第19話 元婚約者との直接対決
リリアナとレオナルドによる卑劣な陰謀が暴かれ、王宮は再び平穏を取り戻しつつあった。
わたしに関する悪質な噂はユリウスさまの迅速な対応によって鎮静化され、わたしは正式な婚約者として、揺るぎない地位を築き始めていた。
ユリウスさまはわたしを信じ、守り、そして、過去の悲しみまで打ち明けてくれた。
彼の隣にいられることが、どれほど幸福なことか、日々実感していた。
「まさか……」
――――そんなある日のことだ。
王宮内の庭園を散策していると、突然、見慣れた人影が茂みから現れた。
「あなたは――――」
「セレナ!」
「――――っ、なんで……」
その声にわたしの足がぴたりと止まった。
振り返るとそこに立っていたのは元婚約者のレオナルドだった。
彼は以前の華やかさはなく、どこか憔悴しきった表情をしていた。
その目はわたしのことを見つめているが、そこには以前のような自信はなかった。
「レオナルドさま。あなたはユリウスさまから謹慎を言い渡されていたのではないですか」
「ああそうだよ。で、でも。素直に聞いていられない事情があってここに来たんだ」
正式な処分を下すには時間がかかる、とのことなので、リリアナや両親、あとレオナルドは自宅で大人しくしておくようにとユリウスさまから言われていた。
だが、あろうことかこの男はそんなことも忘れたかのようにわたしのいるところにやってきた。
(おかしいわね……この優柔不断な男が突然謎の行動力を発揮するときは、決まって誰かの影響を受けたとき。きっと、リリアナにでもそそのかされたのでしょうね)
「王宮は厳重に警備されていたはずですが」
彼がこのような場所に忍び込むことができるとは思いもしなかった。
「実家にでも頼んだんですか? アルバレスト公爵家はあなたに甘いですからね」
彼の顔には焦りとそしてなにかを企んでいるような見苦しい色が浮かんでいた。
「セレナ! 話を聞いてほしい! 君に会いたくて、会いたくて……!」
(わたしの話は無視か……)
彼はわたしの腕を取ろうと手を伸ばしてきた。
――――パシッ!
その手を反射的に払い除ける。
彼の触れる手がひどく不快だったのだ。
「何用ですか。あなたはわたしとはもうなんの関係もないはずです」
わたしの冷たい言葉にレオナルドは怯んだように手を引っ込めた。
「そんなこと言うなよ、セレナ! 僕は……僕は、ずっと君を愛していたんだ!」
「――――は?」
その言葉にわたしは思わず眉をひそめてしまう。
「愛して、いた? それでは舞踏会でのあの裏切りは、なんだったのです?」
わたしの問いにレオナルドはしどろもどろになった。
「あれは……あれは、リリアナのせいなんだ! あいつが、僕を誘惑して……! 無理やり、君との婚約を破棄させようと……!」
彼はすべてをリリアナのせいにするかのように、必死に弁明し始めた。
その必死さがあまりにも醜かった。
「僕は、君のことが忘れられなくて……君を失ってから、どれだけ後悔したか……! だから、もう一度……もう一度、やり直してほしいんだ!」
彼はわたしの前で今にも膝をつきそうな勢いで懇願してきた。
その目に宿る感情は愛ではなく、ただの自己保身と依存でしかない。
彼は自分でなにも決められない人間だ。
リリアナが誘惑すれば、そちらに流れる。
親に決められた婚約にもただ流されていた。
そして、今、わたしが王子妃、そして未来の王妃となる可能性が見えてきた途端、手のひらを返したように縋りついてくる。
――――その浅ましさにひどく吐き気を覚えた。
「……あなたは最初から私を愛してなどいませんでした」
わたしの声は自分で言うのもあれだが、氷のように冷たかった。
「もし本当に愛していたのなら、リリアナに誘惑されるままにわたしを裏切るような真似はしなかったはずです。あなたはただ、状況に流されるまま、都合の良い方を選んできただけでしょう。そして、わたしが王子妃となる可能性が見えた途端、わたしに縋りついた。その優柔不断な姿にわたしは心底うんざりしています」
