第13話 妹の嫉妬と再接近
王城の舞踏会でユリウスさまがわたしを婚約者として発表したという報せは瞬く間に貴族社会を駆け巡った。
それは当然のことだった。
第二王子であるユリウスさまが家を追われた元侯爵令嬢、つまりは爵位を失ったわたしを婚約者として選んだのだから。
誰もがそのニュースに驚き、そして、色めき立ったのも無理はない。
社交界はこの前代未聞の出来事で持ちきりになっていた。
その中でも、最も怒り、嫉妬心をむき出しにしたのはやはり妹のリリアナだった。
「ああ、もう許せないわ! なぜ、お姉さまが⁉ お姉さまが選ばれるの⁉」
舞踏会の日、あの場で発したリリアナの叫びは数日経ってもわたしの耳にこびりついて離れない。
「ごめんくださいお姉さま! ここにいるとそこの使用人に聞いて参りましたわ!」
「リリアナ! こんな夜遅くにいきなりの来訪とは、ちょっと失礼がすぎるの――――」
彼女は王城からの帰路、わたしが宿泊する屋敷にまで乗り込んできたのだ。
その顔は憎悪と混乱で醜く歪んでいた。
「あなたは家から追い出されたはずなのに、なぜ、王子さまの婚約者になれるの⁉ おかしいわ! 身分はもう庶民同然じゃない!」
「わたしの話を――――」
リリアナはわたしの話に聞く耳を持たず、詰め寄ってくる。
まるでわたしが不正を働いて、その地位を手に入れたとでも言いたげな剣幕だった。
その言葉の節々にはわたしが家を追われたという事実への蔑みと、自分こそが王子にふさわしいという傲慢な思い込みが滲み出ている。
そう思えてならない。
彼女はわたしが自分と同じくらい、いや、自分以上に不幸であるべきだと信じていたのだろう。
わたしの今の幸せが彼女にとっては耐え難い屈辱なのだ。
そのときだった。
リリアナの背後からやってきた人は静かにだが確固たる口調で彼女を諭した。
「最終的に妻を選ぶ権利は俺にある。俺が選んだのだ。セレナの妹であろうとも口出しは困る」
ユリウスさまはリリアナの言葉を遮るように、まっすぐに彼女の目を見つめてそう告げた。
彼の声には一切の迷いがなく、王子の威厳がひしひしと伝わってくる。
「そんな……そんなはずは……!」
リリアナはユリウスさまの言葉に怯んだように後ずさった。
「ゆ、ユリウスさま……あの、こ、こんな姉よりもわたくしの方がユリウスさまの妻にふさわしいのでは⁉」
いつものように甘ったるい声で彼を誘うリリアナ。
このわざとらしい上目遣いに心奪われる男性は貴族社会にたくさんいた。
だが、ユリウスさまは違った。
「まったくふさわしくない」
ただ、一言。
だが、その一言でリリアナの目は恐怖と動揺に揺れている。
彼女はレオナルドに婚約破棄を催促したときのようにユリウスさまもまた自分の思い通りに動かせると思っていたのだろう。
だが、ユリウスさまはレオナルドとはまったく違うのだ。
彼は自らの意思でわたしを選び、その選択に一切の揺るぎがないことをその言葉と態度で示してくれた。
(ああ……これこそが男のあるべき姿)
わたしは内心で深く頷いた。
レオナルドは母親やリリアナに操られるままに動く、主体性のない男だった。
わたしの仕事を代わりに引き受け、彼の未熟さを支えてきた日々が今となっては遠い昔のことのようだ。
ユリウスさまは少々強引かもしれないけれど、これくらい強引な方が男らしくて良いと思った。
彼の揺るぎない意志がわたしの心を強く支えてくれる。
「リリアナ! そろそろ帰ってもらえるかしら!」
いつもよりも強い声音で叱りつけるように言った。
けれど、激高した彼女には届かなかったようだ。
リリアナは諦めなかった。
いつものように愛らしい笑顔を作り、ユリウスさまにすり寄ろうとする。
「王子さま、わたくしではダメでしたか? わたくしだって、お姉さまよりもずっと王子さまにお似合いですわ! 社交界ではわたくしの方が評判も良いですし、カーライル侯爵家の次女としてあなたを支えることもできますわ!」
彼女はレオナルドを誘惑したときのように自分のかわいらしさと愛嬌でユリウスさまを籠絡できるとまだ思い込んでいるのだろう。
いつも姉のものを奪ってきたのだから、今回も奪えると思い込んでいたのかもしれない。
けれど、やはりユリウスさまはそんなリリアナの言葉を完全に無視した。
彼の表情はぴくりとも動かない。
まるで、そこにリリアナという存在はないかのように冷徹な視線をわたしに向けたままだった。
「わたしは、知的な女性が好きだ」
「ユリウスさま……」
ユリウスさまの声が静かな部屋に響き渡った。
その声は一言一句が容赦なくリリアナに突き刺さる。
「欲求があけすけな品位のない女性は……個人的に好ましくない」
その言葉はリリアナにとって、まさに絶望の宣告だっただろう。
