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第12話 リリアナの嫉妬

 陰口が聞こえてくる中、わたしは真っ直ぐにユリウスさまの目を見つめ返した。





 ――――もう、なにも怖くはない。





 そう感じた次の瞬間だった。




「お姉さま……⁉」




 喧噪の中をかき分けるように飛んできたその声。




 リリアナのものだ。




 彼女はレオナルドの腕に絡みつきながら驚きと怒りに満ちた目でわたしを見ていた。

 その顔はまるで信じられないものを見たかのように歪んでいる。



「せ、セレナ……? 人違いか……?」



 レオナルドもまた口を開けたまま呆然と立ち尽くしていた。



 ユリウスさまはわたしにゆっくりと手を伸ばし、わたしの仮面に触れた。




 そして、そっと仮面を外した。




 冷たい空気と会場の光が直接わたしの顔に当たる。

 わたしもまた、彼の仮面を外す。


 仮面を外したわたしたちは驚きと喜びが入り混じる中で、互いの顔を見つめ合った。



 彼の碧い瞳がわたしをまっすぐに捉えている。

 ……その瞳には確かに愛が宿っていた。




 そのとき、再びリリアナの声が響いた。





「……ありえない!!」





 その絶叫は会場の喧騒を切り裂くように響き渡った。

 リリアナはわたしとユリウスさまを交互に見て、顔を真っ赤にして震えている。


「り、リリアナ……で、殿下の前だぞ……」

「ありえない……!」


 レオナルドはそんなリリアナの様子に慌てて彼女を落ち着かせようとしていたが、その顔もまた、青ざめていた。



(ああ……この人たちは本当になにも変わっていないのね)



 かつて、わたしを傷つけ、家を追いやった彼らの姿がそこにはあった。


 だが、今のわたしはもうあのころの弱いわたしではない。


 隣にはユリウスさまがいる。



 彼の温かい手がわたしの手をしっかりと握りしめていた。

 その手がわたしに勇気を与えてくれる。



 ユリウスさまはわたしの手を引いて、会場の中央へと進んだ。



「皆、聞いてほしい」


 彼の低い声が広間に響き渡る。

 その声には王子の威厳と揺るぎない決意が込められていた。



 先ほどまでのざわめきがぴたりと止まり、すべての視線がわたしたちの2人に集中する。



「このセレナ・ローゼリア・フォン・カーライルこそ、俺が選んだ婚約者だ」



 会場全体が息をのむような静寂に包まれた。


 誰もがその言葉を理解するのに時間がかかっているようだった。

 侯爵家の嫡長女でありながら、すでに爵位を失い、家を追われた身のわたしが第二王子の婚約者となるなど、誰も予想していなかっただろう。



 リリアナの震える声が再び響き渡った。



「そんな……そんなはずがありませんわ! お姉さまはもうカーライル侯爵家の者ではない! 庶民同然の身分で王子妃になどなれるわけがありませんわ!」


 リリアナの言葉は会場にいる貴族たちの心の声を代弁していたのだろう。



 しかし、ユリウスさまはそんなリリアナの言葉を一切気にする様子もなく、毅然とした態度でわたしの手を握りしめている。





「彼女の境遇と俺の選択にはなんの関係もない」





 ユリウスさまの声は会場全体に響き渡る。




「俺が選んだのはセレナ・ローゼリア・フォン・カーライルという1人の女性だ。彼女の知性、気品、そしてなによりもその強き心に惹かれた」




 彼の言葉がわたしの心を震わせた。

 わたしを身分ではなく、1人の人間として見てくれている。


 その事実がどれほど嬉しいことか。





 会場のあちこちから、驚きと困惑の声が上がる。




 しかし、その中から徐々に祝福の拍手が混ざり始めた。




 ユリウスさまが軍功を重ね、国民からの支持も厚い王子であるからこそ、誰もが正面から反論することはできなかったのだろう。


 ユリウスさまはわたしの顔を覗き込み、優しい眼差しを向けた。




「これで君の人生が俺とともに歩む道となる」





 ――――その言葉はわたしへの求婚の言葉だった。





 わたしの目からは自然と涙があふれ出した。



 それは悲しみの涙ではない。

 喜びと、安堵と、そして、彼への深い感謝の涙だった。


 わたしは彼の手をしっかりと握り返し、静かに頷いた。


「はい、ユリウスさま……いばらの道になるかもしれませんが、ともに乗り越えて行きましょう」



 その瞬間、会場全体が拍手と歓声に包まれた。

 戸惑いや嫉妬の声は祝福の嵐の中に消えていく。



 わたしはユリウスさまと手を取り合い、その歓声の渦中に立っていた。

 かつて、この場所で絶望を味わったわたしが今、最高の幸せを掴み取っている。



 リリアナの『ありえない!』という声がまだ耳の奥でこだましていたが、それはもう、わたしには届かない遠い声だった。




「な、なんでお姉さまばっかり得をするの⁉」




 なおもわたしに対して絡んでくるリリアナ。

 これ以上、ユリウスさまの前で無礼を働いてしまえば、彼女の名誉や家名に大きな傷をつけてしまうことになる。



(ここはいったん黙ってもらおうかしら)



 最後にわたしはリリアナに対してこの言葉を送った。


「リリアナ。レオナルドさまと末永くお幸せに……」

「な⁉ 煽って――――」

「リリアナ! も、もうやめようよ! 殿下の前だぞ!」

「レオナルド……ああああああ!」


 リリアナはそれから数秒の間喚き散らしたものの、周囲の視線が集まってくるのを感じたことで、いつもの『いい子』に戻ってしまった。


「行きましょうか、ユリウスさま」

「ああ……そうだな」


 わたしの隣にはユリウスさまがいる。

 これからの人生は彼とともに歩んでいくのだ。

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