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第26話 亡き母からの手紙

 もう過去には縛られない。

 もう過去を振り返らない。




 そう思っていたけれど。




 今日だけは、今日だけは少しだけ、過去を見つめなおしてもいいと思った。



 ________________________________________



 ユリウスさまの戴冠式に向けて、王宮内は慌ただしい準備が進められていた。

 わたしもまた、新王妃としての務めに追われる日々を送っている。



 侍女頭のセシリアさまの厳しい指導は相変わらずだが、それでもわたしは日ごとに成長していく自分を実感していた 。





 そんなある日、思いがけない報せがわたしの元に届いた 。





「殿下、そしてセレナさま。カーライル侯爵家の件ですが王都の騎士団が家宅捜索を行ったとのことです」

「まだ、侯爵邸にいるのですね」

「はい。いきなり貴族の爵位と土地を剝奪というのは非常に面倒な措置でございますから」

「対処が遅れてすまないな」

「ユリウスさまが謝ることではございませんよ」



 ユリウスさまの側近であるアルベルトさんが深刻な顔でわたしの執務室を訪れた。

 レオナルドやリリアナ関連でまた問題を起こされては困ると、王家が警戒して捜査を行ったのだという。



 当然の処置だとわたしは思った。

 彼らがこのまま大人しくしているはずがないと心のどこかで感じていたからだ 。



「その捜索の際、侯爵邸の奥で奇妙なものが発見されたそうです」

「奇妙……?」

「失礼しました――――奇妙なものではありません。『大切なもの』です」

「大切なもの……」



 アルベルトさんはそう言って、一枚の古びた手紙をわたしに差し出した。

 丁寧に封がしてあり、その表には見慣れた紋章が押されている。




 わたしの実家の紋章だ。




「本当は開封する予定でしたが、家宅捜索に参加していたルイスが『これは開けちゃダメなヤツだ。絶対そうだ』と言って周囲を困らせたので、封はしたままです」

「まぁ……ルイスさんがそんなこと……」



 わたしはゆっくりと手紙を手に取り、じっくりと見つめた。



「では……おふたりの時間をごゆるりと……」




 そのままアルベルトさんは部屋から出た。




「書いた者の名がここにあるな」




 その筆跡にわたしは思わず息を呑んだ。




 それは、幼いころに病で亡くなった、わたしの実母の筆跡だった。



 間違いない。

 もうほとんど記憶に残っていないけれど、なんとなくそれが母のものだと感じてしまった。




「……母さまの手紙……」




 わたしの声は震えてしまっていた。




 ――――まさか、今になって母の手紙が見つかるとは。




 胸の奥から、温かく、そして切ない感情が込み上げてくる 。



 ユリウスさまがわたしの隣にそっと寄り添ってくれた 。



「開けてみなさい」



 彼の優しい言葉にわたしは震える手で封を開けた。

 中には何枚もの便箋が入っていた。



 どれもわたしの実母の懐かしい筆跡でびっしりと文字が綴られている。




『愛しいわたしのセレナへ。』




 最初の行を読んだだけで、わたしの目からは涙がとめどなく溢れ出した。

 母の、優しく、そして気品に満ちた声がまるで耳元で聞こえるようだった。




『あなたがこの手紙を読んでいるころには、もうわたしはこの世にいないでしょう。こんなに幼いあなたを残して逝くことがなによりも心残りです。』




 母はわたしが8歳の時に病で亡くなった。

 そのときの悲しみは今もわたしの心の奥底に深く刻まれている。



 母が亡くなってからの日々はわたしにとって、まさに地獄のようなものだった。

 侯爵邸での冷たい視線や継母と妹からの陰湿な嫌がらせの数々が走馬灯のように脳裏を駆け巡る 。




『セレナ、あなたは本当にわたしの自慢の娘です。いつも聡明で、物事を深く考え、そしてなによりも、心の優しい子です。』




 母の言葉がじんわりと胸に染み渡る。


 わたしはこれまでずっと、自分のことを地味で、無愛想で、誰からも愛されない人間だと思い込んで生きてきた。


 特に継母のアナスタシアが侯爵邸に入ってからはその思いは一層強くなった。




『貴族の娘として、社交性も愛嬌も足りない、と周囲は言うかもしれません。でも、あなたの内面には誰よりも強い芯と豊かな慈愛があります。それが、なによりも尊いことなのです。』




