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第28話 突然の襲撃者

 リリアナとレオナルドの騒動からいったいどれくらいの月日が経ったのだろう。




 長いはずなのに一瞬のように時が過ぎ去っていったのは、毎日が戴冠の日に向けて大忙しだったからだろう。




 陛下が譲位をお示しになられた日が懐かしい。




 もう何か月も前のことだ。




(幸せな日々というのは一瞬で流れていくものなのね……)




 ユリウスさまとの戴冠式まで、残すところあと数日となった。


 王宮内はかつてないほどの祝祭ムードに包まれている。




 華やかな装飾が施され、至る所で式典のリハーサルが行われている。

 わたしもまた、新王妃としての最後の準備に追われていた。




 侍女頭セシリアさまの厳しい指導も、佳境に入り、わたしは完璧な王妃となるべく、日々、心身を研ぎ澄ませていた。




 ユリウスさまはやはりこれまで以上に多忙を極めていた。

 新王としての政務の引き継ぎ、戴冠式のリハーサル、そして、未だくすぶる第一王子派を始めとする反対者の動向への警戒。




 そんな中でも、彼はわずかな時間を見つけては、わたしの元を訪れてくれた。




「無理はしていないか、セレナ」




 彼の優しい眼差しがわたしの疲れを癒してくれる。

 わたしはそんな彼を少しでも支えたいと心から願っていた。



 ________________________________________



 戴冠式前日、王宮は厳重な警備体制が敷かれていた。

 衛兵の数が倍増され、普段は開かない裏門まで固く閉ざされている。



 それほどまでに今回の戴冠式は王家にとって重要な意味を持っていた。

 王位継承問題が続くこの国でユリウスさまが円滑に王位を継承することは国の安定にとって不可欠だったからだ。




 その日の午後、わたしはセシリアさまとの最後の王妃教育を受けていた。

 歴史書を読み込み、王家の紋章の意味や、各貴族の家系について頭に叩き込む。



「セレナさまは本当に素晴らしい集中力をお持ちです。これならば、どんな難題も乗り越えられるでしょう」



 セシリアさまが珍しくわたしを褒めてくれた。

 その言葉にわずかな達成感が胸に広がる。





 ――――そのときだった。





 ドンッ!





 遠くから、なにか大きなものがぶつかるような鈍い音が響いた。

 続けて、叫び声や金属がぶつかり合う音が聞こえてくる。




「何事ですか⁉」




 セシリアさまが眉をひそめて立ち上がった。

 わたしの胸にも嫌な予感がよぎる。





 ――――まるで空気が一変したかのようだ。





 ドタドタドタッ!





 廊下から複数の足音が近づいてくる。

 衛兵の足音とは違う、荒々しく、そして、どこか焦っているような足音だ。




「敵襲か⁉」




 セシリアさまはすぐに事態を察したようだ。

 彼女はわたしを庇うように前に立った。



「セレナさま、すぐに隠れてくださいませ!」



 その直後、部屋の扉が乱暴に開け放たれた。


 そこに立っていたのは見慣れない顔ぶれの男たちだ。

 彼らは、みな顔を覆面で隠し、剣や槍を手にしている。



 彼らの服装や纏う雰囲気から、それが反王政派の過激派であることはすぐに理解できた。




「見つけたぞ、王子の婚約者!」




 彼らはわたしを見つけると、獰猛な笑みを浮かべた。

 その目は獲物を見つけた獣のようだ。




「どうやってここまで……セレナさま後ろへ」

「はい……」


 わたしはとっさにセシリアさまの後ろに隠れた。





 ――――しかし、彼らの狙いは最初からわたしだったのだ。





「捕らえろ! 戴冠式を中止させるにはこいつが一番だ!」



 男たちが一斉にわたしに向かって襲いかかってくる。

 セシリアさまが果敢にも彼らの前に立ちはだかり、声を上げた。



「おやめなさい! ここは王宮です! この恥知らずの無礼者が!」



 だが、彼らはセシリアさまの言葉など聞く耳を持たない。

 彼らは彼女を力ずくで突き飛ばし、わたしに迫ってきた。



 わたしは恐怖で身体が硬直するのを感じた。



 そのとき、わたしはある男の顔を見て、目を見開いた。

 覆面で顔の大部分は隠されているがその目元とどこか見覚えのある髪の色。




(まさか、レオナルドの……いや、そんなはずありえない。こんなことって……)




「あ、アルバレスト公爵……」

「バレてしまったか」

「バレてしまったか、なんて……あなたなにをやっているのか理解しているんですか⁉」



 その男はレオナルドの実父、アルバレスト公爵だった。



 彼らがこの襲撃の主犯格なのだろう。


 レオナルドの実家であるアルバレスト公爵家はこれまでユリウスさま個人から厳しい罰を下されており、ユリウスさまが王に即位されてはさらなる復讐を受けると恐れ、強行に及んだ可能性がある。



 いや、そもそも彼らは現王室に反抗的で、第一王子派の最も強硬な勢力でもあったのだ。



 動機は十分だ。

 だが、勝算があるとは思えない。




 ――――気が狂ったとしか言いようがない。




「セレナ! 貴様のせいで、我が家は……我が息子は……!」




 アルバレスト公爵は憎悪に満ちた目でわたしを睨みつけた。




 そして、一歩、また一歩と近づいてくる。




 わたしは後ずさりながらも、毅然として言った。




「あなた方は正当な裁きを受けただけです! 言い訳をしないでください!」




 ああ……言ってしまった。


 激高して我を忘れ、一族郎党皆殺しへの道を順調に歩んでいる狂人に対して真正面から言い切ってしまった。


 これではなにをやられてもおかしくないだろう。



「黙れ! 貴様ごときがなにを偉そうに!」



 アルバレスト公爵は怒りに任せて、わたしの頬を叩いた。



 パチン、と乾いた音が部屋に響き渡る。



 頬に鋭い痛みが走った。



 口の中に鉄の味が広がる。



(くっ……!)



