第23話 リリアナの大転落
「セレナよ……もう話は聞いておるな。ゴホッゴホッ」
バラの庭園でお茶会をしよう、という陛下の提案をきっかけにわたしは初めて直に陛下と会話をすることになったのだが、その容体が心配で出されたクッキーを口に運ぶ余裕すらなかった。
「ゴホッゴホッ。すまんの。儂も昔は精強な軍人として戦場を駆け巡ったのじゃが、老いには勝てず……ゴホッゴホッ」
「父上、無理してお話をしなくてもよろしいのでは?」
隣に座っていたユリウスさまが陛下の背中をさする。
無愛想に見えて親想いでもある彼は自然とそのような行動ができるらしい。
(わたしとは違うよね……)
もし、自分が彼の立場であったのなら、自然にあのような行動を取ることができたのだろうか。
わたしの無愛想は生来のものなのか、それともあの歪な家庭環境が生んだものなのか……。
「いや、話させてくれ。これは儂が決めたことじゃ――――セレナ」
「は、はい!」
急に名前を呼ばれてしまった。
油断していたから変な声が出てしまった。
「ふふっ」
ユリウスさまも口元を覆いながらクスっと笑っていらっしゃる。
(ああ……恥ずかしいわね)
リリアナとレオナルドの一件が終わって少し油断しているのだろう。
ダメだ、ダメだ。
いつユリウスさまが王位に就くかわからない状況で油断はよくない。
身を引き締めなければ。
そんなことを言っていると、まるでわたしの覚悟を試すかのように国王陛下は口を開いた。
「この度、ユリウスに王位を譲る。戴冠式の準備もできておるし、各方面への根回しもできておる。アルバレスト公爵は難色を示しているが、それ以外の有力貴族は納得した。あとはお主らの覚悟だけじゃ」
「え……?」
意外だった。
こんなにも早くユリウスさまが王として即位する日が来るとは思ってもいなかった。
「セレナ」
「はい、ユリウスさま」
動揺した心を落ち着かせ、いつもの平常心でユリウスさまに応える。
「俺は王になると決めた。長男を差し置いて」
「はい。これまでもそう聞いておりましたから、覚悟はすでにできております」
「難色を示している貴族からの反発も強いだろう」
「あの家庭環境で耐え抜いた身ですから、問題ございません」
「強いな……頼もしい」
ユリウスさまはわたしの手を握ってそう言ってくださる。
真っすぐな瞳。
わたしが好きな目だ。
一切の迷いもなく、でもわたしの心配をして気遣ってくれている、そんな目。
「いえ、ユリウスさまほどでは……」
「いやいや。セレナこそ……」
「いえ、ユリウスさまこそ……」
「なんじゃ、お主ら。本当に仲がいいの。王位を譲って正解じゃったわい!」
わたしたちの馬鹿っぽさがあふれ出しているやり取りを見て、ポカンとなった陛下はしばらくやり取りを見たのち、大笑いしていた。
「その様子じゃと問題はなさそうじゃな。じゃあ、解散するかの」
「父上……まだお茶会が始まって10分も経っておりませんが……」
「いや、なに……セレナとユリウスが即位に向けて不安になっていると思ってな。このような場を設けて心を静めてもらおうと思ったのじゃが杞憂じゃったからな。もう、いいかと思ってな」
「へ、陛下?」
お茶会は始まって間もない。
始まってすぐに切り上げるとか、よほどことがなければ起こらないのだが……。
あまり陛下にはお会いしたことが、彼の前ではいつもこんな感じなのか。
そして、困り果てた様子のユリウスさま。
普段、凛々しい彼の意外な一面を見られて、思わず和んでしまう。
「セレナ、今笑っただろ」
「い、いえ……ふっ。わ、笑っていませんよ」
「笑みが零れ出しているぞ」
笑うってこんな感じなんだなって最近気がついた。
自発的に頑張って笑おう、というのではなく自然と笑みが浮かんでくるのが笑うということなんだと、この歳になって知った。
「ほほっ。夫婦仲も良好でなによりじゃ。これで儂が引退してもなんの問題もないの」
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公開裁判から数週間が経ち、ユリウスさまが次期国王となることが正式に発表された。
それに伴い、リリアナ、レオナルド、そしてわたしの両親に対する最終的な判決も下されることになった。
その報せは王都の街を駆け巡り、市民の間でも大きな話題となっていた。
彼らがどのような末路を辿るのか、皆が固唾を呑んで見守っている。
わたしはユリウスさまとともに判決が下される場に立ち会った。
王城の厳かな雰囲気の中、国王陛下が静かに口を開いた。
「リリアナ・フォン・カーライル、レオナルド・アルバレスト。貴様らは王子の婚約者たるセレナ・ローゼリア・フォン・カーライルさまを貶め、王家の名誉を傷つけ、この国の秩序を乱そうとした。その罪は決して軽んじることはできぬ」
国王陛下の言葉は重く、広間に響き渡る。
リリアナは青ざめた顔で震えながら、ユリウスさまに必死に媚びようとしていた。
「お、王子さま……わたくしは、なにも……! わたくしは、ただ、お姉さまのことが心配で……」
しかし、ユリウスさまは彼女を一瞥することもなく、冷徹な視線を国王陛下に向けたままだった。国王陛下はリリアナの言葉を遮るように続けた。
「よって、リリアナ・フォン・カーライルは貴族の身分を剥奪。今後、王宮への出入りは禁止とする」
その言葉にリリアナは目を見開いた。
「そ、そんな……! わたくしが、平民に……⁉」
彼女の顔は驚愕と絶望に歪む。
かつて、わたしが家を追われたとき、彼女は高笑いしていた。
まさか、自分が同じ道を辿るとは夢にも思っていなかったのだろう。




