第27話 秘密の花園での誓い
――――母の手紙が見つかり、わたしの過去の傷はゆっくりと癒えていった。
戴冠式の準備は着々と進められているが、公務の合間にはユリウスさまがわたしのために特別な時間を作ってくれるようになった。
その日は午後から予定がなかったため、ユリウスさまが王宮内の隠された花園へと誘ってくれた。
王宮にこんな場所があったなんて、わたしは知らなかった。
「王宮は広すぎてわたしも知らないところがまだまだあるんだわ」
高く伸びた生垣に囲まれたその場所はまるで外界から隔絶された秘密の空間のようだった。色とりどりの花々が咲き誇り、甘い香りが風に乗って漂ってくる。
中央には可愛らしい東屋があり、テーブルと椅子が設えられていた。
「ここなら、誰にも邪魔されない」
ユリウスさまが穏やかな声でそう言った。
彼の表情には安堵とそして、わたしと2人きりの時間を楽しみにしているようなわずかな高揚が見て取れた。
「素敵な場所です。ユリウスさま」
わたしは心からの言葉を素直に伝えた。
この花園は彼の秘密の場所なのだろう。
そんな大切な場所にわたしを招いてくれたことがなによりも嬉しかった。
テーブルにはすでに紅茶の用意がされていた。
湯気の立つポットと美しいティーカップ、そして、色とりどりの菓子が並んでいる。
「紅茶の入れ方は、ご存知ですか?」
わたしが尋ねるとユリウスさまは少し困ったように眉を下げた。
「いや……正直なところ、セレナほど得意ではない。いつも侍従に任せきりだからな」
と、言いながらも彼は他の人よりもうまく紅茶を入れるのだろう。
完璧な人だから……。
でも、今回はわたしが入れたい。
彼をもてなしてあげたい気分なのだ。
「でしたら、わたしが入れましょう」
わたしは立ち上がってポットを手に取った。
侯爵邸にいたころ、継母やリリアナにいじめられ、家政婦同然の扱いを受けていた時期がある。そのころに家事の一環として、紅茶の入れ方を覚えたのだ。
当時のわたしにとっては屈辱でしかなかったその経験が今、こんな形で役に立つとは思いもしなかった。
「ふむ……さすが手際がいいな」
ユリウスさまは少し驚いたように目を丸くした。
その表情にはわたしへの称賛とそして、わずかな眉をひそめるような感情が入り混じっていた。
わたしが貴族令嬢としてはありえないような経験をしてきたことに対して、心を痛めているのだろう。
「気にしないでくださいませ、ユリウスさま。これもわたしの経験の1つですから」
わたしは笑ってそう言った。
温かい紅茶をカップに注ぎ、ユリウスさまの前に差し出す。
「……ん。美味しい。毎日飲みたいくらいだ」
ユリウスさまは一口飲むと、満足そうに頷いた。
彼の顔に浮かんだ心からの笑顔にわたしの胸は温かくなった。
「ふふっ。これからは毎日入れて差し上げますよ」
「それはうれしい――――それは?」
「よかったら、こちらもどうぞ」
わたしは小さな焼き菓子を彼に差し出した。
さっき王宮のキッチンを借りて作ったものだ。
『こ、これから王妃になるお方に、りょ、料理など……』
『お、おやめください!』
『これは私たちがやりますから!』
わたしが料理しようとすると、慌てて止めに入ってくる王宮の料理人たちを思い出してしまう。彼らには悪いことをした。
(心配させて申し訳なかったわね……)
王妃になったら台所に入ることももうなくなるのだろう。
ユリウスさまはそれを一口食べると、さらに笑顔を深めた。
「これも美味しいな。まさか、お前がここまでできるとは……すごいな」
彼はそう言いながらも、どこか照れているようだった。
「ユリウスさま、今日は一段とお褒めの言葉が多いですね」
「え……い、いや――――ち、違うぞ。別にいつも褒め言葉を言おうとしているというか、でも冷たい感じで受け取られてしまうというか、なんというか……」
彼の言葉にわたしは思わず吹き出してしまった。
「ふふふ。それじゃあ、わたしとおそろいですね」
