ユリウスさまが生まれたときから、セシリアさまはお仕えしていた。



 ――――いや、ユリウスさまが生まれる前から、ずっとだ。



 王宮最古参、とも呼ばれるほど長い年月を王室に捧げてきたセシリアさまもかなりご高齢の様子。



 そんな彼女をユリウスさまはご心配なさっているんだろう。



「殿下にそう言っていただけてうれしゅうございます」

「なら……引退して余生を――――」

「それだけはできませぬ! まだまだ世代交代には早すぎます!」




 おお……パワフルだ。

 けっこうお年を召されているというのに周りのどの侍女たちよりも活力に満ちている。




「アルベルトとルイスのことが心配か? ルイスはともかくとして、アルベルトは問題なく仕事をやっている」




 なんでここでアルベルトさんとルイスさんの話が出てくるのだろう。


 そう疑問に思ったわたしは思わず首をかしげてしまう。

 ……というかルイスさん、しれっと低い評価をつけられているけれど、大丈夫だろうか。



 ルイスさん、余計なことをやりがちだからな……。

 彼の将来の出世をついつい心配してしまう。




 そんなことを思っていると、セシリアさまから意外な発言が飛び出した。




「まだ孫たちに殿下のすべてをお任せするわけには参りません!」




 …………孫?

 もしかすると、アルベルトさんとルイスさんのことを言っているのだろうか。



「確かにアルベルトもルイスも一人前とはいえない。だが、もう子どもではない。そろそろお前の抱えている仕事の1つや2つ、あいつらに振ってやってもいいんじゃないか?」

「そうですね。わたしも歳ですから引継ぎくらいしてもいいかもしれませんね」

「ああ……だったら――――」



 ユリウスさまは安堵した表情を見せる。

 国王陛下といい、セシリアさまといい、彼は身近な年上の人に対してはすごく丁寧な気がする。



 また、新たな一面を見ることができた。



「それでは、10年くらいかけて孫のアルバイトとルイス、あと他の孫たちにも引き続きをしていきますね。それでは失礼します……」

「ちょっ。お、おい! せ、セシリア⁉」

「わ、た、し、は、生涯現役です! 失礼します!」



 そう最後に言い残して立ち去ってしまった。



「あ、嵐のようなお方ですね……」

「ああ――――だが、あの人が厳しく俺を育ててくれたから、今の軍人王子としての俺がいると言っても過言ではない。それに飽きっぽいところを見せがちな父上に対して適切な意見を述べて、間違いを犯さないようにしてくださったのもすべてセシリアのおかげだ。頭が上がらない……」



 そうか。

 ユリウスさまのあの鋼のように強い意志はセシリアさま由来のものだったのか。



「だが、歳も歳だから引退してほしいというのも本音だがな」

「あの……アルバイトさんとルイスさんって、セシリアさまの孫なんですか?」

「ああ。2人は兄弟ではなく従兄弟だがな。セシリアは子がたくさんいるから、その孫世代となるとかなりいる。王宮に出入りしているのは彼らだけじゃないぞ」



 セシリア一族恐るべし……。

 きっとこれから彼女の親族の方たちにたくさんお世話になるのだろう。



 ……あまりセシリアさまを怒らさないでおこう。



 ________________________________________



 戴冠式直前の襲撃事件があったことで式は延期となった。


 事件後の対応に忙殺されていたわたしたちだったが、しばらく時間が経つと徐々に余暇時間も増えてきた。


 夜、わたしは自室に籠もり、深く考え込んでいた。



 ユリウスさまはわたしが襲撃されたことでこれ以上ないほど怒り、悲しんでくれた。



 そして、わたしを守るために自ら危険を顧みず戦ってくれた。

 彼の愛に心から感謝する。



 しかし、同時にわたしは自身の無力さを痛感していた。



(わたしはただ守られるだけの存在ではいられない)



 王妃となる身として、ユリウスさまの隣に立つ者として、わたしもまた、誰かを守れる強さが欲しいと強く願うようになった。



 剣を握って戦うことはできない。



 しかし、わたしには勉学で培った知識と冷静な洞察力がある。





 ユリウスさまがわたしのもとを訪れたとき、わたしはその思いを彼に打ち明けた。



「ユリウスさま……今回の事件で改めて王妃としての責任を痛感いたしました。立場上守られることが多いわたしですが、それでも逆にわたしが守りたい者だってたくさんいます」