 わたしは痛みと彼らの理不尽さに歯を食いしばった。



(平手打ちで済んだのね……てっきり拳で殴られるかと思っていたわ)



 しかし、決して屈しない。



「……リリアナの次は両親の言いなりですか! あなたはご自分というものを持たないのですか⁉」





 わたしはその場にうずくまりながらも、レオナルドに叫んだ。





 そう彼はアルバレスト公爵の傍らに立っていたのだ。

 彼の顔は今も恐怖に引きつっている。





「ひっ……!」





 レオナルドはわたしの言葉に怯えたように後ずさった。



「レオナルドもレオナルドだ! 貴様は最後まで自分の意志で動くことのできない、情けない男だな!」



 わたしは彼らに向かって、怒りをぶつけた。

 彼らはもはや正気ではなかった。



 憎悪と絶望に支配され、ただ暴力に走るだけの存在になっている。



 そのとき、部屋の外から、激しい金属音が聞こえてきた。

 そして、剣戟の音。



「クソっ! 誰か来たぞ!」



 襲撃者の1人が焦ったように叫んだ。



 その直後、バンッ!という音とともに部屋の扉が吹き飛ばされた。



 そこに立っていたのはユリウスさまだった。

 彼の金髪は乱れ、頬にはわずかな血が滲んでいる。




 だが、その碧い瞳には燃え盛るような怒りの炎が宿っていた。




「セレナに……よくも手を出したな」




 彼の声は低く、まるで地獄の底から響いてくるかのようだった。

 その殺気に襲撃者たちは一瞬にして凍りついた。




「ユリウスさま!」




 わたしは彼の姿を見て、安堵と同時に彼の身を案じた。

 彼はわたしの知る限り、いつも冷静沈着だ。



 しかし、今の彼は怒りに燃え、まるで獰猛な獣のようだった。



 ユリウスさまは手にした剣を構え、襲撃者たちに突進した。

 彼の動きは電光石火のようだった。

 鍛え上げられた筋肉が躍動し、剣の一振りごとに襲撃者たちが吹き飛ばされる。



「ぐあああっ!」

「クソっ、王子だと⁉ んな馬鹿な⁉」



 襲撃者たちはユリウスさまの圧倒的な力に恐怖を覚えているようだった。



 アルバレスト公爵も顔を真っ青にして後ずさる。





「この無能どもめ! 早く王子を始末しろ!」





 彼は怒鳴りつけたがすでにユリウスさまの勢いは止められない。



 ユリウスさまはわたしを助けるために、単身で救出に乗り込んできたのだ。



 その背中から彼がわたしを守ろうとする強い意志がひしひしと伝わってくる。

 わたしは彼の戦いを見つめながら、祈るように両手を握りしめた。



 ユリウスさまはまさに『処刑人王子』の異名にふさわしい戦いぶりだった。

 無駄のない動きで敵を斬り伏せ、その目は決して獲物から離さない。



 危ない場面もあったが彼は驚くべき身体能力と剣技で次々と敵を倒していく。





 ――――やがて、部屋にいた襲撃者たちはすべて倒れ伏した。





 アルバレスト公爵もユリウスさまの剣によって腕を斬りつけられ、その場に倒れ込んだ。



 ユリウスさまは剣の切っ先をアルバレスト公爵の喉元に突きつけ、冷たい声で言った。




「貴様らの罪は必ず裁かれることになる。覚悟しておけ」




 アルバレスト公爵は恐怖に顔を引きつらせ、なにも言い返すことができない。



 ユリウスさまは剣を下ろすと、一目散にわたしのもとへと駆け寄ってきた。



「セレナ! 大丈夫か⁉ 怪我はないか⁉」



 彼の声は切羽詰まっており、その手は震えていた。

 わたしを抱き起こすと、わたしの頬に触れ、その痛々しい痕に顔を歪ませた。



「セレナ……!」



 彼の目から、大粒の涙がこぼれ落ちる。

 普段、決して感情を表に出さない彼がわたしの前で涙を見せる。





 ――――そのことにわたしの胸は締めつけられた。





「ユリウスさま……! 大丈夫です。わたしは無事です!」





 わたしは気丈に振る舞ってみせた。

 だが、やはり怖いものは怖かった。



 彼らが襲いかかってきたとき、どれほど絶望したことか。

 それでも、わたしは、ユリウスさまが必ず来てくれると信じていた。



 そして、その信念がわたしを支えていた。



 ユリウスさまはわたしを強く抱きしめてくださった。

 彼の腕の中でわたしは彼の命がけの守りにとめどなく涙を流した。



 王妃としての覚悟を固め、強くあろうとしていたわたしだが、やはり、彼の存在がなければ、わたしは無力でしかなかった。彼の腕の温かさがわたしの心を震わせる。




「セレナ……俺は二度と君を傷つけさせない。なにがあっても、俺が君を守る」



 彼の言葉がわたしの心に深く刻み込まれた。

 この人は本当にわたしを愛し、守ってくれる。

 その確信がわたしを再び強くする。



 戴冠式を目前に控えた王宮でまさかの襲撃。

 しかし、この事件はわたしたちの絆を一層強固なものにしたと思う。



 そして、わたしたちの敵が未だに根絶されていないことをまざまざと知らしめることになった。



 彼らの罪はまだすべてが裁かれたわけではない。



 だが、わたしはもうなにも恐れない。


 ユリウスさまとともにどんな困難にも立ち向かい、この国の未来をそしてわたしたちの幸せを、掴み取ってみせる。



 そう、固く決意したのだった。

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