ユリウスさまはきょとんとした顔で首を傾げた。
その無邪気な表情が普段の彼からは想像もできないほど可愛らしくて、わたしはさらに笑みがこぼれた。
「なんでもありません。でも、ユリウスさまが喜んでくれているのなら、とても嬉しいです」
わたしがそう言うとユリウスさまは、顔を少し赤らめて視線を逸らした。
その反応が、また可愛らしい。
午後のひとときは他愛のない会話で過ぎていった。
「そういえばこの花園にもバラを植えた――――セレナのために」
ユリウスさまがふと思い出したように尋ねた。
「ありがとうございます。実はこの花園に入ってきて、すぐに目に入ってきたのがバラなんです。すごく丁寧に生育されていますね。これを手入れした庭師はさぞ優秀な方なのでしょう」
わたしがそう答えるとユリウスさまは、目の前の花壇に咲き誇るバラに目を向けた。
「――――これを手入れしたのは俺だ……」
「え……、そうなんですか?」
「そうだ。わ、悪いか……王となろう者が地道にバラの手入れをしているなど」
ばつが悪そうに視線を逸らすユリウスさま。
「いえ。いいと思います――――でも、家臣の方に止められたでしょう?」
「ああ。『これから国王になるお方に庭の手入れなどさせるわけにはいきません』と詰め寄られたぞ」
「ふふっ。ここもお揃いですね」
「――――ん?」
「なんでもありません」
思えばこの人と再会してから、妙に馬が合うなと思っていたけれど、そうか――――わたしたちって似た物同士なんだ……。
似た者同士でこの国を民を支えていく。
そんな未来がすぐそこに来ている。
「この国はまるでこのバラのようだ、と前に言っただろう」
「はい」
「様々な色があり、様々な人間が生きている。貴族も、平民も、職人も、商人も、皆がこの国を支えている。そして、各々がそれぞれに美しい色を持っている」
彼はわたしの手を取り、優しく撫でた。
「俺はその色とりどりの人々を、そしてこの国を君とともに支え、幸せにしていきたい。君の知性、君の優しさ、そしてなによりもその強い心がこの国には必要なんだ」
彼の言葉にわたしの胸は熱くなった。
彼はただわたしを愛しているだけでなく、この国を、そして民を、ともに守っていこうと誓ってくれているのだ。
夕暮れの光が花園に差し込み、わたしたちの影を長く伸ばす。
ユリウスさまはわたしの手を握りしめたまま、静かに、そして、真剣な眼差しでわたしを見つめた。
「セレナ・ローゼリア・フォン・カーライル。いずれ、君をこの国の王妃として、そして、1人の女性として、心から幸せにする」
それは彼からの改めてのプロポーズの言葉だった。
王宮内の隠された花園で2人きりの空間で告げられるその言葉はなによりも深く、わたしの心に響いた。
わたしの目から再び涙が溢れ出した。
それは彼への感謝とそして、これから始まる未来への喜びの涙だった。
「……はい」
わたしは静かに頷き、ユリウスさまの胸に飛び込んだ。
彼の腕がわたしを優しく包み込む。
温かく、そして力強い抱擁にわたしはすべてを委ねた。
「ありがとう、ユリウスさま……」
彼の胸元に顔を埋め、わたしはそっと呟いた。
この秘密の花園でわたしたちは永遠の誓いを交わした。
これからどんな困難が待ち受けていようとも、彼とならば乗り越えていける。
そう、心から信じることができた。
その夜、王宮の空には満月が輝いていた。
花園のバラたちは、夜露に濡れ、一層美しく咲き誇っている。
わたしたちの未来を祝福するかのように静かに、そして優しく、月明かりが降り注いでいた。
この温かい光がいつまでもわたしたちを照らしてくれることを願いながら、わたしはユリウスさまの温もりの中で静かに目を閉じた。
お読みいただきありがとうございました!
これで第2章が終わりです!
ここからクライマックスの第3章が開幕です!
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