わざわざ、『嫌い』だと断言しなかったのはユリウスさまの優しさだ。
「そ、そんな……」
リリアナの顔から、一瞬にして愛らしさが消え失せる。
その頬はみるみるうちに青ざめ、瞳は絶望に満ちて揺れている。
彼女の得意とする『演技』はユリウスさまの前ではまったく通用しないのだ。
わたしはそんなリリアナの様子を見て、心の奥底で静かな満足感を覚えた。
「リリアナ。もう夜遅いわ。今日のところは帰ってちょうだい」
「……はい。お姉さま……」
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王宮でのわたしの立場は日を追うごとに強固になっていった。
ユリウスさまの婚約者として、わたしは正式に王宮の行事に参加するようになり、多くの貴族たちと顔を合わせる機会が増えた。
もちろん、中にはわたしのことを快く思わない者もいた。
「認められるように邁進していく所存です」
認められないのなら、認めさせればいい。
具体的に今からできることなんてたかがしれているだろうけれど、やれることをやって1人1人認めさせていくのだ。
一方、妹のリリアナと元婚約者のレオナルドだが、蚊帳の外に置かれた形となった。
恐らく、あの婚約発表の舞踏会でリリアナが喚き散らした影響だろう。
王宮の社交界では、彼らの姿を見かけることはほとんどなくなった。
リリアナは今回の件で貴族社会での評判を大きく落としたようだ。
彼女の愛らしい外面の裏にある、嫉妬深く自己中心的な本性が露呈したことで、これまで彼女を褒め称えていた貴族たちも、手のひらを返したように彼女から距離を置き始めた。
「その褒め称えていた貴族たちも勝手と言えば勝手だな」
「そうですね……」
ユリウスさまの意見に同感だ。
しかし、それも貴族としてこの陰謀渦巻く社会を生きていくために身に着いたスキルだと考えると、理解できないこともない。
リリアナは自身の立場が逆転し始めたことに焦りを感じ始めたようだった。
「なんでなの⁉ なんでお姉さまばかり好かれるの⁉」
「り、リリアナ……君はみんなから好かれてるよ……」
「嘘だ! みんな表面上にこやかにしてわたくしを馬鹿にしてるのよ!」
彼女はレオナルドに八つ当たりし、侯爵邸でも荒れた生活を送っているという噂が時折、わたしの耳にも届くようになった。
周りの貴族たちは姉妹の確執など当然知らず、はたから見れば侯爵の令嬢と王子との婚約なので、そこまで問題視する人間はいなかった。
むしろ、ユリウスさまがわたしを選んだ理由を巡って、様々な憶測が飛び交うばかりだった。
「まさか、第二王子があそこまで堅実な方を選ぶとはね」
「やはり、これからの国を考えると、賢明な判断なのかしら」
「確かに。国王陛下もユリウス殿下を次の王に、とお考えのようだし」
認めてくれる人だって中にはいる。
そんな事実を知るたびにわたしは胸の奥に温かさを感じた。
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わたしは王宮での新しい生活に少しずつ慣れていった。
ユリウスさまは公務の合間を縫って、時間を見つけてはわたしのもとを訪れてくれる。
そして、わたしの話を聞き、わたしの学びを支えてくれる。
「セレナは相変わらず勉強熱心だな」
「はい。10年以内にこの巨大な図書館の蔵書をすべて読破するのがとりあえずの目標です」
「10年か……10年もあればこの国はもっとよくなるはずだ」
「そのためにもわたしはあなたをお支えいたします」
図書館での日課の読書を終え、休憩がてらに王宮の庭園を散策していると、遠くにリリアナとレオナルドの姿を見かけた。
「なんでこんなところに……」
彼らは以前の華やかさはなく、どこか憔悴しきった様子だった。
「は、お姉さま――くっ」
リリアナはわたしに気づくと、一瞬、憎悪に満ちた目で睨みつけたが、すぐに顔を背けた。
その姿はわたしがかつて感じた、絶望と無力感に満ちていた。
「いいのか?」
「はい。問題ございません」
(もう、わたしには関係ないのだから)
わたしはそう思った。
彼らへの憎しみや怒りはもうほとんど残っていない。
ただ、遠い日の出来事として、心の片隅にしまわれているだけだ。
わたしは彼らを許すことはしない。
しかし、彼らに囚われることも、もうない。
わたしの隣にはユリウスさまがいる。
彼はわたしを真に理解し、愛してくれる唯一の人だ。
彼と共に歩む未来は希望に満ちている。
わたしは静かにユリウスさまの手を取り、前へと進んだ。
もう、後ろを振り返る必要はない。
わたしの“わたしの幸せ”はここにあるのだから。
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