 母はわたしのすべてを理解し、認めてくれていた。

 わたしの短所だと思っていた部分も母は長所として見てくれていたのだ 。




『あなたは気高く、誰よりも愛されるべき子です。どうか、そのことを忘れないでください。たとえ、わたしがそばにいられなくなっても、あなたは決して1人ではありません。』




 涙で文字が滲み、もう読むことができない。

 わたしは手紙を胸に抱きしめ、嗚咽を漏らした 。




 ユリウスさまがわたしの背中を優しく撫でてくれた 。




「セレナ……大丈夫か?」

「はい……母さまの手紙です。まさか、こんなものが残っていたなんて……」



 わたしは、涙を拭い、残りの手紙を読み進めた。


 そこには母がわたしに伝えたかった、たくさんの思いが綴られていた。

 そして、継母と妹の態度が母の死後に急変した理由がこの手紙によって明らかになった。




『私が亡くなればきっとアナスタシアがこの家に入ることになるでしょう。彼女は私の遠縁にあたりますが、野心深く、自分の血を引く者こそがカーライル家の正統な後継者であると信じています。』




 継母はリリアナの実母であるアナスタシア・ド・カーライル。




 元は男爵家の令嬢で侯爵と結婚することで地位を得たが、前妻の子であるわたしだけは目の上のたんこぶだった……。




『だから、セレナ、あなたは決してアナスタシアの言葉に惑わされてはいけません。彼女は、きっとあなたを疎み、虐げるでしょう。自分の血を引くリリアナを「正統な娘」とし、あなたを完全排除しようと画策するはずです。』




 手紙には継母がわたしを『前妻の亡霊』として憎み、排除対象として見る可能性があることが書かれていた。



 思えば、わたしが古着や自分で用意したドレスを着せられ、リリアナには専属侍女が付き、豪奢なドレスが与えられていたのも、継母の仕業だった。



 わたしの部屋の掃除が後回しにされたり、食事に差があったり、侍女がわたしの持ち物をこっそり傷つけたりしたことも、継母の指示なんだろう。




『そして、あなたの父であるエドワードもきっとアナスタシアの言いなりになるでしょう。彼は優柔不断で強い意志を持たない人です。わたしがいなくなれば、きっとアナスタシアの言葉を鵜呑みにし、あなたを顧みなくなるでしょう。』




 父はわたしを『家門の恥』と叱責し、修道院送りにしようとした。

 それも恐らく継母に唆されてのことだったのだろう。



 母は父の性格をよく知っていた。



 わたしが実母の子でリリアナは継母の子。


 この奇妙な姉妹関係、家族関係は家族内では知られている話だが、他の人はあまり知らない話だし、興味もないだろう。


 ユリウスさまはわたしの実母が亡くなり、継母が新たに来たことは知っていたがその内情までは知らなかったはずだ。




「……セレナ、辛いだろう。お前の母はお前がきっと将来苦しむだろうとわかっていてこの手紙を残したのに、今の今まで見つからなかった」




 ユリウスさまがわたしの頭をそっと抱き寄せてくれた。

 彼の温かい腕の中でわたしは再び涙を流した 。




「いいえ、ユリウスさま……。むしろ、過去と決別し、王妃として新たな人生を歩むこのタイミングで、母の手紙を読むことができたことが――――幸せです」




 この手紙は母からの最後の贈り物だ。




 母はわたしが1人で苦しむことを案じ、未来のわたしにこの真実を伝えようとしてくれたのだ。



『セレナ、どんな困難が訪れても、自分を信じて。あなたの心はなによりも強い。そして、きっと、あなたを心から愛してくれる人が現れるでしょう。その人を信じ、幸せになりなさい。』




「もう……母さまはなんでもお見通しなのね」



 母の言葉がわたしの心に深く刻み込まれた。


 ユリウスさまはわたしを心から愛してくれる人だ。


 母の願いは今、現実のものとなったのだ 。



 わたしは涙ながらに母の言葉を胸に刻んだ。

 そして、過去の傷がゆっくりと癒えていくのを感じた。



 母の愛はわたしを支え、未来へと導いてくれる光だ。


 もう、過去に囚われることはない。


 わたしは母の願いを胸にユリウスさまとともに幸せな未来を築いていくことを改めて心に誓ったのだった。

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