第17話 広まる密告書
王宮に匿名でばらまかれた不正疑惑の密告書は日に日にその影を深くしていった。
そしてまた数日が経った。
ユリウスさまの側近たちが調査を進めてくださっている間にも新たな噂が次々と広まっていた。
「セレナさまには以前、親密な交際相手がいたらしいわよ」
「ええ、わたしも聞きましたわ。それも何人かいたとか……」
「ひそかに金銭を渡して口封じをしていた、という噂も……」
そんな噂が貴族たちの間でまことしやかに囁かれる。
密告書にはあたかもその『過去の交際相手』が告発したかのように記されているという。
「馬鹿げた話よね……」
もちろん、元婚約者のレオナルドとは別の話だ。
わたしにはそんな交際相手など1人もいない。
勉学にばかり打ち込んできたわたしにそんな時間も機会もなかった。
あまりにも荒唐無稽な噂に最初は呆れるばかりだったが、やがて胸の奥に冷たいものが広がっていった。
わたしは毅然とした態度で噂を否定し続けた。
「そのような事実は一切ございません」
「……そう言われましてもねぇ」
「ねぇ、みなさん口をそろえてそうおっしゃるのですから……」
どれほど冷たい視線を向けられようと、わたしは表情1つ変えなかった。
ここで動揺すれば、それが弱みとなり、相手の思う壺だ。
わたしが沈黙を守り、公務に徹するほどに貴族たちの疑念の目は強まっていく。
しかし、その矢先、さらなる追い打ちがかけられた。
『セレナさまは男好きだったと……わたくし、直接その目で見ておりますわ』
かつて侯爵邸でわたしに仕えていた侍女の1人が王宮の貴族婦人たちの前でそう証言したとの情報が舞い込んできた。
彼女はリリアナの従順なしもべ。
裏で陰湿なわたしに対する嫌がらせをリリアナから指示されていた人間の1人だ。
彼女はリリアナに報酬を与えられ、この嘘の証言をさせられているに違いない。
『セレナさまの部屋には夜な夜な男が出入りしていましたわ!』
『わたしも見たことがあります』
『わたしもです。みんな知っています』
彼女の証言はあまりにも具体性を持ったものであったため、徐々に噂が現実味のある話へと変化していった。
「どこまで……どこまでわたしを貶めれば気が済むのだろう」
怒りよりも哀しみが胸を締めつける。
しかし、その感情を表に出すことは許されない。
わたしはただ静かにこの噂を根絶すべく策を巡らせていた。
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「筆跡鑑定はできますか?」
具体的な証拠を掴んでリリアナの暴走を止めるべく、わたしはユリウスさまとその側近たちとともに策を練っていた。
「やってみます」
「国内には筆跡鑑定が得意な人間もいますから」
「ありがとうございます、アルベルトさん。ルイスさん――――あと、どこから密告所が流れているかも調べてください。指示系統を調べてほしいのです」
「背後にいる人間を確定させるわけだな?」
ユリウスさまはそう言う。
すでにリリアナの仕業であることは確定だが、証拠がなければシラを切られるのがオチだ。
ここは慎重すぎるくらい調査を行った方がいいだろう。
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数日後、ユリウスさまの側近たちは水面下で懸命な調査を続けていた。
「匿名の密告書は筆跡鑑定の結果、数人の人間が関わっていることが判明いたしました。しかし、その背後には、同一の指示系統が見られます」
アルベルトさんが眉をひそめて報告する。
「そして、セレナさまの侍女たちに証言させた者も同じ指示系統下にあるものと思われます。巧妙に証拠を捏造し、噂を広めているようです」
ルイスさまもまた、難しい顔で頷いた。
ユリウスさまは黙って彼らの報告を聞いていた。
彼の碧い瞳の奥に静かな怒りが宿っているのがわかった。
彼はわたしがそんなことをする人間ではないと信じてくれている。
だからこそ、真実を暴こうと、全力を尽くしてくれているのだ。
わたしは再び黒幕について言及する。
「ユリウスさま……この一連の騒動の黒幕はわたしの妹、リリアナの可能性が高いです」
「根拠がない……わけではないな。君のことだから」
ユリウスさまは静かに問い返した。
「彼女はわたしが婚約破棄された舞踏会でも、私を陥れるためにレオナルドさまと密会していました。そして、彼女は自分が一番愛されるべきだと信じて疑わない人です。わたしがユリウスさまの婚約者となったことを、決して受け入れられないでしょう」
「それが動機だと……」
わたしの言葉にユリウスさまは目を見開いた。
驚き、そして、わずかな疑念の光が宿る。
彼がどれほど私のことを信じていても、まさか義理の妹がそこまで悪辣なことを企むとは、想像していなかったのだろう。
「加えて、彼女は悪知恵に長けた人間を味方につけ、自分は手を汚さずに陰で指示を出すのが得意です。今回の巧妙な噂の流布や証言者の手配も彼女ならば容易にできるはずです」
「実行する能力もあると……」
「あとは侯爵邸の侍女などわたしの身近にいた人物からの発言が多すぎます」
「カーライル侯爵家の誰かか、あるいは全員が容疑者として考えられるな……」
わたしは犯人像について動機と能力にわけてユリウスさまに伝えた。
彼はわたしの言葉に耳を傾けながら、深く考え込んでいるようだった。
「なるほど……。君の言う通りかもしれない。彼女の動きは確かに不自然だ。よし、もっと人員を追加して調べさせよう」
「ありがとうございます」
わたしは深く頭を下げた。
「頭をあげてくれ。俺がセレナのためにやりたいことなんだ」
「ありがとうございます……」
本来なら将来王妃になるかもしれない人間が誹謗されている現状は王室に名誉を傷をつけるような話だとはいえ、本来ならこの案件はカーライル侯爵家内部の問題だ。
にもかかわらず親身になって付き合ってくれるユリウスさまの優しさに触れた1日であった。




