第22話 庶民からの支持
公開裁判から数日が経ち、王都の空気は、これまでとは比べ物にならないほど穏やかになっていた。
リリアナとレオナルド、そしてわたしの両親に対する最終的な判断はまだ下されていないが、真実が明らかになったことで、民衆の怒りは収まり、わたしに向けられる視線も同情とそして確かな期待へと変わっていた。
あのとき、わたしの言葉を信じ、真実を明らかにしてくれたユリウスさま。そして側近のアルベルトさんとルイスさんには感謝しかない。
彼らが動いてくれたからこそ、わたしは今、こうして王宮にいることができるのだ。
わたしはユリウスさまの勧めもあり、王宮の公務の合間を縫って、時折、王都の街を散策するようになった。
もちろん、以前のように隠れるように歩く必要はもうない。
衛兵の護衛はついていたが、それはわたしの身を守るためであり、決して民衆との間に壁を作るものではなかった。
むしろ、彼らはわたしが民衆と交流するのを温かく見守ってくれた。
初めて街に出た日、わたしは少しだけ緊張していた。
かつて、婚約破棄された直後、わたしに向けられた街の人々の好奇と嘲りの視線がまだ記憶に新しいからだ。
(もし、またあのときのように、冷たい目を向けられたら……)
そんな不安が胸の奥で渦巻いていた。
けれど、わたしの不安は杞憂に終わった。
「セレナさま! ごきげんよう!」
通りすがりの婦人が顔いっぱいの笑顔でわたしに声をかけてきた。
その声は心からの歓迎と純粋な喜びに満ちていた。
「ごきげんよう」
わたしもはにかみながら挨拶を返す。
すると、その婦人の隣にいた少女が目を輝かせながら駆け寄ってきた。
「セレナさま! セレナさまなのね!」
少女はわたしの手を取ろうと、小さな手を精一杯伸ばしてきた。
わたしはそっとその手を握り返す。
その温かさに、胸がじんわりと熱くなった。
「裁判、見ました! リリアナさまって本当にひどい人ですね! セレナさまはなにも悪くなかったのに!」
少女の母親が興奮したようにそう言った。
「そうよそうよ! わたしたち、ずっとセレナさまを信じてましたわ!」
周囲の民衆からも、次々と温かい声がかけられる。
彼らはわたしのことを『優しい妃さま』と呼び始めていた。
その声はまるで合唱のようだ。
「優しい妃さま。どうかこの街を……国を、お守りくださいませ!」
「ええ、きっとこの国は、セレナさまがいらっしゃれば、もっと良くなるわ!」
「王子さまと、どうかお幸せに!」
「私たちはいつもセレナさまを応援していますからね!」
彼らの言葉は貴族たちの社交辞令とは全く違う、心の底からの願いとわたしへの信頼が込められていた。
その純粋な温かさにわたしの目には薄っすらと涙が滲む。
八百屋の前を通ると、威勢の良い声が飛んできた。
「おや、セレナさま! 今日はどちらへ?」
店の主人が満面の笑顔でわたしに声をかけた。
「こんにちは。少し、街の様子を見に参りました」
「そうですか! いやあ、セレナさまがいらっしゃると、この街も明るくなりますなあ! ほら、これ、おひとつどうです? 採れたての新鮮な野菜ですよ!」
とれたてのリンゴを差し出され、わたしは恐縮しながらも受け取った。
「ありがとうございます。とても美味しそうですね」
「とんでもない! セレナさまに食べていただけるなんて、光栄の至りでございます!」
パン屋の前では焼きたてのパンの香ばしい匂いが漂っていた。
「セレナさま! いつもありがとうございます!」
パン屋の娘が店の奥から顔を出し、にこやかに挨拶してくれた。
「ええ、こちらのパンは本当に美味しいです。実は側近の方に言って朝食用にいつも買ってきてもらっているんです」
「まぁ! そうなんですね! ありがとうございます! ささ、どうぞ。これも召し上がってください! 今日焼きたてのとっておきの菓子パンでございます!」
と、小さな菓子パンを差し出された。