(つくづくユリウスさまと対照的な男ね)
レオナルドの顔がみるみるうちに青ざめていく。
わたしの言葉が彼の心を深く突き刺したのだろう。
彼はなにも言い返せないでいる。
「あなたは自分の意志を持たない、ひ弱な方です」
「そ、そんな言い方……」
「かつてはそんなあなたを支えたいとさえ思いましたが……今のわたしには、あなたのような方が隣にいる必要はありません」
わたしは毅然とした態度でレオナルドを突き放した。
かつて彼に抱いていたわずかな情も憐れみも、今となっては一片もない。
彼から受けた裏切りがどれほどわたしを傷つけたか。
そして、その傷を乗り越え、今のわたしがあるのだ。
「なっ……馬鹿なことを言うな!僕は君を……!」
レオナルドは激昂した。
わたしの言葉に彼のプライドが深く傷つけられたのだろう。
彼はわたしの腕を掴もうと、再び手を伸ばしてきた。
その目は狂気に満ちていた。
「恥の上塗りはもうおやめなさい!」
わたしは彼の行動に顔をしかめた。
――――そのときだった。
「なにをしている」
冷たく、低い声が背後から響いた。
その声には、一切の感情が込められていない。
まるで、氷でできた刃のような、鋭い響きだった。
レオナルドはその声に身体を硬直させた。
わたしもその声の主を振り返る。
そこに立っていたのは……当然、ユリウスさまだった。
彼の碧い瞳は怒りに燃え、レオナルドをまっすぐに射抜いている。
その周りの空気は一瞬にして凍りついたようだった。
「ユリウスさま……!」
わたしの声にユリウスさまは朗らかな視線を向けたが、その表情はすぐに元の冷徹なものに戻った。
「レオナルド・アルバレスト。貴様は王宮内に不法に侵入し、王子の婚約者に危害を加えようとしたな」
ユリウスさまの声は一音一音が重く、レオナルドの心臓に響き渡る。
レオナルドは恐怖に顔を引きつらせ、後ずさった。
「アルバレスト公爵の手引きか……息子に甘いのも考え物だな……」
「ち、違います! 父上は関係ございません!」
「なるほど。では、王宮内に不法侵入したのも、俺の婚約者に危害を加えようとしたのもお前の意思というわけか?」
「ち、違う!これは……!」
彼は必死に弁明しようとするが、ユリウスさまは聞く耳を持たない。
「はぁ……軟弱者め。いいか? 貴様の罪はこれまでの不貞行為に加え、王家に対する侮辱、そして王宮への不法侵入と王子の婚約者への危害未遂だ。すべて、看過できるものではない」
ユリウスさまは周囲に控えていた衛兵たちに冷たい声で命じた。
「衛兵! この男を捕らえよ。王宮への不法侵入、そして王子の婚約者への危害未遂の罪で、厳しく尋問せよ」
「はっ!」
衛兵たちが一斉にレオナルドに駆け寄る。
レオナルドは恐怖に顔を歪ませ、必死に抵抗しようとするが、屈強な衛兵たちに押さえつけられた。
「やめろ! 放せ! セレナ! 助けてくれ! 僕は君を……!」
レオナルドの叫び声が庭園に響き渡る。
その声は情けなく、哀れだった。
彼は最後まで自分自身でなに1つ責任を取ろうとしない。
すべてを他人のせいにする、彼の卑怯な本性が露呈していた。
わたしはその光景をただ冷めた目で見ていた。
彼への同情も、憐れみも、もうなにもない。
彼の叫び声はわたしにはもう届かない。
ユリウスさまはわたしの肩をそっと抱き寄せ、温かい視線を向けてくれた。
「もう大丈夫だ。君に嫌な思いはさせない」
彼の言葉にわたしは静かに頷いた。
レオナルドは衛兵たちに引きずられるようにして連れて行かれた。
彼の声が遠ざかるにつれて小さくなっていく。
これで1つ区切りがついたのだろうか。
わたしの過去に終止符が打たれたのだろうか。
いや、まだだ。
わたしの家族、そしてあの継母が残っている。
彼らがこのまま黙っているはずがない。
アルバレスト公爵家が出張ってくる可能性だってある。
わたしはユリウスさまの隣で静かに決意を固めた。
この幸せを守るためなら、どんな困難にも立ち向かう。
そして、彼らにも自身の罪を償わせる。




