第10話 屈辱の地、舞踏会へのリベンジ
招待状が届いてから数日後、王城での催しが『舞踏会』であることが滞在する豪華な屋敷で働く使用人たちの会話で判明した。
また、舞踏会か……。
そう憂鬱な気分になりながらも彼の招待を無下にするわけにもいかず、わたしはすでに覚悟を決めていた。
「ねぇねぇ。とうとうユリウスさまもご結婚なさるとか」
(……は?)
耳にしたその言葉にわたしの心臓が凍りついたような気がした。
(ああ……結婚するのか)
そして、舞踏会でユリウスさまの婚約者候補が決まるという噂もまことしやかに囁かれているのが聞こえてきた。
王都中でもっぱらの噂になっていたことだ。
――――舞踏会で婚約者を発表する。
それは貴族社会において、最も重要な社交の場だ。
「ユリウスさまが……婚約者……」
わたしはかなりの戸惑いを覚えた。
彼が王子である以上、いずれ婚約者が決まることはわかっていた。
わかってはいたけれど、実際にその日が近づいていると知ると、胸の奥がざわめく。
「本当に? あのイケメンで完璧な王子さまが!?」
「スパダリよ! 最高じゃない!」
「うらやましいわ」
使用人たちの軽やかな会話がわたしの胸に深く突き刺さる。
彼にとって、わたしはただの図書館員だ。
それに彼が婚約者として選ぶのはきっと高貴な身分の令嬢だろう。
わたしのような家を追われた身の者に彼が目を向けるはずがない。
「でも、冷徹な軍人さんだから、彼を支える人も怖い方だという噂も」
その言葉にわたしは思わずうつむいた。
世間ではユリウスさまは『処刑人王子』とまで呼ばれる冷酷な人物だと言われている。
軍功を重ね、国民的人気を博している裏で冷遇されていた過去を持つ。
――――だが、わたしは知っている。
冷徹と言われる彼の心の奥に強い信念と慈愛があることを。
彼がどれほど優しく、そして不器用な人物であるかを。
「彼はそんな冷徹な人じゃないわ」
わたしだけが知っている彼の真実。
そのことが一層わたしを孤独にさせた。
夜、滞在先の豪華な屋敷の自室の窓から満月を眺めた。
王城の光が、遠く、そして高く、わたしの目には届かない場所で輝いている。
「ああ……あの場所でユリウスさまはどのような女性を選ぶのかしら」
賢く、美しく、家柄も申し分ない、真の貴婦人を。
それが、王子の婚約者として、そして未来の王妃として当然の選択だろう。
(わたしには……関係ない)
そう、自分に言い聞かせた。
わたしはもう、貴族ではない。
ユリウスさまの結婚に口を挟む資格などない。
これからは、自分の力で生きていく。
それが、わたしが選んだ道。
でも、心のどこかに、小さな痛みが走った。
ユリウスさまとの時間は確かにわたしにとっての『癒し』だった。
彼の隣にいると、心が安らぎ、素直な気持ちになれた。
そんな特別な時間をもう持つことができないと思うと寂しさが募る。
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舞踏会の前日、わたしは再びユリウスさまに会った。
彼は噴水の近くのベンチで静かに本を読んでいた。
「ユリウスさま。明日の舞踏会について、お聞きしてもよろしいでしょうか」
わたしの言葉に彼はゆっくりと顔を上げた。
「ああ。なんでも聞いてくれ」
「……明日の舞踏会で、ユリウスさまの婚約者が発表されると伺いました」
わたしの声は思ったよりも震えていなかった。
ユリウスさまは一瞬、戸惑ったような表情を見せたが、すぐにいつもの冷静な顔に戻った。
「そう聞いているのか」
「はい」
「……間違っては、いない」
彼の言葉にわたしの胸がズキンと痛んだ。
やはり、そうだったのだ。
彼はわたしを選ばない。
それが当然の帰結。
「……では、どなたかもう決まっているのですか?」
震える声を悟られないよう、わたしは精一杯平静を装って尋ねた。
ユリウスさまは、わたしの目を見つめたまま、静かに口を開いた。
「……それは明日、君の目で確かめてほしい」
彼の言葉の真意がわからなかった。
けれど、彼の瞳にはいつもの深い優しさに加えて、なにか決意のようなものが宿っているように見えた。
わたしは深い戸惑いを覚えながらも、舞踏会に参加することを決意した。
ユリウスさまの真意を知りたい。
そして、彼が選ぶ婚約者がどのような人物なのか――この目で確かめたい。
それがわたし自身の、そして彼への、最後のけじめになるのかもしれない。
(わたしはユリウスさまの婚約者にはなれない。それはわかっている)
けれど彼が自分で選んだ人ならば、きっと素晴らしい女性だろう。
彼が幸せになれるのなら、それでいい。
もし、この舞踏会で彼の真意が明らかになるのなら、わたしはそれをしっかりと受け止めよう。
そして、彼に与えられたこの新しい人生をこれまで以上に大切に生きていこう。
そう、自分に言い聞かせながら、わたしは舞踏会へ向かう準備を始めた。
心の奥底でわずかな期待とそれ以上の寂しさを抱えながら。
そして、もしこの関係が終わるのなら、できる限り恩を返そうと決意した。
たとえそれがわたしにとってどれほどの痛みをもたらすとしても。
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舞踏会当日、わたしは前回の婚約破棄の際に着用した、決して華美ではないけれど品のあるドレスに袖を通した。
そして、顔の半分を覆うだけのシンプルな仮面を手に取った。
これならばかつての侯爵令嬢セレナとして、誰かに気づかれることもないだろう。
それでも、もしリリアナとレオナルドに会ってしまったら……そんな不安が胸をよぎる。
しかし、彼らの前で涙を見せるつもりはない。
わたしは、わたし自身の誇りのために、強くあらねばならない。
あの醜態を晒した『舞踏会』の舞台で今度こそ、わたしは凛として立ってみせる。
この場所でわたしの人生の新たな幕が開くのだと信じて。
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