その温かい心遣いにわたしは胸がいっぱいになった。
「ありがとうございます。大切にいただきます」
彼らとの交流はわたしに大きな喜びとそして、未来への希望を与えてくれた。
かつては貴族社会の閉鎖的な世界に閉じ込められ、民衆とは縁遠い存在だと思っていた。
しかし、彼らはわたしを『セレナさま』と呼びながらも、まるで家族のように温かく接してくれた。この温かさがわたしの心を溶かしていく。
過去の孤独が嘘のように、温かい時間が流れていった。
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ある日の夕暮れ時、ユリウスさまが街角でわたしの隣に立ち、静かに囁いた。
「セレナの笑顔が国を変える」
彼の言葉にわたしの顔はカッと熱くなった。
恥ずかしさとそして、彼の言葉が持つ重みに胸が震える。
「そんな……大袈裟ですわ、ユリウスさま」
「大袈裟ではない。君が市井の人々と交流し、その声に耳を傾けることで、彼らは希望を抱く。それがこの国の未来を創る力となる」
ユリウスさまの言葉はいつも真摯だった。
彼はわたしが王子の妃として、この国の民にとって、どれほど重要な存在であるかをいつも教えてくれた。
実はリリアナとレオナルド、そしてわたしの両親に対する最終判断が引き延ばされているのには、他に重要な理由があった。
――――それは王の退位だ。
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「近いうちに父上が王位を譲られる。そして、俺が王位を継ぐことになる――――このことは他言無用だ」
ユリウスさまはある夜、わたしにそう打ち明けた。
「え……」
「ここ数代、王の即位に際して、王位継承問題が起こり、スムーズな継承ができていない。父上はそれを避けたがっている。だから、存命中に後継者を即位させると決断された」
ユリウスさまの言葉にわたしは息を呑んだ。
この言葉通り、ユリウスさまは……この国の次期国王となる。
そして、わたしがその王妃となる。
その責任の重さにわたしの心は震えた。
「俺は父上のように内乱で武力を見せつけて王位を勝ち取ったわけではない。だからこそ、円滑な継承が必要なんだ。王宮内の権力闘争もこれ以上は避けたい」
ユリウスさまはそう言って、深く息を吐いた。
彼の表情には、王としての重責と未来への不安が入り混じっているように見えた。
彼は自らの即位がさらなる混乱を招くことを恐れているのだろう。
わたしは王妃としての自覚を強く抱くようになった。
王宮内は悪意と権力欲で満ちている。
スムーズに即位できる気がしない、というユリウスさまの言葉がわたしの心に重く響いた。
彼を支えなければならない。
彼の隣で、この国を、そして色とりどりの民を、ともに守り、幸せに導いていかなければならない。
「ユリウスさま……」
わたしは彼の名を呼び、その手をそっと握りしめた。
「わたしになにができるかはわかりません。ですが、わたしはユリウスさまとともにこの国を支えたい。そして、民の皆が心から笑顔になれる国を創りたいです」
わたしの言葉にユリウスさまはわたしの手を強く握り返してくれた。
彼の碧い瞳がわたしをまっすぐに捉えている。
その瞳の奥には確かな信頼と、そして、わたしへの深い愛が宿っていた。
「セレナ……ありがとう。君がいてくれるからこそ、俺はこの重責に立ち向かえる」
彼の言葉にわたしの胸は熱くなった。
わたしはもう1人ではない。
(わたしは王妃になる。この国の未来のためにユリウスさまのために、そして、民のために)
王妃としての覚悟を胸にわたしは王宮へと続く道をユリウスさまとともに歩み始めた。
未来はきっと厳しいだろう。
だが、わたしはもう1人ではないのだ。
彼とともにどんな困難も乗り越えてみせる。
そう、固く決意したのだった。
この国を王宮の悪意から守り、真の平和と繁栄をもたらすために。