 わたしの言葉にユリウスさまは心配そうに眉をひそめた。



「セレナ、責任感の強いお前らしい言葉だ」



 彼はわたしの頬にそっと触れ、優しく言った。



「だが、無理をするな。お前が傷ついて悲しむ者は大勢いる」

「ありがとうございます……でも、ユリウスさまに守っていただいてばかりでは真の王妃にはなれません」



 わたしは首を横に振った。



「いや、セレナは強い。あの状況で君は毅然としていた。それは並大抵のことではない」


 ユリウスさまはわたしの強さを認めてくれる。


 彼の言葉はいつもわたしの自信へと繋がっていた。



 しかし、今回は違う。



 わたしは自らの意思でさらなる高みを目指したかった。



「もっと、もっと強くならなければなりません。わたしもユリウスさまのように大切な人を守れる強さが欲しいのです」


 わたしはまっすぐに彼の目を見つめた。



「剣は握れなくとも、頭は使えます。わたしは政治を学びたいのです。よろしければ……評議会にも参加させていただきたい」



 わたしの言葉にユリウスさまは目を見開いた。



 驚きとそして、わたしへの深い感銘が彼の瞳に宿っている。



 評議会は国の重要事項を話し合う、王宮の最重要機関だ。

 そこに王妃となる者が参加するなど、前例のないことだった。



「それは……容易なことではないぞ、セレナ。評議会には各貴族の重鎮たちが顔を揃える。彼らは王妃となる者に政治的な発言権を与えることに難色を示すだろう」



 ユリウスさまは懸念を口にした。

 しかし、わたしは怯まなかった。



「承知しております。ですが、この国を、民を、ユリウスさまとともに守っていくためならば、どんな困難も乗り越えてみせます。どうか、お許しくださいませ」



 わたしの真剣な眼差しにユリウスさまは深く息を吐いた。

 そして、わたしの手を取り、強く握りしめた。



「わかった。君のその覚悟、しかと受け止めた。俺が君の力になろう」



 彼の言葉にわたしの胸は熱くなった。

 彼はいつもわたしを信じ、わたしの挑戦を後押ししてくれる。




 それからというもの、わたしは猛烈な勢いで政治を学び始めた。

 図書館で培った知識を土台に国の法律、歴史、他国との関係、経済状況に至るまで、あらゆる書物を読み漁った。



 ユリウスさまもまた、多忙な合間を縫って、わたしに政治の要諦を教えてくださった。



 彼の側近たちも快くわたしの質問に答えてくれ、彼らの知識と経験がわたしの学びを深めてくれた。



 ________________________________________



 数週間後、わたしは初めて王宮内の評議会に参加することになった。



 重厚な扉が開かれ、広い評議室に足を踏み入れた瞬間、そこには国の未来を左右する貴族たちがずらりと並んでいた。



 彼らの視線が一斉にわたしに集まる。

 その中にはわたしのことを快く思っていない者たちも多く含まれている。




 だが、わたしはもう彼らの視線に怯むことはない。




 隣にはユリウスさまがわたしの手をそっと握ってくれている。




 評議会では王位継承に伴う諸問題、そして、襲撃事件の犯人たちの処遇について議論が交わされた。貴族たちの意見は様々で、活発な議論が繰り広げられる。




 わたしは彼らの議論に耳を傾けながら、頭の中でそれぞれの意見の利点と欠点を整理していった。





 そして、ある議題が提出されたとき、わたしは勇気を出して手を挙げた。





「陛下、ユリウス殿下。そして、ここに居られるみなさま方。セレナ・ローゼリア・フォン・カーライルがご意見を申し上げてもよろしいでしょうか」



 わたしの言葉に評議室が静まり返った。



 貴族たちは驚きと、そして、わずかな嘲りの目を向けている。



「大丈夫なのか、あの女は?」

「確かカーライル家を追い出されたという……」

「おい。その話はするな。王子の耳に入るぞ」


 王妃となる者が評議会で発言するなど、前例のないことだからだ。


 ユリウスさまがわたしを促すように頷いてくれた。

 わたしは深く息を吸い込み、堂々とした声で語り始めた。



「今回の襲撃事件は我が国の安定を揺るがす重大な脅威でありました。しかし、これは単なる反乱分子によるものではなく、我が国が抱える根深い問題の顕在化であるとわたしは考えます」




 わたしの言葉に貴族たちの表情が少しずつ変わっていく。




 わたしは事件の背景にある貴族たちの不満や民衆の生活苦、そして、王位継承問題が引き起こす不安定さについて、理路整然としかし熱い思いを込めて語った。




 そして、それらを解決するための具体的な提案を行った。




「……我が国の未来のためには一刻も早く、王位継承問題を解決し、国民の不安を取り除く必要があります。そのためには、国王陛下の早急なご譲位と、ユリウス殿下の即位が不可欠であると考えます」



 現状、あの襲撃事件をきっかけとして戴冠式は先延ばしになっている。

 この状況をうまく利用してユリウスさまの即位を止めようとしている貴族も大勢いる。



 彼らへの牽制はこれくらいで十分だろうか。



「そしてこの国の基盤を固めるため、民衆の生活を安定させるための政策を早急に実行すべきです。具体的には――――」



 わたしは具体的な政策案を提示した。

 それはわたしが図書館で学んだ知識と民衆との交流で得た知見を組み合わせたものだった。




 わたしの発言が終わると評議室は静寂に包まれた。

 そして、やがて、ざわめきが起こる。




 それは先ほどまでの嘲りや軽蔑の声ではない。

 驚きとそして、感銘を受けたような、ざわめきだった。




「まさかここまで……」

「なんと理知的で素晴らしいご意見だ……!」

「まぁ……悪くはないわな。あの年でここまで言えるなら……」

「堂々としていらっしゃる。王妃としての資質には問題なさそうだ」

「そもそも即位反対筆頭のアルバレスト公爵が失脚したせいで、表立って反対など……」



 なんとか今回の評議会は乗り切れてみたいだ。


 一部の貴族たちはまだ反発する気があるようだが、それでもアルバレスト公爵失脚の影響は大きいみたいで、ユリウスさまの即位を止めるものなどいない。



 ユリウスさまはわたしの手を取り、その碧い瞳で誇らしげにわたしを見つめた。



「セレナ、君はもう立派な王妃だ」



 彼の言葉にわたしの目からは自然と涙が溢れ出した。



 それは努力が報われた喜びとそして、彼への深い感謝の涙だった。



 わたしはもう守られるだけの存在ではない。



 彼とともにこの国の未来を築いていく、真のパートナーとなったのだ。




「いいえ。まだまだです」




 王宮の評議会でわたしは王妃としての第一歩を力強く踏み出したと思う。


 この国の未来はきっと厳しい。

 けれど、わたしにはユリウスさまがいるのだ。

 そして、この国を愛する多くの人々がわたしの味方についてくれている。


 わたしはこの愛と信頼を胸にどんな困難にも立ち向かい、この国の未来をそしてわたしたちの幸せを、掴み取りたい。

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